第130話 どちらに賭けるか


 適当に口説き文句を流していると、今の試合が終わった。


「おや、楽しい時間はすぐに過ぎてしまいますね、もう試合が終わってしまいました」

「あはは、そうですね……」


 ロヘリオの言葉に、私は乾いた笑顔で返事をする。

 私にとっては、何よりも苦痛で長く感じた。


 ニーナを横目で見ると、彼女も私と同じように疲れた笑顔で奥さんを相手していた。


 この時間がこれからも続くと思うと、憂鬱だ。


 しかも次の試合、賭けに勝てなければ一夜を共にするという地獄が待っている。

 なんとしても勝たなければ……!


「そういえば賭けのときに、どちらが先に好きな闘技者に賭けるかを決めていなかったですね」


 ロヘリオに言われて、「確かにそうですね」と返す。


 闘技者を見てから賭ける方を決めることになっているので、先にどちらかを決めた方が断然に有利だろう。

 もちろんロヘリオもそう思っているだろうから、先手は譲らないはずだ。


 さて、どう決めようか。


「ではコイントスで決めるのはどうですかな?」


 隣にいるフェルモが、そう言ってきた。


「なるほど、それなら公平ですな。シュナ殿もいいですか?」

「はい」

「では僭越ながら私がやらせてもらいます」


 フェルモが懐から一枚のコインを出し、私たちに表と裏を見せてから上へ弾く。


 コイントスならば確率は二分の一。

 先に選んでも後に選んでも、関係ない。


 だがそれは、表か裏かわからないのであれば。


 私はニーナに目配せをすると、彼女もわかっていると言うように頷く。


 コイントスはときどき、訓練としてやっている。

 動体視力を鍛えるために、コインの表から裏を当てるのだ。


 常人なら当てる確率は五分五分になるだろうが、私は正答率を八割を超える。

 エリックや副団長のリベルトさんは、ほとんど外すことはない。


 ニーナも魔力の流れで感じて、表か裏かわかるだろう。


 二人で全力でコイントスを見て、感じ、ここは絶対に勝つ。

 そうしないと私たちには地獄が待っているから、真剣だ。


 フェルモの甲に落ちて、手で覆われる。


 私は少し笑いそうになったが、我慢する。

 フェルモのコイントスが下手すぎた。


 甲に落ちてから覆うまでの間で、私の目には完璧に見えた。


 一応ニーナにも目配せをして確認する。

 彼女は指を上に向けているので、私と同じ意見のようだ。


「表で」


 私が先に言った。

 普通のコイントスだったら先に言っても、特に不満を言うやつはいないだろう。


「では私は裏で」


 ロヘリオは何の疑いもなく、そう言った。


 よし、これで闘技者を決めるのは私たちが先になった。

 これで実力差が離れている者たちが出てくれれば、私ならそれを見抜けるのでありがたい。


 そんなことを思いながら、フェルモの甲に落ちたコインを見た。


「――っ!?」

「おや、裏のようですね」

「私の勝ちですか、これは運が良い」


 なぜ、裏なのだ……!?


 ニーナも訳がわからないと言うようにで、目を見開いている。


 私とニーナが一致した、表という事実。

 しかも私は確実に、見ている。


 フェルモのコイントスが下手だったから――っ! まさか……!


 あいつ、イカサマを……!


 フェルモを見ると、「お見事です、ロヘリオ殿」と言いながら笑っている。


 確実に表だったものが、裏になっていた。

 フェルモがイカサマをしていない限り、ありえない。


 まさかあの二人は手を組んでいた?

 しかし先程二人は久しぶりに会ったようだし、そういった雰囲気はない。


 おそらくフェルモが、ただ私たちに嫌がらせをしたということか。


 弱みを握ったと思った相手が、逆に握り返された。

 それで八つ当たりということだろう。


 くそ、やられた!


「では私が先に選びますね」

「は、はい、わかりました」


 フェルモがイカサマをしたのは確実だが、証拠はない。

 何もできずに、ただロヘリオに先手を譲ることになってしまった。



 そして次の試合の出場者が、闘技場へ出てくる。

 先程からずっと実況をしている者の声が、魔法で大きくしてあるから会場中に響く。


「さて続いては! この催しに初参加、そして唯一の女闘技者の登場だぁ!」


 今までずっと男の闘技者だったが、今回の戦いは女性が出てくるようだ。


 東の門からはガタイがいい男。

 今まで出てきた闘技者と同じように鎧を身に纏っていて、両手斧を持っている。

 強さも他の者たちと大差ない。


 そして西の門から出てきた、女闘技者。

 鎧なんて一部も来ていない、普通の服に腰に短剣を差しているだけ。


「っ……!」


 私はその者を見た瞬間、わかった。

 あの女は、強いと。


 絶対に、あの女が勝つ。

 防具の差など関係ない、どう見てもあの女が相手の男に負ける姿が浮かばない。


 つまり、あの女闘技者に賭けた方が、絶対に勝つ。


「ふふふ、これはすいませんなぁ、シュナ殿」

「っ! な、何がでしょうか?」


 不敵な笑みを浮かべているロヘリオ。

 まさか気づいたのか? あの女が強いということを。


「男性と女性というだけで力量に差があるのに、あれだけの体格差と装備の差。私は、男性の闘技者に賭けますよ」

「……では、私は女性の方に賭けます」

「いやはや、すいませんね。しかしまあ、一緒に過ごす時間はとても楽しいものにさせていただきますので」


 はぁ……すごい緊張した。

 ロヘリオが戦闘に関して全くの無知で良かった。


 普通は見抜けないだろうから、男の方に賭けるのが当たり前か。


 しかしこれで、私とニーナは安全だ。


 ……大丈夫だよな?

 あの女闘技者、負けないよな?


 どう見ても女の方が強いと思うが……私の貞操がかかっていると思うと、怖くなってしまう。

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