第108話 久しぶりの対決


 おっさんから意図せずに得られた、エレナさんがいるかもしれない国。


 頭文字が「は」の国や街なんて調べたらいっぱいあると思うが、ハルジオン王国もその候補になる。


 まさかあの国に、エレナさんがいるのか……?


 エレナさんは情報を流したが、それが母国に流したとは言っていない。

 つまり、リンドウ帝国が母国だと断定できない。


 しかもエレナさんは、もともと俺が殺したフェリクスに情報を流していたと言ってた。

 一番高く買ってくれたから、と。


 だからベゴニア王国を攻めてきたリンドウ帝国には、それほど思い入れはないということ。


 エレナさんがどこにいるか全く見当がつかなかったが……。


 ハルジオン王国や、それ以外に「は」が最初の魔族の国や街。

 しっかり調べてから出発したほうがいいな。


「エリック!」

「っ! なんだ?」

「いや、いきなりお前が呼びかけても返事しねえから」

「ああ、悪い、ぼーっとしてた」


 おっさんが俺の前に立って呼びかけていたようだが、全く気づかなかった。


「まあエレナちゃんのことで落ち込むのはわかるが、しっかりな」

「……わかってるよ、ありがとうな、おっさん」


 おっさんにはエレナさんが生きている、裏切ったなどは言えない。

 だがエレナさんのいる場所のヒントをくれたから、一応礼を言った。


 しつこく色々聞いてきたおっさんに、困っていただろうエレナさんを思うと、少しだけ笑えてくる。


「というかお前、いつまで俺をおっさんって呼ぶんだよ」

「いいだろ別に、もうその呼び方で慣れたんだから」

「まだおっさんて歳じゃねえのに……」


 おっさんはため息をつきながらそう言った。


「さすがに名前を覚えてねえってわけじゃねえだろ?」

「……」

「おい、嘘だよな」

「じゃあおっさん、俺はちょっと一人で訓練するから」

「おい、なんとか言えよ」


 適当に誤魔化して、おっさんは俺から離れていった。


 いや、本当は覚えてるぞ?

 ただなんとなく呼ばないだけで。

 ……あとでユリーナさんに聞いておこう。

 うん、合ってるか確認するだけだ。



 その後、しばらく一人で剣を振っていると、また一人誰かが近づいてきた。


 後ろを振り向きその人を見て、俺は目を見開いた。


「リベルトさん……!」

「よう、しっかりやってるか?」


 そこには騎士団副団長のリベルトさんが立っていた。


 右手に木刀を持ち、額に汗の粒が見える。

 おそらくさっきまでリベルトさんも軽く訓練をしていたのだろう。


「はい、リベルトさんも訓練をするんですね」

「俺をなんだと思ってるんだ、訓練はサボらねえよ。仕事はサボるが」

「堂々と何言ってるんですか」


 仕事もサボっちゃいけないでしょ。


 まあリベルトさんくらいの強さになるには、才能だけじゃ辿りつかない。

 相応の訓練をしないといけないと思うし、それを保つのも日々の努力は欠かせないだろう。


 だがそれでも仕事をサボる理由にはならないと思うが。


「さてエリック、久しぶりに戦おうぜ」

「っ!」


 リベルトさんと、戦う……!


 本当に久しぶりだ。

 俺が騎士団に入って、最初の訓練のとき以来だ。


 あのときはリベルトさんが副団長とはわかっていなくて、よくわからないうざい人という感じだった。

 というか、戦うとなっていきなり酒を飲む、おかしい人だったな。


 だけど酒を飲んでも、とても強く、戦いづらかった。

 千鳥足になってるくせに力強い攻撃をするし、フラフラだから攻撃しづらく、避けられる。

 あれほど戦いづらい相手は初めてだった。


「酒は飲まなくていいんですか?」

「ん? ああ、いいんだよ。今回は――本気だ」


 その言葉に、鳥肌が立つようにゾクゾクする。


 あんな戦い方で強かった人が、本気を出す。

 それは、どれほど強いのだろうか。


 前世でも、今世でも。

 おそらく今まで出会った人の中で、剣士の中で一番の実力者だろう。


 俺が戦った中で一番強かったのは確実にフェリクスだが、リベルトさんはあいつに勝るとも劣らないだろう。


 フェリクスも刀を使っていが、技術はそこまでなかった。

 技術ではなく、あいつは身体能力が並外れて良かった。

 こちらの攻撃を見てから避けられるほどの動体視力と反射神経を持っていた。


 リベルトさんはそこまでの身体能力はないが、それを補ってあまりある技術を持っている。


 俺も負けていないと思うが……本当に負けてないかは、これからわかる。


「わかりました、やりましょう」

「そうこなくっちゃな」


 そして俺たちは、一定の距離を開ける。


 数メートル離れてから、構える。

 これだけ距離があっても、俺とリベルトさんなら一歩で詰められるだろう。


「お、おい! 副団長が戦うぞ!」

「ん? お、本当だ。だけど副団長は結構いろんな人と戦うだろ」

「そうだけど、今日は酔ってねえんだよ!」

「はっ? 嘘だろ? 酔剣じゃないってことは、本気でやるってことか?」


 周りの人が、リベルトさんの姿を見て騒いでいるのが聞こえる。


「相手は誰だ?」

「エリック・アウリンだ!」

「おー! 前の戦いで活躍したっていうあいつか!」

「噂では副団長の酔剣に勝ったことあるとか……!」

「これはすげえ戦いになりそうだぞ!」


 俺もこの前の急襲で少し有名になったようだ。

 自分的にはあの戦いは褒められるところは全くないのだが。


 周りにいた人たち全員が訓練の手を止め、俺たちの戦いを見ようとしている。


「はっ、こんだけ注目されるとはな」

「さすが副団長ですね」

「お前もな。おい、そこのお前」


 リベルトさんが一番近くにいた人に話しかける。


「は、はい!」

「コイン投げろ」


 リベルトさんはポケットから出したコインをその人に投げる。


 その人はキャッチしようとしたが失敗し、落としてしまう。

 慌てながらすぐに拾って、緊張した顔で俺とリベルトさんを見た。


「そ、それでは、準備はよろしいでしょうか!?」

「ああ、もちろん」

「はい、いつでも」


 その人は震えてる手で、


「では、いきます!」


 コインを、弾いた。

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