第63話 出発


 あの後、全部は説明出来なかったが、俺とビビアナさん、それにリベルト副団長で一週間ほど任務でここから離れるということをみんなに伝えた。


 どういう任務かということもティナには聞かれたが、さすがにそれは伝えることはしなかった。

 ティナは不服そうにしていたが、それ以上深くは聞いてはこなかった。


 そして夕食を終えて、エレナさんと一緒に部屋へ戻る。


「はあ、さっきは本当に怖かった……」

「あはは、ティナちゃんもエリックのことに関しては周りが見えなくなる感じだよね」


 エレナさんも少し苦笑い気味にそう言う。


 まあ今回は勘違いをさせるようなことを言ったビビアナさんが悪いと思うが。

 あの人はもう少ししっかりして欲しいな。


「二日後の朝からだっけ? 出発するの」

「はい、そうです。だから明日はしっかりと準備するようにって感じです」

「一週間もここを離れて任務って大変だもんね。頑張ってね」

「ありがとうございます」


 ああ、最近のエレナさんは本当に癒しだわ。

 なんか単身赴任する夫ってこんな感じなのかな。


 おっと、落ち着け。俺にはイレーネという愛した女がいるんだ。しかもエレナさんは男だ。


「じゃあ明かり消すね。おやすみ、エリック」

「はい、おやすみなさい」


 明かりが消える前に、隣のベッドに潜り込んだエレナさんの優しく微笑んだ顔を見て眠った。



 そして――二日後の朝。


 俺はいつもより早く起きていた。

 ベッドから起き上がりすぐに出発の準備をする。

 ほとんど昨日のうちに出来ているから、確認をして身支度をするだけだ。


 隣を見ると、まだエレナさんが眠っていた。


 この一ヶ月、朝の訓練などが多かったから早起きはいつもしていたが、エレナさんより早く起きたことは一度もなかった。

 俺が起きた時はもうすでにお風呂から上がったあとや、準備し終えているところだ。


 だから初めてエレナさんの寝顔を見る。


 あどけない顔で、とても安らかに眠っている。

 口が半開きになっていて、少しヨダレが垂れていた。


 今までこんな無防備な顔を見たことがなかったので、なんとなく笑みがこぼれてしまう。


 ヨダレを拭いてあげよう、それでちょっとその柔らかそうな髪を撫でよう。

 そう思ってエレナさんの方に近づき、手を伸ばそうとした。


「んっ……おはよう、エリック」

「あ、お、おはようございます」


 しかし、俺がベッドの隣に立った瞬間にエレナさんは目をパッチリと開けた。


 ビックリした、しっかり眠っていると思ったが。


「すいません、起こしちゃいましたか?」

「ううん、大丈夫だよ。僕はいつもこのくらいに起きてるから」


 寝起きとは思えないほど過敏な動きで起き上がり、「んんっ……」と伸びをする。


「エリックも早いね。あ、そっか、今日から任務だもんね」

「はい、そうです」

「頑張ってね。怪我しないように」

「ありがとうございます」


 エレナさんに笑顔でそう言われると、とてもやる気が出てくる。

 しっかりやらないとな。


「じゃあ、いってきます」

「うん、いってらっしゃい」


 荷物を持って部屋を出る。エレナさんは最後まで笑顔で手を振ってくれた。



 寮を出て少し歩いたところに、すでに馬車が止められてある。

 その馬車で一週間ほど旅をするのだ。


 俺がそこに着くと、すでに何人か馬車の周りに人がいる。


「よっ、エリック。いい朝だな」

「ああ、クリスト。とてもいい朝だ」


 クリストと言葉を交わし、拳を合わせる。

 前世の頃からやっている、俺らなりの挨拶だ。


 今世でもクリストの方からやろうと言い出した。

 理由は、「友達ができたらやりたいと思っていたから」だそうだ。

 これを聞いてやらないなんて、友達じゃねえよな。


「おはようございます、エリック君。よく眠れましたか?」

「はい、イェレさん。もうぐっすりと」


 イェレさんも俺達を見送りに来てくれたようだ。

 隣には副団長で、今回のリーダーを務めるリベルトさんがいる。


「ようエリック。朝から元気そうだな」

「リベルトさんは、二日酔いですか?」

「それはないな。大事な任務だっていうのはわかってるから、ちゃんと次の日に残さないようにした」


 つまり大事な任務の前日でも飲んだってことか。相変わらずだな。


 クリストの隣にはメイドのアリサさんがいた。

 顔には出さないようにしているが、とても心配そうにクリストを見つめている。


「アリサさん、おはようございます」

「っ! おはようございます、エリック様」


 いきなり話しかけられて驚いた様子だったが、すぐに立て直して綺麗にお辞儀をする。


「俺に様付けはいりませんよ」

「いえ、クリストファー様のお友達ということならば、そういう訳にはいきません」


 クリストファー様、か。

 俺はもうこの人が影では、というかクリストと二人きりだと呼び捨てして、愛称で呼んでいることを知っているんだけどな。


「クリストが心配ですか?」

「……はい、今回は特に」


 今回行くのは魔族の国、ハルジオン王国。

 魔族は好戦的で、ハルジオン王国はそのような国ではないが、今はとても不安定な状態である。

 心配になるのは当然だろう。


「約束します、アリサさん」

「なにをでしょうか?」

「俺が、必ずクリストを護ります。傷一つ負うことなく、無事に帰還させることを約束します」

「っ! ……よろしくお願いします、エリック様」


 アリサさんは俺にもう一度深くお辞儀をする。


「はい、任せてください」

「エリック様も、どうかご無事で。クリストの唯一のお友達だからこそ、ご自分もしっかりとお守りください」

「わかりました」


 俺のことまで言われるとは思わなかったから少し面を食らったが、やはりこの人は優しい人なんだとわかった。

 クリストが惚れるのもわかるな。


 そろそろ出発するのかと思ったが、あと一人来ていない。ビビアナさんだ。


 もう時間もギリギリなのだが、もしかして寝坊したか?

 ありえる、あの人はやりそうだ。


「お待たせしましたー!」


 と思った矢先に、遠くから大きな声が聞こえる。


 そちらを見ると手を振ってこちらにやってくるビビアナさんと、隣で大荷物を持ったティナがいた。


 ん? なんでティナもいるんだ?


「ビビアナさん、少し遅いです」

「ごめんなさいー。ちょっと準備に手間取っちゃって」

「そうですか、あとなぜティナさんもいるのですか?」


 イェレさんがビビアナさんに質問をしている。


「えっと、私はいつも朝ごはんを作るために早起きをしてるのですが、今日はビビアナさんも起きないといけないと知ってたから一緒に起こしたんです。それで一緒に準備をしていたんです」

「昨日は早起きするために早寝したんだけど、早寝しすぎで今日の準備し忘れてたんですよねー」


 ビビアナさん、まじか。

 もうちょっとしっかりして欲しいな、本当に。

 まあ魔法騎士団の副団長になってるくらいだから、実力はあるんだろうが。


「私が聞きたいのは、今回の極秘任務になぜティナさんも知っているのかです」


 あっ、そうだ。イェレさんにティナ達に任務を言ってしまったことを伝えたなかった。


「イェレさん、俺から説明します」

「エリック君が?」


 ビビアナさんが説明するより、俺が言った方が早いだろう。


 俺は一昨日の夜、ビビアナさんの失言でティナ達に任務のことを説明しなければいけなくなったことを伝えた。


 説明を聞くとイェレさんは小さくため息をつくと、ビビアナさんを少し睨む。


「しっかりしてくださいね、ビビアナさん。本当ならアンネに説教を任せたいですが、そろそろ時間なので帰ってきたらにします」

「うへー、わかりました……」


 舌を出して嫌そうな顔をしてわかりやすく落ち込むビビアナさん。

 いや、ただの自業自得だと思うが。


「エリック君、任務のことを知っている人は誰ですか?」

「ティナと、ユリーナさん、あとエレナさんです」

「その三人だけで間違いありませんか?」

「はい」

「わかりました、その三人なら大丈夫だと思いますが、あとで口外しないように伝えておきます」

「すみません、お願いします」


 ようやく準備が出来たので、出発しようとする。


 クリストがまず馬車に乗る。

 最後までアリサさんが不安そうな目で見つめていた。


「エリック! ビビアナさん! 無事に帰ってきてね!」

「ああ、ありがとうな」

「ティナちゃんも元気でねー」


 ティナが笑顔で見送ってくれる。


「エリック君、ビビアナさん、リベルト。これから一週間、頑張ってください。危険な国だと思うので、怪我は無いように」

「はい」

「はーい」


 イェレさんのその言葉に俺とビビアナさんは返事をするが、リベルトさんはニヤッとして返事をせずにいる。


「おいおいイェレ。そんな綺麗な言葉で飾ってねえで、ちゃんと言えよ」

「そんなつもりはないのですが」

「俺はイェレのあの口調の方が力入るぜ」


 何を言っているのだろうか?


 よくわからないが、イェレさんはため息をつき――俺達を睨む。


 睨まれて一気に身が引き締まる感じがした。


「お前ら」


 いつものイェレさんの優しげに語る声ではなく、胸の奥に響くような低い声だ。


「命令だ――死ぬんじゃねぇぞ、生きて帰れ」

「はっ! 了解だ!」


 イェレさんの言葉に、リベルトさんが嬉しそうに返す。


 俺も驚愕したが、その言葉が胸にとても強く刺さった気がする。


「はい、わかりました!」

「了解しましたー!」


 俺とビビアナさんも強く返事をする。


 そうして俺らはベゴニア王国を出発し、ハルジオン王国へと旅を出た。

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