第60話 初の友達
王宮から出た後、寮へ戻ったが一度イェレさんの執務室へ行くことになった。
今度はしっかり怒られるのか?
そう思いながら連れられて歩き、執務室に入る。
イェレさんは椅子に腰掛け、俺はその前に姿勢良く立つ。
「今日はお疲れ様でした。大変でしたか?」
「いえ、クリスト……王子もとても強くて、戦闘に関しては自分はいらないと思うほどでした」
小さい頃から英才教育を受けていたらしいから、あれだけ強いのは当然だろう。
教育を受けていたからこそ、前世では俺にも教えてくれた。俺の強さの元は、クリストだ。
「そうですか。一つ、質問をしたくてここまで来てもらいました。エリック君もお疲れでしょうから、すぐに答えられるものです」
疲れているというか、酒を飲んだから眠いだけなんだが。
ちょっと今もフラフラしてきている。
「なんでしょうか?」
目を擦りたいのを我慢しながらそう言う。
「あなたが探していた、クリストというお方は、クリストファー・レオ・ベゴニア王子で間違いありませんね?」
「――っ!」
眠くて働いていなかった脳を、ガツンと殴られた気がした。
そうだった、イェレさんには俺が探している人、クリストを探してもらっていたんだった。
クリストに会えた嬉しさで忘れていた。
なんて言えばいいだろうか、正直にそうだと言えばいいのか。
だがそう答えると、なんで村から出たこともない俺が王子なんか探してるんだという話になる。
だけど違うって答えたら、もうクリストに会ってるのに違うクリストという人をイェレさんに探してもらうことになってしまう。
「間違い、ありませんね?」
イェレさんから問いかけ、いや、もう確認という感じだ。
「……はい」
迷ったが、やはり正直に話すことにした。
これからもお世話になる人に、嘘をついて要らない手間をかけられない。
しかし、なんて答えようか。
あいつとは死に別れた親友なんです、なんて言えないからな……。
「そうですか。聞きたかったことはこれだけなので、お休みになってください」
「えっ?」
何も聞かれないでそう言われたので、ちょっと拍子抜けしてしまった。
「私が聞きたかったことは、それだけです。あなたが聞かれたくないことを聞くほど、野暮じゃありませんよ」
「イェレさん……! ありがとうございます!」
よかった、本当に。聞かれてたら何も答えられなかった。
優しい人で良かった、イェレさんが無表情ながらも騎士団のみんなに好かれている理由がわかった気がする。
「ではエリック君、今日はお疲れ様でした。ゆっくりお休みになってください」
「はい、ありがとうございます。では失礼します」
一礼してから執務室から出る。
はぁ、あの質問をされてから緊張して頭が冴えたが、部屋から出ると一気に眠気が襲ってくるな。
多分エレナさんはもう寝ているから、起こさないように軽くシャワーを浴びてすぐに寝るか。
と、思って水も飲まずに寝たら、めちゃくちゃ頭が痛い状態で起きてしまったのか。
食堂でも顔色が悪いのか、ティナやユリーナさんから心配されてしまった。
今日の朝食はティナが作ってきた分と、食堂で配られている味噌汁を食った。
エレナさんが言うには二日酔いに味噌汁も結構効くらしい。とてもありがたい情報なので、頼らさせてもらった。
心なしか、起きた時から随分調子が良くなった気がする。
「じゃあエリック、辛いと思うけど訓練頑張ってね!」
「おう、ティナも頑張れよ」
そう言って分かれて、ユリーナさんとエレナさんと訓練場に向かう。
今日はさすがにクリストの護衛はないと思うから、普通に訓練と仕事を頑張らないとな。
――クリストside――
「ほらほら、どうしたクリスト。もっと頑張れよー」
「はぁはぁ……くっそ!」
朝から王宮のちょっとした庭、俺がいつも訓練してるところでボコボコにされている。
相手はリベルト。こんなヘラヘラしている奴だが、騎士団で副団長を務めていて最強の男だ。
何回、何十回もこいつと戦っているが、一向に勝てる気がしない。
しかも今日は酒を飲んでないから、隙が見当たらない。
まあ酒飲んでフラフラになってても、全く勝てないのだが。
隙はあるのだが、作られている隙なんだよな。作られた隙と本当の隙が、俺にはまだ見分けがつかない。
そういえばイェレが言っていたが、エリックはこいつに勝ったんだよな。
同い年なのにそんな強いとは、あんまり信じられなかったがイェレが嘘を言うとは思えない。
「なあ、リベルト」
「あ? なんだ?」
「エリック・アウリンってわかるか?」
「エリック……ああ、あの優しいやつか」
優しいやつ? リベルトがそう評価するのは珍しい気がする。
「俺が吐いたときに背中をさすったり、医務室まで運んでくれたからな」
「ああ、酔って吐いたのか。最悪だな」
「しかも背負ってもらってたときにもう一回吐いて、背中にぶちまけちまった」
「ゴミだな」
俺との訓練中にも吐いたことがあったが、俺はもうめんどくさいから全く介抱しないで他のやつに任せる。
背中に乗せていたときに吐かれるのはまじで殺したくなるな。
そりゃエリック優しいわ。
「エリックと戦ったんだろ? 強かったか?」
「ああ、強かったぜ。てか、なんでエリックのこと知ってんだ?」
「昨日の狩りで護衛がエリックだったんだよ。親父が俺と同い年だからっていう理由でな」
「はっ、レオさんは相変わらず適当だな」
リベルトは俺の訓練をよくしてるので、親父とも結構顔を合わせる。
適当なやつ同士、仲が良いようだ。
「今回は親父に感謝してるよ。エリックと友達になれたからな」
「おっ、そうか。今までお前は友達いないボッチだったからよかったな」
「ボッチって言うな」
まあ否定はできない。
今まで王子として色んな国に行って、俺と同じような人と友好的に接してきたが、社交の場なので気楽に接することは出来ずに、腹の探り合いなどを気にしていた。
だけどエリックは、初めてできた対等な友達だ。
本当に心の底から望んだ友達だ。
あっちもなぜか泣いて喜んでくれたようだった。俺の方が嬉しい気持ちは大きいと思うが。
「お前との訓練との時にあいつも連れてくるか? 副団長権限なら余裕だろ」
「頼んだ」
「お、おぉ……本当に頼まれるとは思わなかったぞ。冗談で言ったつもりだったが」
狩りは一ヶ月に一回か二回しかないからな。その度にあいつを指名しても、会う頻度が少な過ぎる。
リベルトと一緒に訓練しに来るなら、週に三回以上は会えることになる。
「まああいつは強えからな。今の俺じゃ勝てねえぐらいだ」
その言葉に、エリックに会えると思って弾んでいた心が一気に冷めていく。
「……それは、左腕があったら勝てるってことか?」
ヘラヘラ笑っていたりベルトは俺の様子が変わったことに気づいて、真面目な顔をする。
「そういうことじゃねえよ。左腕があっても勝てるかは本当にわからないくらい、あいつは強い」
「……」
「だから、まだそのことを引きずってんなよ」
俺の頭をグリグリと撫でるようにしてから、リベルトは刀を腰に納める。
「今日の訓練は終わりだ。明日はあいつも連れてきてやるからな」
「……ああ、頼んだ」
「そうだ、一ヶ月後にあるアレにも、エリックを連れて行けばいいんじゃないか? レオさんなら許してくれるだろ」
「ああ、親父に話してみるよ。多分あいつならいいって言うだろうな」
そしてリベルトは庭から去っていった。
俺が立ち竦んでいると、アリサが近づいてくる。
「お疲れ様です、クリスト。タオルです」
「ありがとう」
タオルを受け取り汗を拭いていく。程よく水で冷たくなっているタオルが心地よい。
「クリスト、もうあのことは気にしない方がいいと思いますよ。あなたの為にも、リベルト様のためにも」
「……わかってる」
俺はタオルでアリサから顔が見えないようにしながら、庭から王宮の中へ入る。
あの出来事を忘れられるほど、俺は馬鹿な人間じゃないんだよ、アリサ。
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