第50話 夕食


「はあ……今日は疲れた」


 朝から昼にかけての訓練を終えてから、俺は騎士の仕事の説明を受けた。


 主に王都の見回りや、建物や街の警護などをするらしい。


 時々、俺達の村にきたイェレさんのように、遠征任務のようなものがあるが、そこまで頻繁にはないと言われた。


 今日はいろんなところに行って説明を受けただけで終わったが、明日から俺も仕事をしていく予定だ。


 午後は説明で終わったのでそこまで疲れなかったのだが、午前中の訓練が一番精神的に疲れた……。


 あの副団長は昨日から飲んでいたらしく、二日酔いとその場でさらに飲んだこと、それに加え俺とあんなに激しい戦闘をしたから、胃の中の中身が全て出てきたようだ。


 しかもあの野郎……俺が医務室に運ぶときに背負った瞬間にまた吐きやがった……!

 身体的には全くダメージはないが、精神へのダメージが本当に甚大だ……。


 シャワーを浴びて服も着替えたが、まだ何か臭うような気がする……。


 いや、多分臭うのだろう。

 さっきからユリーナさんと食堂に向かっているのだが、朝の時より距離を取られている気がする。


「……ユリーナさん」

「ん? なんだ?」

「臭いますか?」

「……すまない」


 顔を逸らされながら言われると、結構傷つくのでやめていただきたい……!


 いや、これはあの副団長の臭いだから!

 俺が臭うわけではないから!


 そう思いながら夕飯を食べに食堂に来た。


 そこでも俺が歩いていると、近くの人に振り向かれる。

 嫌な顔をされながら振り向かれて、俺の近くから人が去っていく。


 そんなに俺は……臭うのか。


 もはや多少離れていても近くにいてくれるユリーナさんが天使のようだ。


 食事をもらって席に着く。

 もちろんそこでも俺の周りには誰もいない。


「も、もう一度風呂の入れば臭いは落ちるだろう。だから大丈夫だ」

「……ありがとうございます」


 あからさまに避けられて落ち込んでいる俺を見て、励ましてくれる。


 まさかここでも精神的にダメージを食らうとは思っていなかった……。


「エリックー! ユリーナ!」


 ティナが俺に手を振って近づいてきた。


 食事を持って笑顔できたのだが……こっちに来るにつれてしかめっ面になってくる。


「ねえエリック、ユリーナ。ここなんか臭わない? 場所変えようよ」

「うっ……!」


 近づいてきての第一声がそれか……心にグサッと突き刺さってきた。


「その、とても言いにくいがティナ。これはエリックから臭っているのだ」

「ユリーナさん、ちょっとその言い方は傷つきます。それ以外にどう説明すればいいか自分でもわかりませんが」


 確かにその説明は合っているが、その理由を言わないととても勘違いされる。


「えっ……エリック、オナラでもしたの?」

「可愛い感じにしてくれてありがとなティナ、だけどこの臭いはもうちょっとキツイものだ」


 一から全部説明する。これは俺のせいではないということを弁解するために。


「じゃあその騎士団の副団長がエリックに吐いたの?」

「ああ、そうだ。だからこれは俺に臭いじゃない。副団長のだ」

「エリック、それも少し違うと思うが……」


 いや、これはあの副団長の臭いだ。異論は認めない。


「エリックに……吐いた? ねえユリーナ、そいつはどこに行ったの?」

「一応副団長だから、そいつって言うのはやめたほうが……」

「ユリーナ、そいつはどこにいるの?」

「ひっ!? 医務室にエリックが運んだが、そのあとはわからない……!」


 なぜかまたティナが黒いオーラを出しながら、ユリーナさんに迫っている。


「ティナちゃーん、一緒に食べよー」


 止めようとした時に、遠くからティナを呼ぶ声が聞こえる。


「あっ、ビビアナさん!」


 黒いオーラを引っ込めて笑顔で答えたティナ。


 ティナの友達……か?

 魔法騎士団でも友達ができたようだな、よかった。


「……ここ臭くない?」

「ぐっ!?」


 名前も知らない人に言われるのも堪える……!


「あ、君がエリックちゃん? ティナちゃんから話聞いてるよー」

「えっ、あ、はい。エリックです」


 おそらく歳上の人に、いきなり顔を近づけられて笑顔でそう言われるとドキッとする。


「……ビビアナさん? エリックから離れ――」

「エリックちゃん臭うよ……」

「……離れたならいいです」

「よくねえよ!」


 俺が臭ってるみたいじゃねえか! 正解だけど正解じゃない!


「そのですね、この臭いは副団長のせいで……」

「えっ? 私のせいじゃないよー?」

「ん? いや、あなたのせいじゃ……」

「だって副団長って言ったじゃん」


 ん? なんだこのすれ違いは。


「エリック。この人はビビアナ・スパーノさん、魔法騎士団副団長だよ」

「あ、そうだったんですか……!」


 だから副団長で反応したのか。


「すいません、知らないで失礼な発言を……」

「大丈夫だよー、あともっと砕けた喋りでいいよー」

「そ、そうですか? まあ適当にやっていきます」


 明るくて人懐っこいというか、副団長とは思えないほど気軽に話しかけてくる人だ。


「えっと、君は……?」

「も、申し遅れました、私はユリーナ・カシュパルと申します。以後よろしくお願いいたします」


 ユリーナさんは座っていたのだが、今は立ち上がって頭を下げて自己紹介をした。

 さすが貴族というだけあって、その様はとても綺麗だった。


「ユリちゃんね、よろしくー。ユリちゃんもそこまで硬くならないで、もっと普通に喋りなよー」

「い、いえそんな、恐れ多い……」


 本当はこの反応が合ってるのか……?

 イェレさんだったり、さっきの吐いた副団長、そしてビビアナさんだったり。ここのお偉いさんと俺はちょっと気軽に話しすぎてるのかもな。


「あ、そうだエリック! 私、無事に魔法騎士団入団できたよ!」

「おっ、そうか。よかったな」

「……なんかエリック、反応薄くない?」


 不満を表すように頬を膨らませて睨んでくる。


「そう言われてもな……ティナなら絶対に入れると思ってたし」


 ティナの実力は俺が一番知っている。

 あの魔法の力があって入れなかったら、逆にどんな奴が入団できるのかわからない。


「そ、そんなエリック……私をそんなに信じてるだなんて、恥ずかしいよ」


 頬に手を当ててクネクネしている。座りながらそんな動きができるなんて器用だな。



「エリック君」


 四人で夕食を食べているところにイェレさんがやって来た。


「探しましたよ、やはり食堂では探すのが困難ですね」

「手間をかけさせてしまってすいません、何か用でしょうか?」


 座ったままだとさすがに失礼だと思い、立ち上がって話す。

 ユリーナさんとティナも立ち上がったのだが、ビビアナさんだけは座って夕食を食べ続けている。

 マイペースな人だな……。


「これはユリーナさんにも関係あるのですが」

「わ、私にですか?」


 ユリーナさんはいきなり話しかけられて戸惑っている。


「いきなりで申し訳ありませんが……部屋の空きが出たので、エリック君には部屋を替えてもらいたいのです」

「えっ……」


 突然の話で声が出てしまった。


 できるだけ早く替えて欲しいと思ってたが……早すぎね?

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