第127話 控え室


 俺はいまだに地下の控え室のようなところで待っている。


 もう何人かの闘技者は呼ばれて、上で戦っているようだ。

 観客達の叫び声がここまで聞こえてくる。


 そして俺は今……。


「ねえねえ、君誰? 初めて見る顔だけど、どこから来たの? 剣持ってるけど、他に何か武器とか使える?」

「……ちょっと、落ち着いてくれ」


 なんか変な女に、絡まれている……。



 数分前。


「おいおい、ここは弱者も入っていいのかよ!」


 ガタイの良い男が、そう叫んだ。

 そのときはこの部屋に入ってきたばかりの俺に言ったのかと思ったが、そうではなかった。


「てめえに言ってんだよ、そこの女!」


 壁に寄りかかって座っている俺から、数メートル離れているところにその女がいた。


 立ちながら壁に寄りかかっていて、下を向いているから顔は見えない。

 しかしその髪の長さと華奢な身体から、女性だということがわかる。


 男は無視されたのかと思ったのか舌打ちをして、俺の前を通って女に近づく。


「おいてめえだ、そこの下を向いている女! 女がこんなところに来てんじゃねえ! 殺されてえのか!」


 この闘技場での戦いは、原則として殺しは禁止されているらしい。

 しかしそれが故意ではないと判断されれば、別に構わないようだ。


 殺しが禁止されている理由も、死体を片付けるのがめんどくさいからというだけ。

 立派なパーティだが、ここらへんは闇が深いのかもしれない。


 女はやっと顔を上げて、目の前に立っている男を見る。


 髪は最初から見えていたが、金色で肩くらいまでの長さ。

 ウェーブがかっていて、セットを全くしていないのか無造作な感じだ。


 顔立ちは横からしか見えないが、こんなところにいる女性とは思えないほど整っている。


「うちに何か用?」

「女が来る場所じゃねえんだよここは! さっさと帰れ!」


 女は首をかしげる。

 しばらく考えるようにして、手をポンと叩いて納得したかのように言う。


「あー、君怖いんだ。うちに壊されるのが」

「はぁ……?」


 いきなり言われたことが理解できなかったのか、男はとぼけた声を出した。


「そんなに防具を固めて、自信がないんだ。防具をすればするほど、自分の力が弱いと認めている」

「てめえ、マジで死にてぇらしいなぁ……!」


 男は背負っていた大剣を抜いて、女に突きつける。

 キレたのか、魔族特有の赤い瞳になっている。


 二メートルは超えているであろう男。

 そして女は一五〇センチぐらいしかなく、男が持つ大剣と同じぐらいだ。


 目の前に大剣の切っ先があるのに、女は全く怯んでいない。


「ここでやるの? うちはいいけどさ……観客もいないところで、壊れてもいいの?」

「壊れるのは、てめえだろ!」


 そのまま男が大剣を女の顔めがけて押し込む。


 小さな顔がそのまま真っ二つ……にはならず、紙一重で避けていた。

 耳が擦りそうなほどギリギリだ。


「あはっ、壊されたいみたいだね。じゃあ遠慮なく――」


 次の瞬間、女の右膝が男の顔面を捉えていた。

 女が一瞬の間に跳躍して、膝蹴りをかましたのだ。


「がっ……!」


 男は身体は防具で固めていたが、まだ試合じゃないから鉄仮面は被っていなかったようだ。


 顔面までジャンプした女は、男の肩を蹴って上に跳ぶ。

 男は顔面と肩を蹴られたことにより、そのまま後ろへと倒れこんだ。


 大の字になって倒れた男。

 鼻からは血を流しているが、まだギリギリ意識はあるようだ。


「この、クソが……!」


 男は立ち上がろうとした瞬間――。


「じゃあね」


 上から落ちてきた女が、またも顔面に膝を埋め込んだ。

 グシャっと嫌な音が聞こえ、男の呻き声が一瞬聞こえたがすぐに聞こえなくなった。


 さすがに死んではいないと思うが、容赦ないな。


 女は立ち上がり、周りを見渡す。

 この部屋にいる全員が今の戦いを見ていたのだが、目線が合わないようにすぐに視線をずらした。


 俺も当然目線を逸らしていた。

 他の奴はあからさまで女に見ていたことは気づかれたと思うが、俺は女が見渡す前に逸らしていたから最初から見てない風に出来ただろう。


 ……なのに、なぜこの女は俺の隣に来ているんだ?

 なぜ俺の隣に座って、顔を覗き込んでいるんだ?


「ねえねえ、君誰? 初めて見る顔だけど、どこから来たの? 剣持ってるけど、他に何か武器とか使える?」

「……ちょっと、落ち着いてくれ」


 顔が近くて後ろに下がろうとするが、背には壁があって下がれない。

 すごい勢いで問いかけてくる女。


 なぜいきなり俺に絡んできたのか。

 あまり目立ちたくないのだが……。


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