第61話 極秘任務


「やああ!」


 エレナさんが声を上げながら突っ込んでくる。

 両手に短剣を持って、二刀流である。


 右手の短剣を俺の喉元に振るわれるが、軽く身を引いて避ける。

 そのままの勢いで左手の短剣を腹に刺すように突いてくるのを剣で弾く。


 俺は後ろに下がりながらエレナさんの攻撃を避け続ける。


 二刀流というのはなんか響きはカッコよくて強そうだが、実際やってみると難しい。

 普通の人なら利き腕というものがあるから、そっちに攻撃や防御が偏ってしまう。それなら普通にもっとリーチがある武器の方が強いのだ。


 しかし、エレナさんは短剣の二刀流を扱うのがとても上手い。

 攻撃と攻撃の間隔が短く、連続して攻撃してくる。

 両手の短剣を均等に上手く使ってくるから、こちらから攻撃する暇が見当たらないのだ。


 だが、さすがにこんな息もつく暇もない攻撃を繰り返していれば、疲れて止まってしまう。


 エレナさんはこれ以上攻撃しても分が悪いと思ったのか、後ろに下がる。

 しかし、そこを俺は見逃さない。


 後ろに下がったエレナさんに今度は俺の方から接近して、剣を振るう。


「うっ……!」


 俺の攻撃を避けようとする。

 息が切れたエレナさんが無理して身体を捻らせるが、足がもつれて転んでしまう。


「あいたっ! いつつ……お尻打っちゃった」

「大丈夫ですか?」

「うん、ありがと」


 俺が差し出した手を取って立ち上がるエレナさん。

 お尻に付いた土を払う姿がやはり女の子っぽい。


「やっぱりエリック強いね。久しぶりに戦ったけどまた負けちゃったよ」

「エレナさんも二刀流をそんなに上手く扱う人、俺は他に知りませんよ」

「そ、そうかな? えへへ」


 赤くなった頰を指でかきながら照れ笑いをしている。



 俺とティナが王都に出て、騎士団に入って一ヶ月ほど経った。

 ようやく王都での暮らしや、騎士の仕事が慣れてきた。


 一番多い仕事はやっぱり見回りや建物の警護などだった。

 見回りは治安が悪いわけではないので、そこまで大変な仕事ではなかった。


 だが、冒険者ギルドの建物の警護は一番めんどくさかった。

 冒険者は結構喧嘩っ早い人、血の気が多い人がいっぱいいるので、よくトラブルが起こるのだ。


 良くて殴り合いの喧嘩、悪くて武器を使った殺し合いがギルド内で始まる。

 そうなる前に止めればいいが、始まったときは警護をしている騎士達が止めないといけない。


 この一ヶ月何回かそういう場面に遭遇したが、俺は喧嘩しているやつを気絶させて終わらせる。

 あんまり手荒にやらない方がいいのだが、気絶させるのが一番楽だ。


 俺のおかげで怪我人(気絶したやつを除く)が全く出ないので、受付嬢達にはとても良くしてもらっている。


 前に受付嬢の一人から手作りのクッキーをもらった。

 そのことをおっさんに話すと、「なんでお前にばっか……」と言われた。


 だけど前にエレナさんも貰ってたぞ、っておっさんに言ったら、「あの子はいいんだよ、天使だから」と言っていた。

 同意した。



「エリック? ぼーっとしてどうしたの?」

「あ、いや、なんでもないです」


 顔を覗き込まれていてビックリした。


 最初はエレナさんに君付けで呼ばれていたが、今では呼び捨てで呼んでくれている。


「この後のこと考えてたの? なんかエリック、団長に呼ばれてたもんね」

「あー、そうですね。少しそれも気になりますね」


 多分、呼ばれている内容は知っているが。


 そして今日の訓練を終える。

 今は昼の訓練だったので、終わってシャワーを浴びてすぐに夕食の時間になる。


 だが、俺は食堂に行く前に執務室へ呼ばれている。


「じゃあエリック、また後でね」

「はい、また食堂で」


 エレナさんと別れて、一人で執務室へと向かう。


 そこへ着くといつも通りノックをする。

 入っていいという許可を得て、ドアを開ける。


 イェレさんが執務室の椅子に姿勢正しく座っていた。


「エリック君、よく来ましたね。夕食前にすいません」

「いえ、大丈夫です。それで、ご用件はなんでしょうか?」

「少し待ってください。今もう一人呼んでいますので」


 そう言うと、執務室のドアがノック無しでいきなり開く。


 振り向くと騎士団副団長、リベルト・コラーレスがいた。


「来たぜ、イェレ」

「ノックをしなさい」

「あ、忘れてた。まあいいだろ、俺らの仲だろ」

「親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知らないのですか?」

「知らねえな」

「……まあいいです」


 ため息をついてはいないが、今にもつきそうな雰囲気で話を進めるイェレさん。


「お二人にはある任務を言い渡します。これは極秘任務です。口外することは許されません」

「わかってるよ。クリストの護衛だろ?」

「はい、そうです。任務はクリストファー・レオ・ベゴニア王子の護衛です」


 イェレさんがいつも以上に真面目な雰囲気でそう告げる。



 この一ヶ月、クリストと一緒に訓練をする機会が何回かあった。

 前世では俺が教わっていたが、今世では俺が教える立場だ。


 その時にこの任務のことを教えてもらった。


「色んな国を回るのか? 王子のお前が?」

「ああ、そうだ。しかも極秘にな」


 クリストはお忍びで色んな国を見て回ることを、去年からやっているらしい。


 理由はこの国の王族のしきたりらしく、こことは違う国の街や村の様子を見て色々学んでこい、ということのようだ。


 特にその国の王族に会うわけではないから、極秘でやるとのこと。

 しかも普通どこかの国の王子が街中にいるわけないので、極秘に行くとその国の普段の様子が見れる。


「まあ極秘と言ってもさすがに護衛をつけないといけないからな。いつも二人か三人の護衛と一緒に行くんだ」

「俺がその中に入っていいのか? まだ騎士団に入って一ヶ月も経ってない新人だぞ」

「エリックなら実力は申し分ないし、親父も許してくれたから大丈夫だろ」

「そうか? じゃあ喜んで護衛しますよ、クリスト王子」

「ああ、お前と行くなら安心だ。よろしくな、エリック」



 という会話を何日か前にしたから、今日イェレさんに呼ばれた理由は多分あれだろうと思っていた。


「エリックも連れていくのか。他には誰が?」

「魔法騎士団の副団長、ビビアナさんもです。その三人で護衛をしてもらいます」


 騎士団副団長と、魔法騎士団副団長かよ。

 俺以外の人はめっちゃ偉い人なんだが、俺がついて行っていいのか?


「エリック君、あなたの実力は私も、リベルトも認めています。緊張するとは思いますが、頑張ってください」

「は、はい。わかりました」

「大丈夫だよ。お忍びで行くんだから、あんまりトラブルなんか起きねえよ。友達と遊びに行く感覚でいこうぜ」

「そこまで緊張感が無いのはダメですがね」


 リベルトさんが俺の緊張を解こうと冗談を言ってくれた。

 冗談……だよな? この人なら本当にそんな感じで行くと思ってしまうが。


「で、今回はいつ、どこに行くんだ?」

「出発は二日後の朝です。しっかり準備をしておいてください。期間は一週間ほどを予定しています」

「そして今回の国は――」



「――ハルジオン王国です」

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