第71話 暗闇の中
「フェリクス・グラジオは、俺が殺した」
俺の言葉に、ニーナの目つきが鋭くなった。
「……どういうこと? あんたが、兄さんを殺した?」
「ああ、そうだ」
「どこで、どうやって殺したっていうのよ」
ただ冷静に、淡々と問いかけてくる。
激昂するのかと思ったので、ちょっと拍子抜けだがしっかりと説明する。
「俺の村を襲いに来たフェリクスと戦って、それで殺したんだ」
「……あんたはあの村、兄さんが襲いに行った村に住んでたってことね」
どうやら少しはフェリクスの動向を知っていたようで、理解が早い。
「あの寂れた村なんかに、兄さんが負けるような相手がいるとは思わなかったけど。兄さんは強かった?」
「ああ、強かった。今まで生きてきてあんなに強い奴に会ったのは初めてだ。純粋な一対一だったら負けていたかもしれない」
前世での人生を合わせても、フェリクスが一番強かった。あんなに手強かった相手は初めてだ。
ティナがいなかったら、死んでいたのは俺だったかもしれない。
「そう……」
ニーナはそう言うと、何か考え事をするように下を向いて動かなくなった。
あんなにフェリクスのことを探していたのだから、何か言われたり攻撃されるかもしれないと身構えていたが、特に何もされなくて逆に驚いた。
「すいません。今、フェリクスを殺したって……?」
いきなり隣から話しかけられて、そちらを見ると長と他の住人の人達がいて、長が俺に話しかけてきていた。
そういえばさっき、フェリクスのことを知っているようなことを言っていたな。
しかもニーナが「あの人の故郷」と言っていた。
つまり、この集落はフェリクスの故郷ということか。
「はい、俺が殺しました」
今度こそ、何か恨まれ口を言われるかもしれないと思ったが。
「あなたがフェリクスを殺してくださったのですね! ありがとうございます!」
「はっ……?」
長は俺の手を握ってきて、笑顔でお礼を言ってきた。
後ろにいる集落の人達も、口々に「ありがとう!」と声を上げている。
「ど、どういうことですか?」
「あの馬鹿はセレドニア陛下を倒してしまって、次期国王確実となっていました。だけどあいつが国王になったら戦闘国家になっていたでしょう。それを私達は止めたかった、しかし弱いが故に止めることはできなかった」
あいつが王になったら魔族らしい国、好戦的な国作りをしていた。それは前世で体験した俺が知っている。
だけど、やはりこの人達のように今の国が好きな人から見たら迷惑なのだろう。
「だから、あいつを止めてくれて、殺してくれてありがとう!」
「い、いえ……」
さすがにその反応は予測していなかったので、狼狽えてしまう。
しかしそうか、あいつは「仲間に恵まれなかった」と言っていたな。
俺はフェリクスが死んで喜んでいる集落の住人達を眺める。
あいつに同情するわけではない。前世で家族やティナ、それにイレーネをも殺したのはあいつなのだから。
しかし、なぜあいつは集落でこんなに反対されてまでも王になろうとしたのか。
それを少し知りたいと思ってしまった。
しばらくして、長が俺達を今日泊まる家に案内してくれた。
俺達四人が寝ても、なお広さが余りあるほどの家だ。
「そろそろ夜遅くなってきました。夕食などもこちらが用意しますので、どうかおくつろぎください」
「ありがとうございます」
「いえいえ、あなた達は村を救ってくれただけでなく、フェリクスを殺してくれた。もはや国を救ってくれたと言っても過言ではありません。返せる恩が少なく申し訳ありませんが、最大限返していきたいと思っています」
長はそう言って深く頭を下げて家から出て行った。
一瞬家の中に沈黙が訪れたが、クリストが喋り出す。
「今日はここで一泊して、明日からはどうする?」
「普通に王都に行けばいいんじゃねえか? 王都で二、三日滞在して国の様子を見て帰ろうぜ」
リベルトさんがベッドに寝転がり、あくび交じりに答える。
今日は俺とリベルトさんはあまり危険ではなかったとはいえ、命懸けの戦いをしたからな。あくびが出るのは無理もない。
俺もベッドに寝転がったら数分もせずに寝れそうだ。
「それにしても、ニーナって子がいたのがビックリしたねー」
「そうですね。フェリクス・グラジオに妹がいたのに驚きました」
「魔法も難しいの使ってたしねー」
ニーナは俺の話を聞いて考え事をしていたのだが、住人の人達と話していたらいなくなっていた。
多分自分の家に帰ったのだろうと住人達が言っていた。
「怒って襲ってくると思って身構えていたが、案外大丈夫だったな」
「私もー。エリックちゃんに攻撃してくると思ってたなー」
二人も俺と同じように身構えていたのか。
俺が正直に話した後、何を考えていたのはわからないが、とりあえずどうにかなったみたいだ。
そして俺達がその後も話していると、長と他の人達が夕食を運んできてくれた。
結構豪華で、集落を襲われて物資や食物などがないのではと心配したが、あまり不足はしていないようだ。
「ニーナのあの魔法のお陰で私達の集落は今までほとんど襲われたことがないのです。だから蓄えなどはいっぱいあるので、心配しなくても大丈夫です」
長はそう言って笑顔で料理を並べてくれた。
そこまで人族の国と料理の味付けなども変わらず、普通に美味しかった。
腹も膨れたので、一気に眠気が襲ってきた。
「ふぁ〜、眠い。じゃあ寝るか」
リベルトさんは夕食を食った後、すぐにベッドに入り眠りについた。
俺とクリストは家の外に出て濡れタオルで軽く身体を洗った。
ビビアナさんは女性なので家の中で身体を拭いた。
すぐ隣でリベルトさんが寝ているから大丈夫かと聞いたところ、「寝てるから大丈夫だよー」とのことだった。
そして俺達もベッドに入って、眠りについた。
――
……んっ?
何か気配と、変な感触を感じて眠りから覚める。
俺の上に何か、いる……?
目を軽く開けると――鈍く光っているナイフが見えた。
「――っ!?」
その光景を見て一気に頭が冴えて目を見開く。
俺の腹の上に跨っている人物。
暗闇の中、月の光を少し浴びて光るナイフ。
それを両手に持ち振りかぶり、今にも下ろそうとしている――ニーナの姿だった。
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