第132話 ヘリュの戦い
冷や汗が頰をつたり、顎先から地面へと落ちた。
「ティ、ティナ……お前、任務は?」
「ほとんど終わったよ。あとはバレずに抜け出すぐらい。で、エリック、あの女は誰?」
なんとか話を一度逸らそうとしたけど、無駄だった。
もう任務は終わったようでとても優秀なのは助かるが、早く終わったから俺の様子を見に来たのか。
そう考えると優秀すぎるのも考えものだ。
だがちょっと待ってくれ、俺もあの女のことはよくわからない。
いきなり控え室で絡まれてここまで連れてこられたのだから、俺は被害者だ。
ということを後ろにいるティナに震える声で伝えた。
いまだに少し怖くて振り返られない。
「じゃああの女は、邪魔者ってことでいいんだよね?」
「邪魔者って……いや、それは言い過ぎというか……」
「エリック、もしかしてあの女の身体を自由にしていいっていう条件に惹かれてるの?」
いや、なんでお前その条件知ってるんだ?
いつからあいつが俺に絡んでいたのを見ていた?
というか見ていたなら、俺が断っていたのも知っているはずなのだが。
「いや、それを知ってるなら断ったの見てただろう」
「……まあ、信じてあげようかな」
その言葉を聞いて、ようやく後ろを向く。
そこにはマントのフードを深く被って、魔法の効果なのか極めて気配が薄いティナがいた。
「で、あの女は何者なの?」
「俺もわからん。だけど強いのは確かだ」
「それは……うん、なんとなくわかる」
控え室の出来事をどこから見ていたのかわからないが、ティナならヘリュを見るだけで強さは大体はわかるだろう。
「だけどエリックよりも弱いでしょ」
「それは、まあそうかもな」
ヘリュ自身も、俺のことを自分よりも強い、と言っていたからな。
否定はしない。
「だけど良かった、あの女がこの大事な戦いに出てくれて」
「ん? なんでだ?」
大事な戦いってなんのことだ?
どういうことかを聞くと……ユリーナさんとニーナの方では、危ない状況になっていたようだ。
この戦いで負けた方に賭けてしまったら、一晩付き合う……二人からしたら、地獄の一晩となるだろう。
「さっき盗み聞きしたけど、あの女の方を賭けることになったみたい」
「それは良かった。ヘリュなら負けることはないだろう……多分」
どう見ても相手は格下。
だけどヘリュは徒手、素手で戦うのに対して、相手は鎧を纏っている。
工夫をしないと攻撃は通らないが、どうなるか……。
闘技場の方に目を向けると、今にも試合が始まりそうなところだった。
ヘリュは完全に防具をしている者と向かい合っている。
しかし俺があちらを向くと、ヘリュは俺の視線に気づいたのかこちらを向き、ニっと笑って手を振ってきた。
……今のはなんか、可愛かったな。
――はっ!?
「……エリック、今のは何? なんであの女、エリックに手を振ってきたの? なんでエリックも手を振り返してるの?」
無意識に俺は手を振り返していたようだ。
それを後ろで見ていたティナが、またもや黒いオーラを出しながら問いかけてくる。
「いや、今のはその……あれだ、親が子供を見守るような、そういう感情で」
「初めて会った女に、そんな感情を抱くの?」
「……すみません」
何を言っても納得してくれなさそうだから、潔く謝っておいた。
そうこうしている間に、ヘリュの戦いが始まった。
相手は右手に斧を持っていて、左手に盾を持っている。
鎧も着ていて、しかも盾まであるとなると、防御をしながら攻撃をするという手堅い攻め方をするだろう。
しかし控え室に盾を持っている奴はいなかった気がする。
この闘技場で戦うとしたら鎧を着ている奴がほとんどなので、両手斧や大剣で力技というのが多い。
おそらくヘリュが徒手で戦うというのを見て、完全に防御するために変えたのだろう。
良い作戦だとは思うが、それが良い方向へ進むとは限らない。
素人目にはわからないと思うが、やはり盾を使うのに慣れていないのか少しぎこちない動きをしている。
ヘリュもわかっているのか、つまらなそうな目で相手を見ながら躱していた。
会場は初めて出てくる女闘技者に盛り上がっているのか、とても熱量は高い。
しかしそれとは反対に、ヘリュは冷めているようだ。
遠目でもため息をついたのがわかり、大振りになってきた相手の攻撃を避けて懐に入る。
そして――右の掌を相手の鳩尾に添えて、撃った。
瞬間、相手の動きが止まり、鉄仮面の隙間から血が流れ落ち、そのまま前倒れに地へ伏した。
会場は一瞬静まり、勝ったのが女のヘリュだとわかって一気に盛り上がった。
「エリック、今の……」
「ああ、凄い技術だ。内部だけを破壊している」
鎧には傷一つ付いていない。
纏っている人間の内臓にダメージを与えるように、上手く力を伝えている。
やられた方が内臓を直接殴られたような感覚だろう。
会場中が盛り上がっているが、ヘリュはつまらなそうにこちらに寄ってくる。
「弱すぎてつまんなかったよ」
「お疲れ様」
「うん……なんか、ここに誰かいた?」
「いや、誰もいないが」
「そう? まあいいけど」
来る前にティナはまた気配と姿を消したが、ヘリュは少し気づいたようだ。
「これでうちと戦ってくれる?」
「……時間があったらな」
少しだけ、戦いたいと思ってしまったのは言わないでおこう。
やはり俺も、強い奴と戦うのは少し楽しいと思ってしまうみたいだ。
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