第103話 退団せずに
「君と、ユリーナさんを任命しようと思います」
イェレさんの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「スパイを、俺とユリーナさんに?」
「はい、そうです」
「なぜ俺たちなんですか?」
俺がそう問いかけると、リベルトさんが答える。
「まず、団長のイェレやアンネは無理だろう。それに今回みたいに俺とビビアナがいなくなったら、また攻めてくる可能性があるから無理。それで今自由に動ける兵士の中で強いのは、お前とユリーナってわけだな」
「隠密行動ができる方を選んだ、というのもあります。エリック君とユリーナさんは、気配を殺すのは得意というのも選んだ理由です」
確かに俺とユリーナさんは、兵士の中でも実力は頭一つ抜けているだろう。
気配を殺すのも、ユリーナさんはわからないが俺は得意だ。
「まあ一番の理由は、お前らを手放したくない、だな」
「正直に言いますと、そうですね」
「えっ……?」
リベルトさんの言葉に賛同したイェレさん。
「エリック君とユリーナさん。お二人はとても貴重な人材です。副団長のリベルトと同等かそれ以上の実力を持ったエリック君はもちろん、ユリーナさんも他の兵士と比べて飛び抜けて実力が高い、そんな二人に抜けられるのはこちらとしても痛手です」
「しかもこれから戦争をするってのに、そんな強い奴が抜けられたら困るだろ」
まさかそんなにも高い評価を受けているとは思ってもいなかった。
「だけど俺は、今回失敗して……」
「誰でも失敗ぐらいあるだろう。そんなの強い弱い関係ない。俺だって若い頃は失敗だらけだった」
「おや、リベルト、今は失敗していないというような言い草ですね」
「……今より、失敗だらけだった」
イェレさんが少し睨みながらそう言うと、リベルトさんは言い直した。
「さっきも言っただろ、次頑張れって。それでその次ってのが、今回のスパイだ」
「リベルトの言う通り、今回は失敗しないようにお願いします」
スパイ……初めてやるが、俺にできるだろうか。
「魔族の国、リンドウ帝国に行ってスパイ活動をしながら……その、なんだっけ」
「エレナ・ミルウッドです」
「そう、そのエレナって奴を探してもいいからな」
「っ! い、いいんですか?」
リベルトさんの言葉に目を見開く。
どう考えても公私混同のような気がするが……。
「バレないようにな」
「えっ、いや、誰にですか?」
「そりゃ団長のイェレとか俺にだよ」
「もうバレてますよね?」
目の前で話している、というかその話を持ち出したのがイェレさん達なのに、どうやってイェレさん達にバレないようにするのか。
イェレさんの方を見ると、呆れたようにため息をついている。
「スパイ活動に支障が出ない程度であれば、問題ないでしょう」
「いいんですか?」
「これで貴方達が退団しないというのであれば、大丈夫です」
「あ、ありがとうございます……!」
頭を下げてお礼を伝える。
こんなにも公私混同をしていい、という命令があるのだろうか。
「他の奴らには喋るなよ。まあ今回は、ビビアナがいないから大丈夫か」
「そうですね、情報が漏れた理由は彼女にある可能性が高いですから」
魔法騎士団副団長だというのに、これほどの信頼の無さがすごい。
いや、確かに実力は高いんだけど、それ以外がなぁ……。
ビビアナさんが情報を漏らしたときに、その話を聞いていた中にエレナさんがいたから、多分本当にあの人のせいなんだろうけど。
「何個か質問しても大丈夫でしょうか?」
「はい、どうぞ」
「ユリーナさんにはすでに伝えたのでしょうか?」
「いえ、まだです。これから呼び出して伝えたいと思います」
そうか、まだなのか。
まあユリーナさんなら断ることはないだろう。
この国に仕えながらエレナさんを探すことができるなら、それが一番だろう。
「スパイをするのは、俺とユリーナさんの二人ですか?」
「いえ、あと一人魔法騎士団の方から人員を割いてもらいます。アンネ団長が選別しています」
「そうなんですか」
確かに剣士二人だけより、もう一人ぐらい魔法使いがいた方がいいだろう。
スパイに向いている魔法もあるかもしれないしな。
「いつ出発するのですか?」
「貴方達の怪我もまだ完治してないと思いますが、これは早ければ早いほど良い。なので、遅くても一週間後に出発してもらいます」
「……わかりました」
俺がそう言うと、後ろのドアからノックの音が聞こえた。
「イェレ、私よ」
「どうぞ」
女の人の声が聞こえて、イェレさんが中に入ることを許可する。
ドアが開くと、そこにはアンネ団長がいた。
「あなたがエリック・アウリンね」
「は、はい」
「一応初めましてね。魔法騎士団団長のアンネ・ベンディクスよ」
「エリック・アウリンです。よろしくお願いいたします」
軽い挨拶をし終えると、アンネ団長はイェレさんと向き合う。
「選別し終わったわ」
「了解です。で、誰になりましたか?」
「あなたならわかってるでしょ?」
「確認のためです」
イェレさんが少し笑いながらそう言うと、アンネ団長はため息をつきながら入ってきたドアの方を見る。
「入りなさい」
アンネ団長がそう言うと、開いていたドアから人が入ってくる。
俺はその人物を見て、思わず声が出てしまった。
「ティナ……!」
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