第58話 酌み交わす
「オラァ!」
クリストが大きなかけ声とともに剣を振るう。
目の前の魔物――オークの身体を引き裂く。
豚の頭を持った人型の魔物。体長は二メートルを優に超え、力が強く大きな棍棒を持っている。
しかしスピードはなく、俺やクリストは速さ重視の剣なので結構楽に殺すことができる。
最後に一匹が俺の後ろから迫ってきて棍棒を叩きつけるように振り下ろしてきたが、軽々避けて振り向きざまに抜剣し、その頭を落とした。
「お疲れ様、クリスト」
「おう、お前もなエリック」
俺達は顔を見合わせてハイタッチをした。
この魔物が今日の依頼の討伐対象だった。
普通の冒険者なら手こずるような相手だが、訓練している俺達なら油断せずに戦えば負ける相手ではない。
「よし、じゃあ依頼は終わりだな。そろそろ帰るか」
「まあ王子様が長く外にいたらダメだよな」
「そうなんだよ、めんどくさいことにな」
本当はもうちょっと強い魔物を倒したいし、もっと多くの魔物と戦いたいのだが、クリストの王子という肩書きがそれを邪魔する。
そろそろ日が沈むので、このくらいにして帰らないと多くの騎士達がクリストを探しに来てしまう。
「しかし、やっぱりエリックは強いな。リベルトに勝ったってだけあるぜ」
「ありがとな」
俺の剣は全部お前に習ったものなんだけどな、クリスト。
前世の頃、お前と友達になった時は俺は全く強くなかった。
ゴブリンなどの下級な魔物どもに逃げ惑って、両親やティナを失うほどに。
お前が剣や魔法を使えると聞いた時、俺はすぐに教えを乞いた。
もう護られるだけは嫌だったから。
今思うと、お前は王族だから剣も魔法も使えるのか。
普通はどっちらしいからな、俺は先生に恵まれていたな。まあ習ってた頃は魔法はほとんど使えなかったが。
使えなかったが知識は貰ったから、魔法を使う相手と戦う時の対処などはしやすかったな。
それに現世ではティナに教えることもできた。
「エリックって誰に剣を習ったんだ?」
「……独学だよ」
お前に教えてもらったなんて言えないよな。
「本当か!? すげえな、一人であんなに強くなったのか」
「まあな、すげえだろ」
もう独学ということを押し通すしかないからな。
俺、そんなに天才じゃないけどな……。
「抜刀術は? あれも独学か?」
「そうだが……」
「へー、そうなのか。俺が前に見たリベルトのやつに似ていたがな……」
リベルト? 副団長、あのゲロ野郎か?
抜刀術、まあ今は剣を持っているから抜剣術だが、本当はこれもクリストに習ったものだ。
副団長に似ているというなら、多分クリストが俺に教えるときに副団長を参考にしたってことだろう。
ん? というか、副団長の抜刀術……あの人、片腕無かったから抜刀術できないだろ。
抜刀術、鞘に納めた刀を抜き放ち一撃を繰り出す技だ。
それをするには右利きだったら、左手で鞘を抑えてないといけない。
副団長は左腕がないから、できないのだ。
「ああ、あいつにまだ左腕があったときに見たんだ」
俺の考えていることがわかったのか、クリストが説明してくれた。
「あいつの抜刀術はめちゃくちゃ速かったぞ。俺や普通の騎士はともかく、団長のイェレすらあいつの抜刀術は目視できなかったと言っていた」
「そんなにか……」
「刀を抜く音が聞こえたと思ったら、もうすでに魔物を殺しているんだ」
それはもう、音速超えているよな? なんて速さだよ。
「俺も真似してやったことあるが……あれって、慣れてないと手切れるんだよな。普通にミスって手からドバドバ血が出た」
「ああ、俺もやったことあるわ」
現世では一回もないが、前世では何回もやった。
左手で鞘を抑えているから、剣を抜くときの角度をミスると普通に手の平を切り裂くことになる。
「難しすぎて俺にはできなかった、それに普通は剣を抜いてから斬った方が速いしな。リベルトや、お前もそうだな。お前らが変なんだよ」
「酷い言い草だな」
だがさすがに音越えの抜刀術をできるとは思えないな。
それだけ副団長の技術が桁外れということだ。
でも……。
「よし、じゃあ帰るかエリック」
「ん? ああ、そうだな」
クリストはそう言って街の方向へ歩き出す。俺も護衛として周りに危険がないか、しっかりと見ながらついていく。
――なんでそんな強い人が片腕を失くしているんだ?
その疑問を、口には出さずに。
街についてギルドへと向かう。
門のところで騎士の人達がクリストが無事に帰ってきたということを確認したから、もう心配されて騎士が探しに来るということはなくなっただろう。
ギルドについて依頼達成の報告をする。
今回は討伐依頼だったので、その対象の素材を依頼された数だけ持ってくればいい。
オークの鼻部分を袋に入れて持ってきて、担当の人に渡す。
そして素材を確認してもらい、依頼達成の報酬として金を貰う。今回はそこそこ強い魔物だったので、一週間は働かなくても過ごせるぐらいの金額を貰った。
「はいよ、エリック。今日の報酬」
「えっ? どういうことだ?」
クリストは金が入った袋を俺に渡してきた。全部俺の分け前だというように。
「なんだ、聞いてないのか? 俺の護衛としての報酬は、このギルドから貰った報酬を貰えるというものだ」
「あ、そうなのか」
「まあ多少は月に貰える金も増えるらしいが、俺もそこまではわからん」
ベゴニア王国の騎士の給料は結構良いらしい。俺はまだ貰ってないが、おっさんがそう言っていた。あ、ていうかおっさんの名前まだ知らねえな。
それに加えて王子の護衛すると貰えるのか。俺は前世から特に物欲があるわけではないから、使い道に困るが。
「クリストは全く貰わないのか?」
「ん? ああ、俺は別にこんな金貰わなくても母上に言えばいくらでも貰えるからな」
ニヤッと笑い嫌味のように言ってくるクリスト。
普通に聞けば嫌味たっぷりの言葉だが、俺にはちょっと違う意味として伝わってきた。
それはつまり、自分が自由に使う金がないということだ。
やはり王族といっても、自分が使いたいときに金が使えないというのは少し窮屈だろう。
一々親に言わないと金がもらえないというのも、多分理由を言わないといけないからやましいことには全く使えない。
まあさっきの発言からなんで俺がこんなに分かったのかは、前世での経験というか、こいつが言ってたからなんだけどな。
「……よし、クリスト! このままこの金を使って飲みに行こうぜ」
「はっ? 何言ってんのお前?」
確かこの国は十六歳から飲酒が可能だ。ギリギリ飲める歳になった。
「いいだろ、俺の金だから何に使っても」
「いや、それはいいが、早く戻らないといけないだろ?」
まあ依頼が終わったら早く戻らないと心配されてちょっとした騒ぎになってしまうかもしれないが。
「一時間ぐらい大丈夫だろ」
「うーん、いや、ちょっとやばいと思うけどな」
俺も言っててそれは長いかもな、とは思った。
「なんだクリスト。怒られるのが怖いのか?」
「あ? そういうわけじゃねえよ」
「じゃあちょっとくらいいいだろ」
本当はダメだということはわかっている。クリストが早く帰らないと、騎士の人達が探しにきて迷惑をかけてしまうだろう。
だけど、少しくらいいいだろ。
――前世で死に別れた親友と、再会を祝って飲みに行きたいんだよ。
「ん? おお、エリックじゃねえか」
ギルドの外で話していたら、俺のことを呼ぶ声が聞こえた。
そちらを向くと、おっさんが近づいてきていた。
「お前も仕事帰りか?」
「あー、まあそうだな。おっさんもか?」
「ああ、ギルドの警護の仕事の交代で、今から寮に帰るところだ」
あ、そうだ、いいこと思いついた。
「おっさん、俺達これから飲みに行くからイェレさんにそう伝えといてくれ!」
「はっ?」
俺はそうおっさんに言って、隣にいるクリストの腕を掴んで走り出す。
「おい、本当に行くのか!?」
「当たり前だろ!」
「えっ、クリストファー王子!?」
おっさんは今気づいたように驚いている。まあ一目見たら普通の冒険者の恰好だもんな。
「じゃあそういうことだから! 任せたぞ!」
「ちょ、エリック! 待てよ!」
おっさんの呼び止める声が遠くで聞こえるが、足を緩めずに街の中を走る。
おっさんの声が聞こえなくなり、飲み屋が並ぶところまで来て足を止める。
「これで探しに来ることはないだろう。まあ、帰ったら怒られるかもしれないがな」
「はあ……お前、結構悪いやつだな」
ため息をつきながらそう言ってくるクリスト。
しかし、その顔は呆れながらも楽しそうに笑っている。
「友達になったの、後悔したか?」
「まさか。エリック、お前最高だわ!」
飛びつくように肩を組んでくるクリスト。体勢を崩しながら、俺も笑いながら肩を組む。
「しょうがねえ! 悪友のお前に付き合ってやるよ、エリック!」
「そうこなくっちゃな、クリスト!」
そうして俺達は飲み屋に入り、酒を酌み交わした。
クリストにとっては初めて友達ができたことを祝って。
俺にとっては――久しぶりに再会した友と、もう一度こうして飲めるようになったことを祝って。
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