第77話 急襲


「――ベゴニア王国が、急襲されています!」


 イレーネの姿を見て泣きそうになっていた俺だが、その言葉を聞くと涙が引っ込んでしまった。


 ベゴニア王国が? 急襲?


「どういうことですか?」


 いきなり来てそう伝えてきたので、クリストも戸惑っている。

 イレーネは馬から降りて俺達に駆け寄って言ったので、少し息が切れている。


 しかし、そのまま俺達に事の次第を伝えようとする。


「魔族の国、リンドウ帝国が今現在ベゴニア王国に急襲を仕掛けているようです!」


 リンドウ帝国。

 俺は全く聞いた覚えがない国名だが、クリストやリベルトさんは聞いたことがあるようだ。

 その名を聞いて顔色を変えていた。


「リンドウ帝国が、ですか? その情報は本当に確かなんでしょうか?」

「昨日の夜にベゴニア王国に急襲を仕掛けるために、兵を集めているという情報が入りました。まず間違いありません」


 その言葉を聞くや否や、リベルトさんが懐から何かを取り出す。


 手の平サイズの物で、それをしばらく眺める。


「あいつ、イェレから連絡は来ていない。まだ襲われてないのかもしれん」


 リベルトさんはその道具を見てそう言った。

 どうやらそれは『魔道具』という物のようで、遠くにいても連絡がつけられるという物のようだ。


「リンドウ帝国も本当に急遽兵を集めていたので、まだ襲われてないのかもしれません!」


 イレーネが息を落ち着かせながらそう言う。


 すると、突然肩をちょんちょんと突かれるような違和感を感じる。

 そちらに顔を向けると、ビビアナさんが少し困惑している顔でこちらを見ていた。


「ねぇねぇ、あの子誰?」


 小さな声でそう聞いてくる。


 クリストとリベルトさんがあの女の子の言うことを完全に信じている、というか知っているようだから俺に聞いてきたようだ。


 俺がまた小さな声で答えようとしたが。


「申し訳ありません、自己紹介が申し遅れました」


 今の声が聞こえたのか、イレーネがお辞儀して答える。


「私、ハルジオン王国セレドニア国王の娘、イレーネ・ハルジオンと申します。どうぞお見知り置きを」


 王族らしい綺麗なお辞儀に少しビビアナさんは驚くが、朗らかに笑って。


「王女様だったんだー。よろしくねー」


 そう言って握手をしようとする。


「え、ええ、よろしくお願いいたします」


 少しその対応に驚きながら握手に応じるイレーネ。

 王女と名乗ってこれだけ遠慮ない感じで接してきた人はあまりいないだろう。


「おい、呑気に挨拶している場合じゃねえぞ」


 俺もイレーネに挨拶しようか迷っていたが、リベルトさんがさっきより焦った様子でそう言った。


「こっちからの連絡が通じねえ」


 その言葉にすぐにクリストが反応する。


「それは異常事態なのか?」

「反応がない、というのなら時々あるのだが、連絡が通じないというのは異常事態だ。何かに邪魔されているとしか考えられない」

「おそらく、阻害魔法や魔道具を使っていると考えられます」


 イレーネがそれを聞いて答える。


 つまり、今王都にいるはずのイェレさんと連絡が途絶えてしまっている。

 あちらの情報が全くわからないということだ。


「もうすでに急襲されている可能性がある。いや、その可能性の方が高い」


 リベルトさんの言葉に、皆が息を呑む。


 まさか俺達がこの国に来ている間に襲撃を受けるとは思わなかった。


 ティナは、ユリーナさんは、エレナさんは大丈夫だろうか。

 あの三人は強い、だが戦闘に慣れているかと言われればそうではないだろう。


 特にティナはまだ魔法騎士団に入って一ヶ月しか経ってない。

 いきなりの襲撃、しかもおそらく市街戦になっている。


 相手の兵の数がどれだけいるのかわからないが、民衆を守りながら戦うことになるだろう。

 それをするのは困難だ。俺でもそんな人数を守りながら戦ったことなんてない。


 クソ、なんでベゴニア王国が襲われているって時に俺はその場にいないんだ!

 俺の大事な人が危険に晒されているっていうのに!


 しかもリベルトさんやビビアナさん、こちらの兵力の大きい二人がいない時に――っ!


 まさか……!


「俺達が、いない時に狙ってやりやがったのか……!」


 リベルトさんも同じことを考えていたのか、俺が辿り着いた答えを口にする。


 そうだ、俺はともかく、騎士団最強のリベルトさん、魔法騎士団最強のビビアナさん。

 二人がいない時に攻められるなんて出来過ぎだ。


 そのリンドウ帝国が狙ってやったとしか思えない。


 ――っ!


 あることに、気付いてしまった。


 ティナが入って一ヶ月、つまり前世だったら俺達の村が滅んで一ヶ月経っているということ。

 その時期ぐらいに、俺はクリストと会った。

 クリストはベゴニア王国が滅んでから、遠くの街に来て俺と出会ったと言っていた。


 もし、前世と今、クリストが同じ動きをしていたとするなら。


 クリスト、それにリベルトさんとビビアナさんはこの他の国を回るという仕事をしていたはずだ。

 つまり前世の時も、三人はこの時期はベゴニア王国にいなかったのだ。


 俺はベゴニア王国の兵力を前世の時は知らなかったが、今ではこんなに強い人達がいてそんな簡単に国が滅んだのか? と不思議に思ったことがある。

 フェリクスが強いのはわかる。だがこの二人がいてそう簡単に負けるとは考えられなかった。


 しかしもし、前世の時も三人が国が襲われているときにいなかったら、辻褄が合う。


 前世の時も、今も。

 ベゴニア王国最強の二人がいない間に、国を攻められているということだ。


 それだったら前世の時国が滅んだという理由も、クリストが無事だったという理由もわかる。


 しかも前世の時はおそらく、イレーネが伝えてきてくれたということはなかっただろう。

 まずこのハルジオン王国を見て回ったかもわからないし、そうだったとしてもその時にはフェリクスがこの国の次期国王だったから情報を知ることはできなかったと思われる。



 このままじゃ前世と同じ道を辿ってしまうことになる。


 ベゴニア王国が、滅んでしまう。

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