第133話 賭け金


「どうやら、賭けは私の勝ちのようですね」


 私は心の中で大きな安堵のため息をつきながら、ロヘリオにそう言った。

 やはり予想通り、あの女闘技者が勝った。


「そのようですね……まさかあのような華奢な女性が勝つとは思いませんでした。いやはや、だからこそこの催しは面白い!」


 ロヘリオは負けたことを残念がってはいるが、あの女闘技者に興味があるようだ。


「あぁ……いいわね、あの子。ねぇ、あなた。あの子を雇ってくださいね」

「ん? ああ、いいよ。君の趣味に合ったか」

「ええ、とっても」


 そうか、この闘技場は強い者がアピールして貴族に雇われるチャンスでもあるのか。

 貴族も強い者を雇いたいから、相互に利益がある催しではある。


 しかし……名もわからぬ女闘技者よ。

 逃げてくれ、頑張って。


 貴女のお陰で私とニーナは救われたから、忠告をしときたいが……さすがに難しい。

 心の底から、貴女の無事を祈ろう。


「ではシュナ殿、私が負けたので好きな金額を小切手に書いてくだい」


 あ、そうだったな。

 負けないことを考えすぎていて、勝ったときに頂く金のことを忘れていた。


 しかし、金か……。

 このスパイの任務、金はあればあるだけ助かる。


 特にここはハルジオン王国だから、私たちのベゴニア王国と使う紙幣や硬貨が違う。

 いちいち換金するのも大変なので、ここで金が入るのはありがたい。


 しかしこのような賭け事をしたことがないから、どのくらい求めてもいいのかわからない。

 無難な金額を書きたいのだが……。


「金額を迷っていらっしゃるのですか?」


 私の様子を見て、ロヘリオが問いかけてきた。


「はい、あまり賭け事に詳しくなく、どのくらいが相場なのか知らなくて……申し訳ありません」


 特に弱みになることではないので、正直に話す。

 ここは聞いても大丈夫だろう。


「そうですか。シュナ殿でしたら、私は九桁までは書いてもらっても大丈夫ですぞ」

「九桁……!?」


 九桁までって……億だぞ!?

 そんな額を、こんな口約束の賭け事で失ってもいいのか!?


 いや、おそらくロヘリオはそのくらい失っても大丈夫なくらい、力ある貴族なのだろう。


 隣で聞いている奴隷商人のフェルモも、金額を聞いて目を見開いて驚いている。


「ごめんなさいニーナさん、私は夫ほど出せなくて……八桁でお願いできますか?」

「い、いえ、十分です……!」


 いや、本当にそれで十分、むしろそれでも多いくらいだ。


「あ、でもあれですよ、九を並べたらほとんど十桁の金額と相違ないので、それはやめてほしいですね。あははっ!」

「も、もちろん、わかっております……」


 質問をしたのはいいが、さらに金額を迷ってしまった私とニーナだった。



 ◇ ◇ ◇



「ねえねえ今すぐやろうよ。今なら時間あるでしょ?」


 控え室に戻ると、またヘリュのワガママが始まった。

 もうすでに控え室には人はおらず、戦いが終わった者から帰るか、治療を受けているようだ。


 だからヘリュは怪我もしてないし帰っていいはずなのに、まだずっと残っている。


 少し戦いたくなって、「時間があったら」なんて言ってしまったからか。

 思いつきで言わなければよかった。


「俺も次の試合で戦うんだ」

「あと数分ぐらいあるじゃん。大丈夫ちょっとだけ、ちょっとだけだから」


 俺が壁を背に座って、ヘリュは俺の肩に寄り添うようにそう言ってくる。


 距離が近いので、ヘリュの肩を掴んで一旦離す。


 ティナが見ているかもしれないので、こんなに近いと何言われるかわからない。

 というかこいつはなぜこんな近くに寄ってくるんだ。


「いいじゃん、うちとやるのは嫌なの?」

「お前……他に誰もいないからいいが、人聞きが悪いことを言うな」


 俺はため息をついて、仕方ないと思い立ち上がる。


「わかった、軽くな。試合前の運動程度だ」


 俺がそう言うと、ヘリュは顔を輝かせて立ち上がって顔を寄せてくる。


「ほんと? ありがと! やっぱり前に友達から聞いた、身体をわざと当てて頼み込めば男はなんでも言うことを聞くって本当だったんだ」

「おい、やめろ。マジでやめろ。違うからな、それで引き受けたんじゃない」


 もう控え室には俺たち以外いないが、誰が聞いているかわかったもんじゃない。

 というか……おそらく聞いているだろう、ティナが。


「早速やろうよ」


 ヘリュは俺から身体を離し、数メートル離れる。

 ……身体が離れて寂しいとか思ってないぞ? 本当だぞ、ティナ、信じてくれ。


「エリック君、武器は持たないの?」


 壁に立てかけたままの剣を見て、ヘリュはそう言った。


「お前が徒手だから、俺もそれに合わせるよ」

「うちはこれが一番得意だからだよ? エリック君は剣が一番得意でしょ?」

「そうだが、徒手でも十分だ」


 俺の言葉に、さすがにムッとして顔を歪ませる。


「知らないよ、試合前に怪我しても」

「ああ、大丈夫だ」

「じゃあ、行くよ――!」


 ヘリュの言葉を最後に、俺たちは戦い始めた。


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