第117話 笑顔が絶えない


「ユリーナちゃん!」


 私を「ちゃん」付けで呼ぶ人は、この世でたった一人しかいない。


「エレナさん」


 振り返りながら、その人の名前を呼ぶ。


「一緒に訓練しよっか!」

「はい、お願いします」


 エレナ・ミルウッドさん。

 私が唯一、尊敬する先輩だった。



 初めて会ったのは、騎士団見習いになって一年目のことだった。


 最速で二年で騎士団に入れるのだが、ほとんどの人がそれ以上かかる。

 二年で騎士団に入れた者は本当に限られている。


 だが私は絶対に二年で入ってやると意気込んでいた。


 私は魔法はできないが、剣の腕は自信があった。

 見習いのとき、団長と副団長と模擬戦で戦ったときに負けたが、同期や先輩などには一回も負けなかった。


 そのせいで私は孤立していた。

 おそらく私の性格も孤立する理由だっただろう。

 お世辞にも社交的と言えないのは自分でもわかっている。


 広い食堂の中、一人で食事をしていた。


 そこを話しかけてきたのが、エレナさんだった。


「隣空いてる?」

「はっ? あ、ああ、空いているが……」

「よかった、遅くなっちゃったから座れないと思ってたんだよねー」


 前から友達だったかのように、エレナさんは私の隣に座った。


「ユリーナさんだよね? あ、僕はエレナ・ミルウッドだよ、よろしくね」

「よ、よろしく……」

「ユリーナさんの噂は聞いてるよ。今年から入ってきたのに強いって。すごいね、入る前も訓練してたの?」


 笑顔を絶やさずに話しかけてくるエレナさんに、私はタジタジになりながら受け答えをした。


「そ、そうだな。剣を教えてくれる先生を雇って、訓練していた」

「へー、そうなんだ。何歳ぐらいから?」

「五歳からだ」


 おそらく年上だと思ったが、敬語は使わなかった。

 そのときの私は尊敬できる者にしか敬語で喋らないと決めていたからだ。


 だがエレナさんは嫌な顔せず、楽しそうに話していた。


「あ、もうお昼休憩終わりだね。ユリーナさん、一緒にあとで訓練しようよ」

「わかった」


 その日の午後の訓練、一対一のときに初めてエレナさんと戦った。

 今まで戦った人の中では強い方だったが、私の方が強かった。


「いてて……」


 尻餅をついているエレナさんに手を差し伸べる。

 エレナさんは「ありがとう」と言いながら手を取って立ち上がる。

 やはり見た目通り軽いと感じた。


「いやー、ユリーナさん強いね」

「エレナも思ったより強かったぞ。両手に短剣を持って戦うのは素直にすごいと思う」

「そう? ありがとう」


 その日をきっかけに、エレナさんはたびたび私に絡んできた。

 訓練などのときはほとんど一緒にやっていた

 エレナさんを少し鬱陶しいと思うときもあったが、内心は嬉しい気持ちの方が大きかった。



「エレナさんは、なぜ私に絡んできたのですか?」


 知り合ってから数日が経ったとき、エレナさんにそう問いかけたことがある。

 接してみて尊敬できる先輩だと思って、敬語で話し始めたときだ。


「私はつまらない者で、愛想も良くないから、その……」

「周りに嫌われてる、って?」

「……はい、あまりはっきり言われたくなかったですが」

「あはは、ごめんごめん」


 少し笑ってから、エレナさんは答えてくれた。


「んー、普通に話してみたかったから、かな? すごい強くて噂になってる子と話して、戦ってみたいと思ったからね」

「それなら、戦って終わりじゃないですか?」

「そう? ユリーナちゃんと話すの面白いし楽しいから、それで終わりだとは思わなかったなぁ」

「そうですか……」


 エレナさんは私とは違い、人気者だ。

 愛嬌もよくて、結構強いので騎士団見習いを卒業して三年目で入れると言われている。


 そんな人が愛嬌もなくてつまらない私に、毎日話しかけてくる理由がわからなかった。


 納得いかない私に、エレナさんは笑顔で続けた。


「ユリーナちゃんと楽しく話すのに、周りの人は関係ないよ」

「っ!」

「僕がユリーナちゃんと絡みたいから絡むんだよ。ユリーナちゃんも周りの人が『エレナって奴と絡むな!』って言っても、絡みに来てくれる?」

「……はい、もちろんです」

「ふふっ、ありがとう!」


 とても優しい笑顔でそう言ってくれたエレナさん。

 私は少し泣きそうだったのを覚えている。


「そういえば前から気になってたんですけど、なぜエレナさんは『僕』って一人称を使うんですか?」

「えっ、男だからだよ?」

「……えっ!?」

「えっ?」


 数日接してきたのに、ずっと女性だと思っていたのは今思い出しても少し恥ずかしい。



 そんな……。

 とても優しくて、笑顔が絶えない……。

 あんなに人格が美しい、エレナさんが……。



 ――奴隷、だったなんて……。

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