第62話 失言


「――ハルジオン王国です」


 その国の名を聞いて、目を見開く。

 いきなりのことで一瞬思考が止まってしまう。


 ハルジオン王国は、イレーネがいる国だ……!


 イレーネ・ハルジオン。

 前世で俺は彼女と出会い、恋人になった。


 俺が家族、幼馴染、そして親友。全てを失ってから出会った女性で、彼女も俺と同じように全てを失っていた。

 お互いの境遇を言い合い、理解し合い、その後傷を舐め合うように、慰め合うように共に行動した。


 恋人になり、もう失わないと誓ったのに俺は彼女を護れなかった。

 だから俺は彼女の隣で自殺し、前世での命を途絶えさせた。


 今世でも彼女を忘れた日なんて一度もない。

 夜が来るたびに彼女のことを考えていた。


 彼女と会いたい、声が聞きたい、触れ合いたい、抱きしめたい……。


 そんなことを考えながら、幾千の夜を越えた。


「――エリック君? 聞いていますか?」

「えっ?」


 声をかけられてハッとすると、少し戸惑ったように俺のことを見ているイェレさんとリベルトさんがいた。


「す、すいません、ぼーっとしていました」

「気分が優れないのですか?」

「いえ、大丈夫です。すいません」


 国の名前を聞いてイレーネのことを思い出してしまって、上の空になってしまっていた。


「しかし、ハルジオン王国か。今行くのか?」


 リベルトさんが少し含むような言い方をする。

 なんとなく何が言いたいかはわかる。


 現在ハルジオン王国は風の噂で聞いたが、少し荒れているというか、不安定な状態だ。


 次期国王確実だったフェリクス・グラジオが何者かに……まあ俺なんだが、殺されたということで、色々困ったことが起きているらしい。


 好戦的なフェリクスが死んだことにより戦争はしなくなったので、同じく好戦的な奴らは不満が溜まっている。

 今までは戦争をしないとわかっていたが、フェリクスのせいで戦争をする寸前までいったのだ。

 それが途中でいきなりしないとなったら、好戦的な奴らは不満が溜まるに決まっている。


 他にもフェリクスが死んだことにより色んな影響があるらしい。


「はい、今だからハルジオン王国に行くのです。現在の状況でセレドニア・ハルジオン国王がどういった対策、対処をしているのかを学ぶのです」

「なるほど、今回はちょっとめんどくさい任務になりそうだな」


 隠そうともせずにため息をつくリベルトさん。


 俺もいつもならため息の一つもつきたくなるが、今は心の中では期待が優ってしまう。


 もしかしたら――イレーネに会えるかもしれない。

 そう思ってしまうのは、仕方のないことだ。


 ハルジオン王国は大きな国だ。イレーネがいる街に行くのかもわからない。

 だけど、もしかしたら、と考えてしまう。


「明日の夜にまた執務室へ来てください。そこでもう少し詳しく話し、明後日の明朝に出発してもらいます。よろしいですね?」

「はい、わかりました」

「了解、じゃあ行っていいか?」

「はい、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」


 リベルトさんは勝手に部屋を出て行く。

 俺は挨拶をして部屋を出る際に会釈をしてから部屋を出る。


「じゃあ、明後日からよろしくなエリック。今回はちょっとめんどくさそうだが、まあ大丈夫だろ」

「お願いします、リベルトさん」

「はいよ、じゃあ俺は酒でも飲んでくるか」

「ほどほどにしといてくださいよ」


 俺の言葉に返事はせずに、背を向けて手をヒラヒラと振りながら去っていく。

 絶対俺の言うこと聞いてねえだろうな。



 俺は執務室から出てから食堂へと向かう。


 食堂でティナやエレナさん達の姿を探す。

 いつも朝と夜の食事は俺とティナ、エレナさん、それとユリーナさんで食うのが普通になってきた。

 時々、副団長の仕事を放ったらかしにしてきたビビアナさんがそこに加わる。


 食堂を見渡していると、四人の姿を見つける。今日はビビアナさんがいるようだ。

 食事を貰ってからそこの席に行く。


「あ、エリック! お疲れ様!」

「おう、お疲れ」

「エリック、お疲れ」

「お疲れ様です、今日はギルドの警護でしたよね」

「そうだ、やはりあそこはクズばっかだな」


 ユリーナさんとは一緒にギルドでの警護を一度やったことあるが、彼女はとても綺麗なのでよく変な奴らに絡まれるのだ。

 まあユリーナさんは強いから大丈夫だが、遠くから下卑た目で見れるのが気持ち悪いようだ。そういうのは実害はないから取り締まれないのが苦しいところだ。


「イェレ団長は理解がある方だから、ギルドの警護をする回数を減らしてくれるが、やはり少しは警護が回ってくるからな」

「本当にお疲れ様です」


 身体より精神的に疲れてそうなユリーナさん。


「ビビアナさんお疲れ様です」


 もぐもぐと口の中にいっぱい物を入れて美味しそうに食べているビビアナさんにも挨拶をする。


「んっ、おふあれああー」

「なんて言ってるかわかりませんよ」


 口の中に物を入れて喋ると下品に見えるはずなのに、彼女がやると小動物みたいでなんか可愛い。

 食べ物を飲み込んで、ニッコリと笑う。


「お疲れさまー。あ、そうだエリックちゃん、明後日からよろしくねー」

「ちょっと……!?」

「明後日? 何かあるっけ?」


 エレナさんが頭を傾げながらそう言った。


 この人まじか! 極秘任務だから周りの人にも言っちゃいけないだろ!


「あっ、間違えた」


 今気づいたのかこの人!


「ビビアナさん、明後日に何があるんですか?」

「え、えっとねー」


 この極秘任務は仲が良い人にも教えてはいけないと言われた。

 ビビアナさんもそう言われていただろうから、口が滑ってしまってからの返答を迷っている。


 なんとか誤魔化してくださいよ。

 失言したのは自分なんだから、自分で頑張って片付けてください。


「あっ!」


 おっ、思いついたか。


「明後日からエリック君と一週間旅行に行くんだ!」


 その言葉に、場が静まる。


 俺の目の前には少し怯えている顔をしているユリーナさんと、苦笑いをしているエレナさんが見える。

 二人は多分、今のが何か間違えた言い方、冗談だと思っているだろう。


 しかし、こういう……主に俺への冗談などを真に受けてしまう者が俺の隣に座っている。


 隣から何か、殺意に似た黒いオーラが出ていると錯覚してしまう。



「ビビアナさん、どういうことですか? エリックも、説明してくれるよね?」



 ――その後、めちゃくちゃ説明した。

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