第70話 俺が


「あたしは――ニーナ・グラジオ。あんた達は?」


 黒髪でとても長い髪、腰まで届いている。風に吹かれて綺麗に靡いている。

 目が大きいがつりあがっていて、目つきが鋭い。美人だとは思うのだが、ただ目を合わせているだけで睨んでるような雰囲気がある。

 身長は女性にしては高く、俺よりちょっと低いくらいだ。


 いや、今はこの子の容姿はどうでもいい。


 名前が、ニーナ……グラジオ?


 『グラジオ』という名前、とても聞き覚えがある。


 前世で俺の村、家族、ティナ、そして恋人のイレーネを奪った男。そして今世では俺が殺した男。

 ――フェリクス・グラジオ。


 その姓の名前と同じ、ってことは、もしかしてこの女の子……!


「初めまして、ニーナ・グラジオさん。俺の名前はクリストです。俺達は旅をしていて、今日この国に入国したのです。それで道なりに進んでいたら、この集落が襲われているが見えて、助けたということです」


 クリストがその子に説明する。

 一応王子という身分を隠すために、性の名前は言わないみたいだな。


「へー、そうなんだ……あんた、嘘上手いね」

「っ! ……何がでしょう?」


 ニーナはニヤッと笑いながらクリストを睨む。

 クリストは少し身体を反応させるが、色んな社交の場で鍛えたであろう愛想笑いで流す。


「まあいい、害はなさそうだし。集落を助けてもらったのは本当みたいだしね。一応お礼言っとく、ありがと」

「いえ、自分達も情報が欲しいので有益になると思ってやったことですよ」

「じゃああの雑魚達から何か情報は得たの?」

「はい、良い情報を得ましたよ」

「なら良かった、助けた甲斐があったね」


 ニーナは無感情にそう言うと俺達から離れていき、住人達に近づいていく。


「ほら、あんた達。保護の魔法かけるから退きなさい」


 住人達は言われた通りに退いて、ニーナに道を譲る。

 悔しそうにしているが、何も言い返すことはできないのだろう。


「ここかな」


 ニーナはそう呟くと、右手を上げて手の平を天に向ける。


「あたしを守りなさい――『守護結界パートンバリー』」


 そう魔法を唱えると、手の平から光の矢が空に打ち上がり、そして上空で円状に爆発したかのように広がった。

 円状に広がった光は、薄い膜を張って集落全体を覆う。

 光の膜が集落全体を囲ったのを確認して、ニーナは手を下ろした。


「はい、終わり。これで私がこの円の中にいる限り集落は安全」


 住人達は今の魔法を見て安堵しているが、俺にはよくわからない。

 光の膜が村全体を囲んだが、これだけで安全になるのか?


「ビビアナ、あの魔法はなんだ?」


 リベルトさんも理解できなかったのか、この中で一番魔法に詳しいビビアナさんに問いかける。


「んー、『守護結界パートンバリー』って言ってたから、守護魔法の上級魔法なんだろうけどー……」


 ビビアナさんが難しそうな顔をして首をかしげる。


「守護魔法は扱うのが難しくて、下級魔法すら普通の魔法使いはできなんだよ。私もめんどくさいから覚えてないし。だから、集落を覆うほどの守護魔法の使い手……相当強いよ、あの子」


 俺の中では魔法使いで一番強いのはビビアナさんだ。

 そのビビアナさんが相当強いと言う相手、ってことか。


「あんた達も今日はこの集落に泊まるんでしょ? この膜の中にいたら安全だから、心配しないで寝ていきなさい」

「ありがとうございます、ニーナさん」

「あっ、そういえばあんた達旅をしてるんだっけ?」

「そうです」

「じゃあさ、フェリクス・グラジオって男知らない?」


 その質問に、俺は心臓が握られるような気分になった。


 やはりこの女の子、ニーナはフェリクスのことを知っている。


「おい、ニーナ! フェリクスは死んだと聞いただろう!」


 今の話を聞いていた住人の一人が話に割り込んできた。


「もしかしてまたフェリクスを探しに行っていたのか! 死んだ奴を探しに行ったせいで、俺達の集落は……!」

「うるさいわ、雑魚が。あたしの兄さんが簡単に死ぬわけないでしょ? ただの噂を信じてる雑魚が私の兄さんを侮辱しないでくれる?」

「くっ……!」


 人を殺すのを厭わないような目つきで睨むニーナ。睨まれた人は後退りをする。


「で、あんたら知ってる?」


 もう一度問いかけてくるニーナ。


 クリストは俺をチラッと見てくる。

 立ち位置的に後ろにいて俺には見えないリベルトさんやビビアナさんも、俺のことを見ているだろう。


 フェリクス・グラジオのことはベゴニア王国では極秘情報となっていたが、騎士団と魔法騎士団の副団長、そして王子にはその情報は入っているだろう。

 三人とも、フェリクスは俺が殺したということがわかっているはずだ。


「ん? あんたが知ってるの? フェリクス兄さんはどこにいるか?」


 三人が俺の方を見たことで、ニーナが俺にもう一度問いかけてくる。


 正直に話すかは俺次第。三人は俺に話すかどうかを任せてくれた。

 押し付けたという見方もあるが、今回は任してくれたことを感謝しよう。


 俺が言うことは決まっている。


 ニーナはフェリクスの居場所がわかるかもしれないということで、少し期待を込めた目で俺を見てくる。


 その目を真っ直ぐ見ながら、俺は答えた。


「フェリクス・グラジオは、俺が殺した」

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