第124話 奴隷売買の話


 奴隷売買。

 まさかパーティに来てこんな早く目的に近づけるとは。


 後ろからユリーナさんを見ているが、彼女は一度拳をギュッと握って何かを我慢した。

 動揺を顔には出さないようにしたのだろう。


「そうなのですか? ハルジオン王国は今、奴隷制度は廃止されていると思いますが……大丈夫なのですか?」


 表向きでは廃止されているはずの奴隷制度。

 こんなパーティで堂々と喋っていいものなのか。


 フェルモは軽く笑いながら言う。


「大丈夫ですよ、言う相手は選んでおります」

「ほう、ではなぜ私たちにお教えに?」


 初対面の俺たちに話すのは危険ではないのか?


「ふふふ、それはですね……私が弱みを握れる相手、だからです」

「っ! 弱み、ですか?」


 口角を上げてニヤリと笑いながら、フェルモは話す。


「お二人はまず夫婦ではありませんね? それにこの国の者ではない」

「……どういうことですか?」


 ユリーナさんが鋭い目で問いかける。


「立ち振る舞いがまず夫婦っぽくないのです。おそらく利害が一致しているから行動しているだけのお二人という感じですね」

「……」


 ほぼ正解だ。

 なぜわかるのか、そんなの見抜けるものなのか?

 俺はいつでも動けるように注意深く相手を見ながら、話を聞く。


「この国の者ではない、というのは本当になんとなくです。私はこういった仕事をしているので、それは勘でわかるのです」


 ニーナはこの国出身だがユリーナさんは違う、しかもまず魔族じゃない。

 人族だというのはバレてはないみたいだ。


「……もしそれが真実だとしても、なぜ弱みを握れる相手に奴隷売買をしていることを話すのですか?」

「私の奴隷売買、というのもはっきり言えば弱みみたいなものです。お互いに弱みを握っていれば、軽々しく人に話さないでしょう?」


 フェルモはニヤリと笑いながら言った。

 最初の好意的な笑顔ではなく、悪人的な笑い方だ。


「なるほど、効率的ですね。さすが奴隷売買をしているだけあります」

「ふふふ、お褒めに預かり光栄です」


 二人はお互いに嫌味を言い合いながら、作り笑いをしていた。


「それで、弱みを握ってフェルモ殿は私たちに何を求めるのですか?」


 ユリーナさんがまた鋭い目つきになって問いかけた。

 いきなり弱みを握って、俺たちに何を求めようというのか。


「もちろん奴隷売買の取引です。弱みを握ったからと言って、絶対に買えとは言いません。一回は私の自慢の奴隷達を見ていただきたいということです」

「……そうですか」

「はい、それだけです。それか今見ている奴隷を買うということでも構いませんよ」

「今、見てる?」

「ええ、私の後ろにいる女性は、三人とも奴隷です」

「っ! そう、なのですね」


 ユリーナさんの顔が少し引き攣り、チラッと女性三人を見た。


 俺も女性三人を見るが、綺麗な笑顔をしている。

 作り笑いというのはわかっているが、今のを聞いてから見ると無理強いされてるように見えてしまう。


「うちの中で容姿が良いのを選んでいるつもりです。まあ私個人の見解もありますから、シュナ殿の好みに合う者がこの中にいなかったら、私の店にはいるかもしれません」

「……ほう」

「少し値段は高めですが、家事もできますし……ここだけの話、どれだけ乱暴にしても構いませんよ」


 フェルモは最後の言葉を、ユリーナさんの耳元で小さな声で言った。


「……私の妻の前で、やめていただけませんか」

「ははっ、先程も言いましたが、妻ではないですよね? それならいいではありませんか。男なのですから、少しはそういう憧れはあるでしょう?」

「……そうでしたね、フェルモ殿にはバレているんでした」


 フェルモは夫婦ではないと見抜いたようだが、ユリーナさんが女性だということはわかっていないようだ。


 確実に、ユリーナさんの怒りが溜まっていくのがわかる。


 さっきから右手をずっと強く握っている。

 爪が肉に食い込んで、そろそろ血を流してしまいそうだ。


 隣にいるニーナも気づいたのか、ユリーナさんの腕の裾を掴んで引っ張る。


「シュナ、落ち着いて」

「っ! あ、ああ、ありがとう……」


 一言声をかけられて、ユリーナさんの拳の力が抜けていく。

 あのままフェルモの顔面に叩きつけるのかと、ヒヤヒヤしてしまった……。


「フェルモ殿、あとで詳しくお話ししましょう。私たちは挨拶回りを済ませてきますね」

「ええ、わかりました。待っております」


 ユリーナさんはひとまず落ち着くためなのか、フェルモから離れることにしたようだ。


 一礼してからその場を離れ、一度パーティをしている広間から出る。


 お手洗いの方向へ行き、周りに誰もいなくなったところで……。


「くそっ……!」


 ユリーナさんは壁を殴ろうした……それを、俺は壁との間に手を挟んで止めた。


「落ち着いてください。あまりそういう痕跡は残さないようにしましょう」

「……そうだったな、すまない」


 ユリーナさんは息を吸って、大きく吐く。


「冷静を欠いてしまった、すまない。止めてくれてありがとう、ニーナ」

「ううん、私もあれはさすがにイラついたわ」

「ああ、だけどあいつは良い情報源になりそうだな」

「そうですね」


 あいつがエレナさんのときにも奴隷売買をしていたのかわからないが、少しは情報を持ってるかもしれない。

 良い関係を築く必要はないが、情報を引き出すまでは顔見知り程度にはなっておかないといけない。


 俺たちは一度ここで休憩をしてから、またパーティの広場に戻った。



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