第135話 名だけの最強


 ロヘリオとの賭けで勝って賭け金をどうするかとなったが、私は一千万、ニーナは百万程度を要求した。

 上限よりも大幅に下だが、それでも多いぐらいだ。


 こういう賭け事で下過ぎる要求をすると、逆に失礼なのだが……。


「私のことを考えてくれたのですね……とても嬉しいですぞ、シュナ殿」


 なぜか興奮した様子のロヘリオはそう言っていたので、失礼だとは思われてないようだ。

 ……むしろ失礼と思われたかった。


 ロヘリオと奥さんは他の人のところに行き、もうここにはいない。



 そしてその後も何試合かやり、ついに……。


「さて、いよいよ最後の試合となりましたぁ!」


 闘技場の実況者の声に、観客は落胆と共に歓声を上げる。

 最後ということで残念がるが、逆に最後ということで一番興奮する試合が用意されているのだろう。


「シュナ殿、貴方様の護衛の方は今まで出てこなかったですよね? ということは……」

「ええ、最後の試合の選手のようですね」


 まさか私もエリックが最後の試合まで出てこないとは思わなかった。

 この催しの大トリに初参加で選ばれるとは……何かあったのか?


「最終戦、まず出てくるのはこの男! 最も出場数が多い男、それなのに未だ無敗! 最強の男――」


 実況者がその男の名を叫んだが、観客の歓声が大きすぎて聞こえなかった。

 魔法で声を大きくしているはずなのだが……まあどうでもいい。


「シュナ殿、残念ですね。あの男が相手じゃ、貴方様の護衛もさすがに無理でしょう」


 奴隷商人のフェルモがニヤつきながらそう言ってきた。


 どうやらエリックの相手は、この催しで最強の男らしい。

 なぜそんな奴と戦うことになったのかわからないが。


「シュナ殿もあの男の強さを知っていたなら、自分の護衛だとしてもそちらに賭けることはなかったはずですよ。しかし、もう貴方様は護衛に賭けると言っています。取り消すことは出来ませんよ?」

「ええ、もちろん。私は護衛が勝つと信じておりますよ」

「っ……! その態度がいつまで続くか、見ものですな』


 私を睨みながら汚いものを吐くようにそう言った。

 もうこの男は私に対する敵意を隠そうともしなくなったようだ。


 その最強の男という奴が闘技場に登場してきて、会場の熱気がさらに上がった。


 確かにこの催しの中で一番強い男のようだ。

 体格も大きくがっしりとしていて、鎧も良いものを使っている。


 しかしエリックに勝てるとは到底思えない。


 むしろ先程出てきた女の闘技者よりも弱く見えるな。


「その最強の男に挑戦する者は、今回初参加の男! なんでも控え室で、『俺と勝負しようぜ』とその男自ら最強の男に言ったそうです! 自信家と言えばいいか、それとも自殺志願者と言えばいいかわからない!」


 実況の言葉に会場中で嘲笑の声が上がる。


 まさかエリックがそんなことを言うはずがないので、何かに巻き込まれたのだろう。


「くくくっ……貴方様の護衛者は、よっぽど自分の力を過信しているようで」


 フェルモも嘲笑を隠さないで挑発してくる。


「……どうやらそのようですね。勝って戻ってきたら、説教しておかなければ」


 さすがにイラっときたが、冷静に返す。

 隣にいるニーナも私越しにフェルモを睨んでいるのが見える。


 私の対応が面白くないようで、フェルモはつまらなそうに私から目を逸らして闘技場の方へ向く。


 そして最強の男とやらの反対側から出てきたエリックを観客が見て、またもや少し笑いが起こる。


 今までの者は防具をしっかりとして、体格も良かった者が多かった。

 しかしエリックは防具はほとんどしておらず、身体もお世辞にも大きとは言えない。


 相手の男と比べて、大人と子供のような体格差がある。


「おっとー、最強の男の対戦者、防具もせずに登場! 先程はどちらと言えばいいかわからないと言ったが、どうやら後者だったようです!」


 実況の発言に会場は我慢の限界というように、笑いが巻き起こる。

 今までは戦いの興奮の歓声がほとんどだったので、会場は笑いで包まれたのはこれが初めてだろう。


「はははっ、貴方様の護衛者、笑いの才能だけはあるようですね」

「私も知りませんでしたよ。今度は闘技者ではなく、舞台の演者にも参加させなければいけませんね」


 フェルモは調子を良くしたのか、それとも私の態度を強がりだと思ったのか、もう笑いが止まらないようだ。


「さて! そろそろ最後の試合を始めましょう! 最強の男に挑戦する自殺志願者! おそらくその願いは叶うでしょう!」


 実況の言葉に、だんだんと不快度が増してくる。

 私たちの仲間に、なんて言い草だ。


 エリックが、こんな催しで最強の男に負けるだと?


 ベゴニア王国最強の兵士を、馬鹿にするなよ。


「では最終対決! 試合開始です!!」


 見せてやれ、エリック。

 体格と名前だけの最強の男とやらに、本当に最強なのがどちらなのかを。


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