第131話 ヘリュの戦いの前


 不本意にもこの闘技場で一番強いという奴に絡まれ、そいつと戦うことになってしまった。


「ねえエリック君、あいつと戦やり終わったらうちとも戦やろうよ」


 それも全部この女、ヘリュのせいなのだが……まだ俺に絡んできている。


 俺と戦う男は闘技場の係りの人に、「組み合わせを変えろ」と伝えに言った。

 おそらくできるんだろうなぁ、飛び入り参加ができるぐらいなんだから。


 しかもあいつは本当にこの闘技場で一番らしいから、最後の戦いということになるようだ。


 目立つ行為は任務に支障が出るから、あまりしたくないのだが……仕方ないか。


「ねえねえ戦ろうよ。ね、ちょっとだけだから。いいでしょ? 楽しいよ」


 まだ言っている。

 無視を決め込んでいたのだが、わざとらしくため息をついてから話す。


「戦わないぞ」

「えー、なんで? 絶対楽しいよ。ほら、うち強いし、君も強い。楽しいでしょ?」

「意味わからねえよ」

「強い人同士で戦ったら楽しいじゃん」


 清々しいくらいに戦闘狂だ。


 実力が拮抗している者と戦うと楽しい、というのは多少わかる。

 リベルト副団長と戦ったときは、少し楽しかったからな。


 だが俺はそこまで戦闘狂じゃない。


「却下だ。面倒だし、俺に利益がない」

「戦うの好きじゃないの?」

「特に好きでも嫌いでもない。戦う理由があれば戦うし、なければ戦わない」


 特に守りたいものがあれば、必ず戦う。

 戦わなければ、守れないからだ。


「ふーん、そうなんだ。じゃあ戦う理由があればいいの?」

「……まあそうだな」

「じゃあうちに勝ったら、私の身体自由にしていいから」


 その言葉を発した瞬間、周りにいる男たちが一瞬騒めいたのが聞こえた。

 控え室で喋っているのは俺たちだけだから、そりゃ聞き耳を立てるよな。


 確かにヘリュは顔立ちが整っていて可愛い。

 身体は華奢で戦っている者とは思えないくらい細く、だけど出ているところは出ている感じだ。


 控え室にいる男たちの反応の通り、普通の男ならば惹かれる条件だろう。


「断る、そんな理由では戦わない」


 だが俺は全く惹かれない。

 俺には生まれる前から好きな相手がいるんだ、ここで初めて会った変人に釣られるわけないだろう。


 ……なんか周りの男たちが、軽く拍手をしているのが聞こえる。


「そんな即答されると、さすがにうちも落ち込むんだけど」

「知らん。もういいだろ、お前のせいで俺はここで一番強い奴と戦わないといけないんだから集中させてくれ」

「エリック君なら別に集中しなくても大丈夫でしょ。というかここで集中しても意味ないじゃん」


 無駄に戦いに関しての察しがいいのは、戦闘狂だからなのか。


 例えばここでいきなりヘリュに攻撃を仕掛けられても、すぐに対応できる自信がある。

 というか集中してからじゃないと戦えないというのは、三流以下だ。


 前にイェレ団長も言っていたが、「常に戦場に居る心構えであれ」というのがベゴニア騎士団と魔法騎士団の教えである。


 だから集中しないといけない、と言ったのはこいつに離れてもらいたいから。

 その嘘がバレたのに、こいつは離れていかない。


 離れてもらいたくて嘘をついたのがわからないのか、わかっていてずっと喋りかけてきているのか……。

 おそらく後者だろうな。



 ヘリュの戦いの誘いを適当に断っていると、係りの人が彼女の名前を呼んだ。

 どうやら次の戦いが、彼女の出番らしい。


「んー、あともう少しで押し切れたのに」


 いや、全く押し切られる雰囲気はなかったけど。

 ずっと断っていたぞ。


「じゃあさ、私の戦い見にきてよ。それで戦いたくなると思うから」

「いや、だから……」

「ほら、早く」


 座っていたのだがヘリュに手を引かれて立ち上がらされて、そのまま手を掴まれているのでついていくことに。


 西の門について、観客からはギリギリ見えないところで待たされる。


「じゃあ行ってくるね。これが終わったらうちとも戦やろうね」

「だから戦わねえって……!」


 俺の言葉が聞こえたのかわからないが、ヘリュはそのまま闘技場へと行ってしまった。


 なんて自己中心的な奴なんだ……俺はここで見てないといけないのか?


 まあ控え室に戻って待ってるのも暇だから、別にいいんだが。


 壁にもたれかかって観戦しようとした……そのとき。


 ――背後に気配を感じ、その次に異様な雰囲気を感じ取る。


 一瞬で冷や汗が流れ落ちるほどの緊張感。

 振り向くのが恐ろしい。


 俺が背後を取られるまで、気配を全く感じなかった。

 つまりそれほどの実力者。


 今回の闘技場に出場している者を見た限り、そんなことができる者はいなかった。


 つまり出場者ではない。


 いや……もう正体はわかっている。

 わかっているからこそ、振り向けない。


 俺の背後が取れるほどの実力者で、なぜか異様なオーラを発している人物。


「ねえエリック……あの女、誰? なんで手繋いでたのかな?」


 隠密行動をしていたはずのティナが、そこにはいた。


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