第59話 イタズラ
「ああ、頭いった……!」
クリストと飲んだ次の日。
ベッドから起き上がった時にズキズキと痛んでくる頭。
朝起きた時に生じたこの懐かしいような症状。
前世ぶりだな、二日酔い。
結構飲んだかもしれないが、前世の時はもうちょっと飲んでも大丈夫だった記憶がある。
多分、前世の時は慣れてきたから二日酔いに至るまでの酒の量が増えていたんだろな。
今世では初めて飲んだから、ちょっとあの量はキツかったか……。
「大丈夫? エリック」
同室のエレナさんが心配してくれて、俺の顔を覗き込んでくる。
「はい、多分大丈夫です……慣れてます」
「初めて飲んだんじゃないの?」
二日酔いには多少慣れているから大丈夫だろう。死にはしない。
「はい、お水。二日酔いにはまずお水だよ」
「ありがとうございます」
手渡されたコップを飲み干す。
「二日酔いって、水分不足が原因なんだよ」
「そうなんですか?」
「うん、お酒飲むとおしっこいっぱいするから、脱水症状になるんだって」
そうか、そう思うと昨日の夜とか結構したかもしれないな。
あんまり酔ったとも思わないが、やはりあれだけ飲むと次の日はこうなるか。
「朝の訓練、大丈夫そう?」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
二人で部屋を出て、食堂に向かった。
昨日の夜。
俺とクリストは飲み終わった後、王宮の正面から戻った。
おっさんに言っていたからまだそこまで騒動にはなっていなかったが、もう少し遅れて帰っていたら騎士の人達がクリストのことを探していたかもしれない。
まあ普通に怒られたな。
レオ陛下は怒っていなかった。「男二人で飲みに行くなんて、青春だな!」と言って、笑っていた。
イェレさんも特別怒っていなかったが、俺の減給が言い渡された。
まあ、護衛の分の給料がなくなっただけで、そこまで大きく減給されたわけじゃないから全然痛くない。
怒っていたのはメイドの人と、クリストの母上、つまり王妃様だった。
初めてお会いしたが、クリストは母親似なんだなとわかった。
金色の長い髪がとても綺麗に流れていて、顔も整っていて美しかった。おそらく三十代後半だと思うが、二十前半と言っても疑わないほどの美貌だった。
顔立ちがクリストそっくりだった。
王宮で俺が二回、今回で三回目通された部屋でクリストと一緒に、その王妃がソファに座っている目の前で俺達は正座している。
周りにはレオ陛下とイェレさん、それにメイドさんもいた。
「クリスト、なぜこんな遅くに帰ってきたのですか?」
「初めて出来た友達と、飲みに行ったからです」
いやいや、ちょっと待て。めっちゃ俺のせいにしてない?
実際その通り過ぎて、何も言うことはないんだが。
あと、『初めて出来た友達』って聞いてめちゃくちゃ嬉しくて、怒られてるのに頰が緩んでしまうからやめろ。
「あら、ではあなたの意思ではないと?」
「……いえ、私も賛成して行きましたので、私の意思でもあります」
「でしたら今の発言はなんですか? 私には、あなたの初めての友達を見捨てるような発言に聞こえましたが」
……超怖い。
淡々と事実、正論だけを述べるようにして問い詰めていくのが怒鳴ってもないのに恐ろしさを感じる。
「……ちょっとしたイタズラのつもりでした」
「そうですか。エリック君、でしたか?」
「あ、はい! そうです!」
いきなり話を振られてビクッとする。そしてその反動で正座していた足も電気が走ったかのように痺れる。
正座慣れてないから痺れるのがとても早い、そして痛い……!
「クリストはこのように言っていますが、あなたは今のを許しますか?」
「えっと、友達に仕掛けてくるような軽いイタズラ的な感じなので、許す許さないというより、怒ってもないので」
俺がそう言うと王妃様は無表情でありながらも少し驚いた様子だった。
「そうですか。エリック君がそう言うなら私からは何も言いません。……クリスト」
「はい、なんでしょうか」
「良い友達が、出来ましたね」
今までずっと無表情だった王妃様だったが、そう言って初めて笑いかけた。
とても綺麗で、母親の優しさに満ちた微笑みだった。
「はい、私もそう強く思います」
クリストも笑顔で強く頷く。
なんかとても良い雰囲気なんだけどさ、俺の前でやんないで欲しかった。めっちゃ恥ずかしい……!
「エリック君、不束な息子ですが、これからもよろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
なんかその挨拶、結婚の挨拶みたいじゃないか? ちょっと使うところ間違えてませんか王妃様。
「しかし、遅く帰ってきたことはまだ許したわけじゃありませんよ。エリック君、クリストを誘ったのはあなただそうですね?」
「……はい、そうです」
「クリストはこのベゴニア王国の王子、つまり今後この国を背負って立つ王様として立派になっていただかないといけません。それなのに――」
この後も、俺とクリストは二十分くらい長々と王妃様の説教を食らった。
終わった時にはもう、俺の足は感覚がないほど痺れていた。最後の方はもう痛くもなかった。
あと、初めて酒を飲んだからちょっと頭がぼうっとするし。
クリストは酒にも正座にも慣れているのか、すぐに立ち上がって自室に戻ろうとする。
しかし、その前に立ちはだかるのはあのメイドさん。
冷めた目でクリストを睨んでいる。
「お帰りなさいませ、クリストファー様」
「ああ、ただいまアリサ。マント持ってくれ」
あのメイドさんの名前はアリサ、というらしい。まあ飲んでいる時にも聞いたが。
青髪で肩くらいまでの長さ。メイド服を着ていて可愛らしいが、顔は綺麗な感じの人だ。
年齢はティナと同い年かちょっと上くらいか? 俺とクリストよりなんとなくだが上っぽい。
「何か私に言うことはないのですか?」
「あ? 特にないが」
クリストがいつもと違い素っ気ない感じで接している。
なんかあれだな、好きな人に素直になれない男の子みたいな感じだな。
お前……思春期か!
飲んでる時はあれだけアリサのことが可愛いとか、優しいとか言ってたのに。
なんだかクリストが可愛く見えてきた。
「そうですか。では部屋に戻りましょう、クリストファー様」
「ああ、わかったよ」
そうして二人はこの部屋から出て行った。
俺もそろそろ足の痺れがなくなってきたので、なんとか立ち上がることができた。
「よし、では行くか」
「はい、そうですねあなた」
レオ陛下と王妃様もこの部屋を出ようとする。
「お前達も来い」
「はい、わかりました」
レオ陛下に言われて、俺とイェレさんも後をついていく。
俺は足を引きずるようにして歩いていく。
というか、どこへ行くんだろうか?
もう早く寝たいのだが……。
しばらく歩いていると、レオ陛下が後ろを振り返って、
「お前ら、ここから先は足音出さないようにな」
そう言って忍び足で進んでいく。
なんでだ?
よくわからないけど、足音を殺すのは慣れているから、酒が入っていてもできる。まあ、ちょっと足の痺れのせいで難しくなっているが。
そうして四人で忍び足で歩いた先にあったのは、一つの部屋のドア。
レオ陛下が音を全く立てずにそのドアを、そっと開ける。
ギリギリ中が覗けるぐらい開けると、陛下と王妃様、それにイェレさんも覗きこんでいる。
何をしているかわからないが、俺も気になるので覗く。
下から陛下、王妃様、イェレさん、俺という団子のような状態になりながら覗く。
中にはクリストとメイドさん、アリサさんがいた。
そして、抱き合っていた。
声を出しそうになったのをなんとか押しとどめる。
いや、よく見たら抱き合ってるわけではなく、アリサさんがクリストの胸に飛び込むように抱きしめていて、クリストの右手はアリサさんの背中をさすっている。
あの状態を抱き合っているというのか? クリストが両手をアリサさんの背中に回していたら抱き合っていると断言できるのだが。
「心配しました、クリスト……今までこんな遅くに帰ってきたことなかったから、もう……」
「ごめんって、アリサ。ちょっと初めての友達ができて、はしゃいでたんだ」
アリサさんは先程の凛とした声とは打って変わって、泣いているような震えた声でクリストに抱きついている。
「もう、こんなことないようにお願いします。心臓に悪くて、クリストが無事でも私がどうにかなってしまいます」
「わかったよ、今度からはアリサに言うから」
優しく背中をさすりながらそう言うクリスト。
なんだあれは、誰だ。
俺はあんなクリスト知らない。
もうちょっと俺は見たかったが、レオ陛下に肩を叩かれて身を引く。
そしてまたレオ陛下が音を全く立てずにドアを閉めていく。うん、慣れているな。絶対に何回もやっている。
ドアを閉め、バレないようにその部屋の前から去っていく。
しばらく歩いてから、レオ陛下と王妃様が少し興奮したように喋り出す。
「いやー、いいものを見た!」
「そうですね。エリック君、あなたのおかげです」
「えっ? いや、自分は何も」
「あなたが黙ってクリストを連れていってくれたので、あの光景が見れました」
いや、あなたさっきそのことで俺達をめっちゃ叱ってたのに。変わり身早いな。
「背中に手を回して抱きしめて、それで頭を撫でればいいものを。あいつは意気地なしだな!」
「本当ですね。誰に似たんでしょうね、あなた」
「……誰だろうな、わからん」
そう言いながら二人は歩いていく。
「では、私たちも戻りましょうか」
「はい、そうですね」
「エリック君、さっき見たものは……」
「もちろん、誰にも言いません」
「よろしい。では行きますか」
とは言ったものの、今度クリストをからかってやろうと心の中で決めた。
今日怒られているときにイタズラされたから、仕返すのも友達だよな。
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