第134話 納得いかない勝負


 ヘリュは一気に接近してきて、顔面へ容赦無く拳を振るってきた。

 やはりスピードは目を見張るものがある。

 俺と同等か、それ以上。


 しかし俺は余裕をもって躱す。

 どれだけスピードがあっても、どこを殴ってくるかわかれば避けるのは簡単だ。


 しゃがんで躱すと同時に、ヘリュの足を掬うように蹴りを放つ。

 上手く当たったが、手応えが軽い。


 するとヘリュは俺の蹴りを受けた勢いで、身体を縦に一回転させる。

 そして俺が蹴ったはずの足が、俺の脳天めがけて振り下ろされた。


「うおっ……!」

「あはっ!」


 右腕でそれを受けて、流す。

 さすがに女の蹴りといっても、全体重と回転の勢いを受け止めきれはしない。


 ギリギリで受け流し、ヘリュは地面に着地する。

 無理な体勢が続いたヘリュは一度大きく離れる。


「すごいねー、今の受け流せるんだ」

「お前も俺の蹴りを利用して一回転なんて、よくできたな」

「ねっ、自分でもビックリ」


 自分で驚くって、狙ってやったわけじゃないのか?

 今のが反射的に出来るって、どれだけの身体能力と戦闘の才能があれば出来るんだよ。


「まだまだいくよー!」


 そう言ってヘリュはまた接近し、攻撃を仕掛けてくる。

 素早い攻撃が主で、フェイントなど無しで全部本気で当てにきている。


 普通の相手ならば簡単に捌けるのだが、ヘリュはとにかく攻撃が速く、手数が多い。

 腹へ拳を打ち込んでくるのを逸らすと同時に、蹴りが顔面へと飛んでくる。

 ほぼ間隔がなく攻撃を仕掛けてくるので、一度捌けないと次々と攻撃が当たってしまうだろう。


 だから俺は丁寧に攻撃を捌いていく。

 そして一瞬の隙が出来たときに攻撃を入れようとする、のだが……。


 女なので顔面ではなく喉めがけて攻撃したのだが、ヘリュは大きく仰け反ってそれを避ける。

 仰け反ったことで体勢が崩れるから追い討ちを仕掛けようとしたのだが、ヘリュはそのままバク宙をするようにして後ろに下がりながら、俺の顎に蹴りを入れてくる。

 ギリギリでそれを察知して避けたが、また怖い一撃を放り込んできた。


「あはは、楽しいね! 自分でも驚くぐらい勝手に身体が動いちゃうよ!」


 今までの経験を活かして、自分でもビックリするような反射的な攻撃や回避ができることがある。

 だがそれは本当に時々しかなく、そんな度々起こらない。


 しかしヘリュは、それをこの短い戦闘中に何度もやってくる。


 俺は相手の動きを予測して攻撃を避けたり仕掛けたりするのだが、相手が意図していない攻撃などは予測しようがない。

 なんともやりにくい相手だ……しかしそれは、真っ正面から戦うには、という言葉がつく。


 そろそろ俺の試合が始まるからな、ケリをつけよう。


 ヘリュの攻撃を捌き切り、後ろに下がりながら仕掛ける。

 俺のことを真っ直ぐ追ってくるヘリュに、軽く声をかけた。


「頭上に注意しろよ」

「えっ? なんて言っ……たっ!?」


 俺の言葉を聞き返そうとしたヘリュの頭に、岩が落ちた。


「いったぁぁぁい……!」


 ヘリュは頭を抑えて痛みに呻きながらしゃがんだ。


 魔法で作った岩はそこまで大きくはなく、人の頭より少し大きい程度。

 それに高くから落としたわけでもないので、頭にタンコブが出来る程度だろう。


 だが不意を突いた攻撃だし、とても痛いと思うし軽く目眩も起こるはずだ。


 ヘリュは普通の攻撃などはめちゃくちゃな反射神経で避けて反撃できるが、不意打ちなどの見えない攻撃は反射しようがない。

 今回はそこを突かせてもらった。


「勝負ありだな」

「うぅぅ……ずるいよ、卑怯だよぉ……」

「剣は使わないと言ったが、魔法を使わないって言った覚えはない」


 まあ卑怯なのは認めるが、それも勝負のうちだ。

 それにこれ以上戦っていると、俺も本気になりそうだからな。


 程々にやめておくのがちょうどいい。


 頭を抑えてしゃがみながら、涙目で上目遣いに俺を睨んでくるヘリュ。


「俺の勝ちだな」

「むー、なんか納得いかない……」

「負けた方が納得いく勝負なんて、世の中そんなにないぞ」


 俺だって納得いかない勝負なんて、前世も合わせていくつもある。


 最近だとこの極秘任務につく前にやった、リベルト副団長との戦いだ。

 ……いや、負けたわけじゃない。勝ったわけでもない。

 結果的には引き分けなのだが、納得いかない勝負だった。


 それに……エレナさんとの戦いだ。


「……エリック君、どうしたの? なんか考え事?」

「ん? ああ、いや……なんでもない」

「そう? いきなり怖い雰囲気になったから、ビックリしたよ」


 俺の雰囲気を感じ取ったのか、ヘリュは頭をさすりながらそう言った。


 本当に少ししか考えてないのだが、こういう感覚的に生きてる奴には気づかれるのか。


 何か言い訳を言おうとしたそのとき、控え室に俺を呼ぶ係りの人の声が聞こえてきた。

 どうやら俺の試合のようだ。


「終わったらまた戦ろうよ。今度は上も気にしてやるから」

「そしたら下から攻撃するだけだ」

「なら下も注意する」


 何を言ってもダメそうだ。

 このパーティの催しが終わったら、ヘリュに見つからないように逃げないといけない。


 軽い準備運動を終え、俺は試合の会場へと向かった。


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