第118話 鬱陶しい


 エレナさんと友達だったというニーナの話を聞き、私は耐えられずに外に出た。

 この身体の内にある感情を、あの家の中で吐き出してしまわないように。


 外でそれを発散しようと剣を持って出てきたが、私についてきたティナに提案された。


「ユリーナ、戦おうよ」

「……はっ?」


 あまりにも突然の話できの抜けたような声が出たが、ティナは気にせず笑顔で言った。


「私も今は、身体を動かしたい気分なんだ」


 そして私たちは、戦い始めた。



「くっ……!」


 正面から衝撃を受けて、私は吹っ飛んだ。

 宙に浮かぶほど吹き飛んだが、なんとか体勢を立て直し着地する。


「まだまだ行くよ!」


 ティナはそう言って、魔法をまた仕掛けてくる。



 初めてティナと戦ったが、思ったよりも強い。


 普通だったら剣士と魔法使いの一対一なんて、剣士の圧勝だろう。

 魔法を発動させる前に斬られて終わりだ。


 だがまずティナは魔法を発動させるまでの時間がとても短い。


 私は自分でも距離を詰めるのが速い方だと思うが、それを上回る速度で魔法を放たれてしまう。

 威力も中々だ。


 それに避けるのも上手い。

 私が近づいて剣を振るっても、一太刀、そして二太刀も避けられてしまう。

 そこまで避けられてしまうとティナも次の魔法を放ち、私は飛ばされてしまったのだ。


 私が鞘に納めたまま振るっているのでいつも通りではないとしても、そんな簡単に避けられるものではない。


 エリックと同じ村出身だったから、鍛えられたのだろうか。


「ふっ……!」


 拳大の岩を何個も飛ばしてくる魔法を、剣で弾いてなんとか避ける。


「はぁ、はぁ……」


 私が確実に押されている。

 このままだったら負けてしまう。


 これほど私とティナには実力差があったのか?


 いや……少し違うだろう。

 私が冷静だったら、二太刀でティナに攻撃を当てられたはずだ。


 こんなギリギリの戦いをしてる最中なのに、全く違うことを考えてしまう。



 エレナさん……!


 なぜあんなに優しい人が、奴隷にされているんだ!


 私が生まれる前には、ベゴニア王国も奴隷制度というものがあったらしい。

 だがその劣悪な労働をさせたり、人にするとは思えない最悪な仕打ちがあったようで、奴隷制度は廃止となった。


 その仕打ちなどを家にいたとき、家庭教師に教えてもらったことがある。


 本当にこんなことが行われていたのか、疑うほどだった。

 それを聞いたときは、夜に眠れなくなるほど怖かった。


 ハルジオン王国の奴隷制度は、昔のベゴニア王国ほど酷くはないのかもしれない。


 だが人攫いにあってまで奴隷にされるなんて……。


「くそっ……!」


 私はティナに向かって駆け出す。

 氷の礫が何十個と私に飛んできているが、適当に弾く。


「いっ……!」


 何個も当たって痛みに呻くが、そんなこと気にせずに接近する。



 気づかなかった。

 エレナさんが、奴隷だなんて。


 思いもしなかった。


 あんなに綺麗で優しい笑顔をする人が奴隷だなんて、今でも信じられない。


 この胸に渦巻く感情は、怒りだ。

 エレナさんを攫った人攫い、それに今でも奴隷として扱っている者に対して。


 そして――自分自身に対して。


 なぜ私は、気づかなかったのか。

 あの綺麗で優しい笑顔の下に、そんな残酷な過去が隠れていたことに。


「情けない……!」


 私は、エレナさんに助けられてばっかだった。


 エレナさんがいなかったら、一人で孤立して訓練兵時代を過ごすことになっていた。

 私が悩んでるときに、相談に乗ってくれた。

 訓練だけしか知らなかった私に、街に連れ出してくれた。


 あなたの笑顔を見るのが、好きだった。



「はぁぁっ!」


 私は接近し、剣を振るう。

 ティナが半身になって、ギリギリで避けられる。


 すぐに二太刀目に移り、剣を横に振るう。

 しかしそれも魔法を使ったのか、呼び動作なしで後方にジャンプして避けられる。


 地面を蹴り、また詰め寄る。

 距離を取られたら不利な状況に戻ってしまう。


 着地の瞬間を狙って袈裟懸けに斬る。

 ティナはまたギリギリで避けるが、無理な体勢で避けてしまったので尻餅をつく。



 エレナさん……!

 私はあなたに助けられてばっかりだったのに、私は何も返せてません。


 あなたが過去にそれだけ苦しんだというのに、全く気づかなかった。

 いや、知ろうともしなかった。


 今あなたは、苦しんでいるのですか?

 国に戻って、奴隷として扱われているのですか?


 どうして、私に話してくれなかったのですか?


 あなたが今、苦しんでいるとしたら……。


 次は私が、あなたを助けますから。

 鬱陶しいと思われても、必ず。

 だって私も最初は、あなたのことをそう思っていたから。



「ああぁぁぁ!」


 怒りと、悲しみ、そして決意を胸に……。


 私は転んだティナに向かって、剣を振り下ろした。

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