第78話 戻る
「どうする、クリスト」
リベルトさんが落ち着いてそう問いかける。
そうだ、今ここで慌てても意味がない。
ここからじゃベゴニア王国が今襲われていても、何もできないのだから。
じゃあ、今すぐ王国に戻る?
おそらく連絡が通じないということは、今現在急襲されているということだ。
ここに着くまでに二日もかかったのだ。
今から急いで戻ったとしても一日以上かかってしまう。
「イレーネ王女、リンドウ帝国の兵の数などは把握しているでしょうか?」
クリストは俺達にこのことを伝えに来てくれたイレーネにそう問いかける。
「兵の数は最高でも一万程だと思います」
一万……数だけ聞くと多い気がするが、王都ベゴニアを襲うには少ない数である。
王都に住んでいる兵の数は五万ほど。
数だけで見れば王都が堕とされるということはないが、民衆には大きな被害が出てしまうだろう。
「ですが、リンドウ帝国は魔物使いの兵士が多い国でもあります。兵の数は少ないですが、魔物も同じかそれ以上の数を使役しているでしょう」
魔物使い。
その名の通り、魔物を使役して扱える者のことをいう。
魔族には結構その者が多く、あのフェリクス・グラジオもおそらく魔物を操って俺達の村を襲わせたのだ。
使役できる数は人それぞれだが、多くて五匹以上扱える者もいる。
しかも俺達がここに来るまでに出会った、オークジェネラルのような魔物を団体で動かせる奴を使役すれば、フェリクスのように多くの魔物を操れるようになる。
一万という兵の数は少ないが、魔物を使役する者がいれば兵の数を補って余りあるほどの力が出てしまう。
本当に、まずいかもしれない。
「リベルト、あの魔道具は持っているか?」
「ああ、持っている。だが二つしかない」
「つまり二人か……」
リベルトさんはまた懐から二つの道具を出した。
その道具を見て、クリストは俺達を見回して考える。
「何の魔道具なんだ?」
「一回限り、転移が出来る魔法だ。使えば王都に一瞬で戻れる」
「なっ! そんな魔道具があるのか!?」
それを聞いて目を見開いて驚く。
一回しか使えないとしても、破格の性能だ。
「これを使うのは本当の本当に緊急事態だけ、と思っていたが、今がその時だろうな」
「ああ。だが、問題は誰が戻るかだ」
クリストは顎に手を置いて俺、リベルトさん、そしてビビアナさんを見る。
「ビビアナは戻って欲しい。お前の力は確実に必要だ」
「はーい、了解でーす」
クリストがそう判断する。
オークの軍団を一つの魔法で殲滅したビビアナさんの力は、一人で戦争をひっくり返すほどの力を持っている。
ビビアナさんを戻すというのは良い判断だ。
「それでエリック、お前も戻ってくれ」
「俺か?」
「ああ、リベルトよりお前の方が強い。お前に任せたい」
俺の目を見てクリストはそう言った。
今はまだクリストが俺とリベルトさんのどちらかが強いなんて判断できないだろうから、おそらくリベルトさん自身がそう言ったんだろう。
特に否定するつもりはない。
自分の力は自負しているし、俺も前世では戦争で何百人を一人で殺したことがある。
「わかった」
「二人だけで戦いをひっくり返すなんて難しいとは思う。だが、それをしないとベゴニア王国が滅ぶ。頼んだ」
「ああ、了解だ」
クリストの目を見て強く頷く。
「あの、申し訳ありません……」
隣から控えめに入ってくる声。
俺が何度も何度も夢見て、聞きたいと思っていた声にハッとした。
そちらを見ると、イレーネが俺を見ていた。
前世で何度も見た、綺麗な金色の目に俺が映っている。
「もしかして、フェリクス・グラジオを倒してくださったエリック様でしょうか?」
――エリック様。
前世でもイレーネは、俺をそう呼んでいた。
涙が零れそうだった。
クリストと再会した時のように泣いてしまわないようにグッと堪える。
「あ、ああ……そう、です」
タメ口で話してはいけないと思いつつも、前世に引っ張られて変な口調になってしまう。
イレーネは俺の口調を気にせず、華が咲くような笑顔をして。
「ありがとうございます! 貴方様のおかげでこの国は救われました!」
そう言って頭を下げてきた。
後ろに控えている兵士達が少し動揺している。
一国の王女がこんな簡単に頭を下げて大丈夫なのかという心配だろう。
「あっ、すいません、お時間が無いというのに……」
俺達の状況を思い出したのか、イレーネはまた申し訳なさそうに謝って少し下がる。
「ベゴニア王国が救われるよう、祈っています。エリック様、頑張ってください」
そう言って頭を下げるイレーネ。
「エリック、これを持て。ここを押したら魔道具の効果が発動して王都に戻れる。おい、大丈夫か?」
リベルトさんが俺の手に何かを持たせてきたが、俺は少し呆然としていた。
久しぶりに――本当に久しぶりに見た、イレーネ。
褪せていく記憶よりとても鮮やかで、綺麗で美しい。
そしてお礼を言われて、初めてイレーネを救えたという実感が持てた。
フェリクスを倒せば前世の時とは違い、イレーネがハルジオン王国から出ていくという過去が無くなったというのは理解はしていた。
今、その偽りない笑顔でフェリクスを倒したことによってイレーネが不幸にならなかったということが、ようやく心の底から理解できた。
本当に、良かった。
イレーネが幸せになり、だけど会えなくなったと悲しんだ――。
――俺達は今ここで、再会できた。
「エリック! 大丈夫か!?」
クリストの声にハッとして思考から戻ってきた。
そうだ、今は緊急事態だ。
俺が王都に戻り、救わないといけない。
「ああ、大丈夫だ」
「本当か? 調子が悪かったらリベルトに……」
「いや、俺は今、調子は最高潮になったぞ」
俺がボーっとしていたから心配してくれるクリストにそう言って笑いかける。
イレーネに、「頑張ってください」と言われたんだ。
俺は今、この世界に戻ってきて最高に調子がいいぞ。
「そ、そうか? じゃあ頼んだぞ」
「ああ」
隣を見るとビビアナさんも俺と同じように魔導後を持っていた。
そして、俺は魔道具のスイッチを押す前に一度イレーネの方を向く。
「イレーネ、必ずもう一度会いに来る」
「っ! は、はい! お待ちしております!」
俺の言葉に驚きながらも笑顔で頷いてくれる。
ビビアナさんの方を向き、一緒になってスイッチを押す。
その瞬間、俺は光に包まれた。
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