第69話 女の子


 住人達は俺達に礼を言ってから、集落に向かった。

 集落には破壊された家や、殺された人々が地面に転がっている。

 その片付けや、葬いなどをしに行ったようだ。


「俺達はどうするんだ? クリスト」


 リベルトさんは住人達の囲いからやっと解放されて、疲れ気味にクリストに問いかけた。


「とりあえず俺達も手伝うか。ここまで助けて何も手伝わずに『さようなら』じゃちょっとな」

「ま、そりゃそうか」

「それに、ハルジオン王国が今どうなっているかも聞けるかもしれないしな」


 そしてクリストが言った通り、俺達は集落の人達の手助けをすることにした。

 住人達は「ありがとうございます!」としきりに言って、頭を下げながら片付けをしていた。


 俺達が手伝うことによって、作業の効率は格段的に上がっただろう。


 特にビビアナさんの魔法の力は段違いだ。

 家が焼け焦げて潰れているのを風魔法や土魔法で一気に退かしたり片付けたり出来る。

 時々、家の下敷きになっている人がいたのだが、それもビビアナさんの魔法ですぐに助けることができる。

 軽い怪我ならすぐに治してしまう。


「ビビアナ様! ありがとうございます!」

「大丈夫だよー。怪我治ったから、皆のお手伝いしてね」

「はい!」


 一人の青年が足の怪我を治してもらい、快く返事をしながら頭を下げながら片付けに向かった。


「あぁ、ビビアナ様は天使だ……」

「魔族の国にも天使が舞い降りるのか……」


 治してもらった男の人や、底抜けの笑顔に癒されている男の人がビビアナさんを見てそう言っているのが聞こえる。


 前にティナからビビアナさんは魔法騎士団の男性から人気が高いと聞いていたが、少し納得した。

 まあ、あの人が残念な人だと知らなかったら、可愛いと思えるかもしれない。


「ん? エリックちゃん、なんか言った?」

「いえ、何も」


 前にもこんな会話をしたような気がすると既視感を感じながら、俺は集落の片付けを手伝った。



 数時間後にはほとんどの片付けが終わり、俺達の仕事は無くなった。

 あとは……死んだ人への葬いだけだ。


 それは俺たちが参加するべきではないだろう。

 死んだ人達を何も知らない俺たちが参加したところで、やることはない。

 集落の外れで死んだ人達を家族毎に埋めた場所、そこで集落の人達が葬いをするのを俺達は遠くで眺めている。


 誰かのすすり泣く声が聞こえる。

 お母さん、お父さんと縋るような声が聞こえる。

 ごめん、すまないと、懇願するかのような声が聞こえる。


 ――その姿が前世の俺と重なるように見えて、堪らず目を逸らしてしまう。


 もっと早く来ていれば、なんて言うつもりはない。

 俺の力なんてちっぽけで、全てを助けるなんて無理だとわかっている。


 だからこそ、俺は手の届く範囲の全てを助けるために強くなるのだ。


「もう結構日も沈んできたな」


 夕暮れで草原が赤く染まってきたのを見て、リベルトさんがそう言った。


「そうだな。ここで泊まることはできるかな?」

「多分お願いすればできるんじゃないかなー? まあ家を借りなくても、野宿すればいいだけだしね」


 とりあえずここで泊まることは決定したらしい。


 葬いを終えた住人の人達にそのことを伝えると、笑顔で了承してくれた。

 恩を少しでも返したいので、ここの集落で一番大きい家を貸してくれるらしい。


「ありがとうございます。自分達は旅をしていて、先程このハルジオン王国に入国したのですが、今少し荒れている状況ですよね。なぜですか?」


 クリストがこの集落の長のような人と話す。

 なぜ荒れているかなどは知っているはずだが、ここの国の住民である人達から直接話を聞きたいのだろう。


「そうですね。今このハルジオン王国は……」


 そして集落の長は話し始める。


 最初の方は俺達も知っている情報で、この国の王が変わろうとしていたが、次期国王が殺されてしまってそれが無くなってしまった。

 そして次期国王の配下である好戦的な奴らが、今色んな集落を襲っているということらしい。


「今まではこういうことは頻繁には無かったのですが、現国王のセレドニア陛下が一度負けてしまったので、国王に相応しくないのではということで各地で反乱が起こっています」


 フェリクスに一度負けたのに、その相手がいなくなったからといってもう一度国王になるのはおかしいのではないか、ということのようだ。

 一応国王をギリギリ降りる前にフェリクスが死んだのだが、やはり一度負けたというのは大きい。

 今まで一度も負けたことがなかったからこそ、国が非常に安定していた。


 フェリクスの配下が各地で反乱を起こしているのを、なんとか止めようとセレドニア国王は行動を起こしているらしいが、反乱を起こしている人の数が多くてここまで手が回ってないということか。


 普通なら魔族の国は不満があれば国王に戦いを挑むはずなのだが、セレドニア国王は一度負けたと言ってもそれまでは誰にも負けてこなかった強者。

 だから国王に戦いを挑まず、その周りの集落を襲って国王が辞めるまで反乱を繰り返すということらしい。


「今まで次期国王が就任する前に死ぬという事例は無かったですから、この国も普通とは違うことが起こっているのです」


 国王に不満があるけど勝てない、なら国王が守ろうとしている弱い奴らを攻撃するということか。


「胸糞悪い話だ」


 リベルトさんが吐き捨てるようにそう口にする。

 俺もとても同感だ。そんな奴ら反吐が出る。

 さっき襲ってきた奴ら、そのことを知っていたら皆殺しにしていたのにな。


「全てフェリクスのせいです。全く、あの馬鹿……一体何をしているのだか」

「ん? 次期国王になるはずだった男を知っているのですか?」


 集落の長がフェリクスのことをまるで知り合いかのように話したのを聞いて、クリストが問いかける。


「ええ、知っていますよ。なぜなら――」


 長が理由を話そうとしたその時。


「おさー! 長! あいつが帰ってきました!」


 一人の男がこっちに走ってきて叫んだ。


「っ! そうか、今行く! すいません、ちょっと失礼します!」


 長もその言葉を聞いてそちらの方へ走って行った。


 あいつって誰だろうか? この集落に今までいなかった人が帰ってきたのか?


 俺達は長が帰ってくるまでここで待っていようかと思ったが、どうやらあっちの方で何か言い争うをしているようだ。

 何があったのかわからないため、とりあえず長が向かった方向へ行く。


 すると住人の人達が集まっていて、一人の女の子を囲っているところだった。

 今までここで住人の人と一緒に作業してきたからわかるが、あの女の子が帰ってきた者なのだろう。


「今までどこに行っていたんだ! お前のせいでこの村が襲われたじゃないか!」

「そんなの知らない。魔族なら対抗して戦えばいいんじゃない? 魔族は弱肉強食、弱かったら死ぬのが当たり前」

「なんだと!?」


 女の子は男の人に責められるが、どこ吹く風と聞き流している。


「あたしがどこへ行こうが勝手。この集落を守っているのは、あの人の故郷だから。それ以下でもそれ以上でもない」

「ふざけてんのか! お前がいなくなったせいで何百人も死んだんだぞ!」

「だから、そんなのどうでもいい」

「お前……!」

「そんなに言うなら――あんたら全員土に還してあげようか? そうすれば、死んだ奴らと一緒に居られるよ?」


 そう言い放った瞬間、その女の子を中心に風が吹いた。


 今の言葉……本気だ。

 これ以上不快な言葉を吐くようなら、殺すと本気で言っている。


 殺気をぶつけられた住人の人達は、冷や汗をかいて固まってしまった。


「エリック」

「はい、わかってます」


 あの女の子は危険だ。

 俺とリベルトさんはクリストの前に立ち、守るように位置についた。


「あの人達が集落を守ってくれたの?」


 女の子は周りにそう問いかけるが、住人達は固まっているので答えられない。


 その様子を見てため息をついて分かりやすく落胆すると、こっちに向かって歩いてきた。


 俺達は身構えてその女の子を油断なく見るが、特に敵意もなく近づいてきて目の前で止まった。


 そしてその第一声に、俺は衝撃を受けることになった。


「あたしは――ニーナ・グラジオ。あんた達は?」

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