第126話 賭け勝負
ユリーナさんは催しの主催者に話をかける。
自分の護衛も戦いに参加させたい、と。
「もちろん構いませんよ。しかし大丈夫ですか? 見たところ、貴方様の護衛者は鎧などをしていないようですが」
俺は腰に剣を携えているだけで、防具などは何もしていない。
それを見て侮られたようだ。
「彼の戦い方に、防具は必要ないのですよ。一太刀も喰らわなければいいのですからね」
「ほお! それはまた大きく出ましたね! では承りました、護衛者はこちらにどうぞ」
闘技場で戦う者の控え室があるようで、そこに案内されるみたいだ。
ユリーナさんとニーナの間を抜けて、二人の前に出る。
「無理はするなよ、エリック」
「負けないでね」
すれ違う瞬間、二人にそんな言葉をもらった。
軽く頷いて、俺は主催者に言われた通りに道を進んでいく。
もともと闘技場自体がこの屋敷の地下にあるが、階段を降りているということは控室はもっと地下にあるようだ。
薄暗い道を抜けると、灯りがほんの少しついている大きな部屋に出る。
先程のパーティ会場よりも小さく、その豪華さは比べるのもおこがましい。
石の壁に石の床。
そこに何十人もの男がいた。
どうやら全員が闘技者のようだ。
入ってきた俺に一度全員が目線をくれるが、すぐに逸らす。
集中しているのか緊張しているのかわからないが、ほとんど喋り声が聞こえない。
それぞれ適当に地面に座ったり、壁にもたれてたり、剣を振るっていたりする。
ほとんど全員が先程の主催者が言った通り、厚い鎧を着ている。
それに伴って武器も大きな斧や両手剣。
鎧の上から叩き潰せるようにしているのか。
確かに闘技場で戦うのだったら、そちらの方が見栄えはいいかもしれない。
俺は壁に背を預ける形で適当に座る。
どういう形で闘技場へ呼ばれるのかわからないが、大人しく待っていよう。
そう思っていたのだが……。
「おいおい、ここは弱者も入っていいのかよ!」
……なんか変な奴に絡まれそうだ。
◇ ◇ ◇
エリックと別れた後、私とニーナはある人物を探した。
闘技場を囲った客席を見て回って、ようやく見つけた。
近づいていき、話しかける。
「フェルモ殿」
「ん? おおこれはこれは、シュナ殿、ニーナ殿」
客席に座り、隣に奴隷の女性三人を座らせている奴隷商人のフェルモ。
手には酒、女性につまみを持たせて観戦するつもりのようだ。
「お隣いいですか? 見てわかる通り、どこも混雑していて」
「もちろんですよ。お前ら、後ろに立ってろ」
つまみを持っていない女性二人が立ち上がり、席の後ろに移動した。
「ありがとうございます」
その様子を見て心苦しくなり女性たちに頭を下げようとしたが、今この場でそのような態度をこの男に見せるわけにもいかず、軽く会釈して私たちは座る。
「おや、護衛の方が見えないのですが、お手洗いか何かですか?」
「いえ、私の護衛は闘技場へ参戦させました」
「おお! 本当ですか! いやー、シュナ殿は自信家ですね。護衛の方は闘技場に参戦初ですよね?」
「ええ、もちろん。フェルモ殿はお分かりしていると思いますが……護衛も、この国の者ではないので」
小さな声でそう言った。
闘技場は観客の声がうるさくて小さな声でも他の人には聞こえないだろうが、小さな声で言った方が秘密の話のようになる。
そちらの方がこの男に、「私たちの弱みを握っている」と認識させることができる。
思った通り、嫌な笑い方をしてフェルモは言う。
「ふふっ、そうでしたな。しかし初参加で飛び入りとは、度胸がありますね」
「度胸というよりも、信頼ですね。私の護衛が負けるわけありませんので」
私は自信満々にそう言った。
エリックがこんなところに出てくる参加者に負けるわけない。
ベゴニア王国で最強の騎士だぞ。
「フェルモ殿は賭けたりするのですか?」
「そこまで金がないので、遊び程度ですね」
「そうですか、なら私と賭けをしませんか? もちろん、こちらからお金は要求しませんよ」
「ほう、では何を?」
「私の要求は、情報です」
「……なるほど」
目を細めて睨んでくるフェルモ。
情報は時に金よりも高価だ。
それをわかっているのだろう、フェルモは警戒している。
「シュナ殿は何を賭けるのですか? 私のように情報を? それともお金を?」
「私たちからはお金を。そうですね……その女性三人を買うときの、倍の値段を払いましょう」
「っ! 本当ですか? この三人は私の奴隷たちの中ではトップレベルで高いですよ? その倍を払うと?」
「はい、もちろん」
フェルモはさらに疑いの目をかける。
「なるほど、賭けの内容は?」
「私の護衛が勝つかどうか、もちろん私は勝つに賭けます」
「そうですか。しかしこの勝負……」
「ええ、私の有利ですね」
私はエリックの強さを知っており、この男は知らない。
公平なわけがない。
「だから私たちが負けたときは、お金だけではなく情報も払いましょう」
「どんな情報を?」
「このパーティに参加している者で、私と同じように他国出身の者の弱みを」
「なっ!? た、他国出身者? それは本当ですか? 貴方以外にもいるというのですか?」
「ええ、私の独自の調べでは」
もちろんこれらの情報は、全てティナが得た情報だ。
フェルモはハルジオン王国以外で奴隷売買を行っている。
だから他国の者の情報は喉から手が出るほど欲しいだろう。
「待ってください、貴方はこのパーティ初参加のはずだ。なぜそんな情報を持っているのですか?」
「もちろん今日、この場で調べたのです。調べ方はお教えできませんが」
「その情報は信憑性があるのですか?」
当然疑ってくるだろう。
「アキナ・パラコリティ。ご存知ですよね?」
「は、はい」
「貴方の奴隷を買っているのだから」
「っ!」
「ネムノーン帝国の貴族で、この国ではそれを隠して商人として訪れて貴方の店に行っているようですね」
「……どうやら、情報を集めるのは得意のようですね」
少しは信じてくれたようだ。
ティナの情報集めには感謝しないとな。
「それで、どうします? 賭けを、しますか?」
「……ふふっ、面白いですね。いいでしょう、負けたときに払う情報は何がいいのですか?」
「それは勝ったときに、お話ししますよ。大丈夫です、弱みを握ろうなど考えていませんよ。貴方と違って」
私とフェルモは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
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