第48話 酔い


「とりあえず一対一をしようぜ、話はそれからだ」


 チャラそうな人はそう言ったが、この訓練は多数戦だからそう簡単に一対一などさせてくれないのではないか?


 そう思っておっさんの方を見るが、笑顔で親指を立てて。


「頑張れ、エリック。その人は強いぞ」


 いや、頑張れじゃないだろ。いいのか? 訓練と違うことをして……。


 ユリーナさんや他の人達も特に何も言わないから、大丈夫なのかな?


「……わかりました」

「そうこなくちゃな」


 その人は懐から何かを取り出して、口まで持っていく。

 よーく見るとそれはウイスキーボトルで、それを躊躇なく飲んでいく。


 いやいや、それはさすがにダメだろ!? 訓練中に酒飲むのは!?


 待てよ、もしかしたらあれはウイスキーボトルだが、中身は酒ではないのかも……。


「くー、やっぱり戦いの前は酒飲まないとな」


 やはり酒のようだ。自分でそう言ってやがる。


 なんであれが許されてるんだ?

 おっさんの方を見ても、その人に何も注意する様子はない。


 もしかしたら、あの人はおっさんの上司なのか……?


「あー、酔いが回ってきた。いい気持ちだー」


 ……おそらく違うだろう、あんな人がおっさんより上司なんて思いたくない。


 戦いをしようと言いだしたのはあっちなのに、その人は足元がおぼつかずフラフラしてきている。


「あの、大丈夫ですか?」


 到底戦いができるような状態じゃなくなっている気がするぞ。


「あー、大丈夫だよ。こんなのよゆー、よゆー」


 どう見ても大丈夫じゃなさそうだが……。舌足らずにもなってきている。


「じゃあやるぞ……」


 そう言って木刀を構えるのだが、構えていてもフラフラしている。


「オラー、かかってこーい」


 ……行っていいのか? 本当に大丈夫なのか?


「どうしたー、来ないなら……こっちから行く、ぞ!」

「――っ!?」


 フラついていたのに、先程と同じぐらいの速度で迫ってくるのに驚愕する。


 慌てて木剣で受け止め――ようとしたのだが、来たのは木刀ではなく身体だった。


「おっとっと、悪いな」


 迫ってきたのはいいが、そのままの勢いで俺に抱きついてきやがった。


「ちょ、離れろ!」


 後ろに回された手を引き剥がして、離れようとしたその時――。


「――っ!?」


 俺の死角から首元に木刀が振るわれてきた。

 先程と同じように、俺は気配や風を読んで避けられたが……本当にギリギリだった。髪の毛がかすっていた。


「ほー、今の避けるかー。やるなー」

「この……!」


 ヘラヘラ笑ってるってことは今の、狙ってやったってわけか。


 酔ってるのは演技……というわけでもなさそうだな。

 フラつき方が演技には見えない。


 とゆうことは、あのフラつきを考慮に入れての攻撃ってことか。


 次またあんな攻撃が来たらたまったものじゃない。


 だから、こっちから行く!


 俺は一気に接近して、相手の身体めがけて木剣を振るう。


「おっと……」


 しかし、フラついていながらも軽々しく避けられた。


「くっ!」


 何度も木剣を振るうが、その度にフラフラしながら避けられ、ガードされる。


 なんでこれで当たんないんだ!?

 自分で言うのもなんだが、剣を振るうスピードはこの人より速い自信があるぞ!


「あらよっと、ほいさっと」


 そして掛け声がいちいちうざい!


 だめだ、落ち着け……相手に惑わされるな。このウザさも相手の思惑だと思え。

 イラついて良いことなんて何もない。剣筋が鈍るだけだ。


 落ち着くために一度離れて、目を瞑って深呼吸をする。

 目を瞑ったら隙ができると思われるが、今打ち込んで来たらすぐさま反撃できる。

 それをわかっているのか、相手は打ち込んで来ない。


 そういえばこの人が来たときから俺は少しイライラしていた。いきなり斬りかかってこられたらイラつくのは仕方ないとは思うが、それすらこの人の思惑かもしれない。


 心を落ち着かせろ……。


「ふぅ……」


 俺はイラつきがなくなるのがわかってから目を開ける。

 これで相手の動きをしっかりと見れるようになるだろう。


「終わったかー?」

「はい、お待たせしました」


 相手の人はまたウイスキーボトルを出して酒を飲んでいた。

 惑わされるな……この人は酒を飲んでいても強い。


 ん? なんだ、今落ち着いてこの人を見たら何か違和感があるぞ?



 ――っ!? この人……左腕がない。



 左腕があるのなら、そんなに服の腕のところがダランと下がることはないだろう。


 さっきまで右腕で木刀を持っていたのに、今は腰に差してウイスキーボトルを取り出して飲んでいた。

 普通なら右手に木刀を持ったまま左手で取り出せるのに、なんでいちいち木刀を腰に差して右手で取り出しのかと違和感があったが……そういうことだったのか。


「じゃあ行くぞー」


 俺がその事実に驚いているのにも全く気づかない様子で、軽い感じで言った。

 ボトルを懐に入れてから、またフラついてるにもかかわらず一気に接近してきた。


 しかし、今回はそれを読んでいたのでしっかりと対処する。


 木刀を振るわれても流し、受け止める。

 フラつきながら木刀を振るうので、どこからで攻撃をしてくるのかわからないが、落ち着いた俺に死角はない。


 しかし、改めて観察するとこの人の凄さがわかる。


 普通、こんなにフラつきながら木刀を振るっても力など全然出ないだろう。

 だがこの人の攻撃はとても重い。もしかしたら、ユリーナさんと並ぶぐらいかもしれない。

 しかもこの人は左腕がなく、片腕で剣を振ってこの重さだ。


 攻撃を見切り、避けながら隙を伺う。


 ――そこだっ!


 攻撃が止んだ瞬間、相手の足元めがけて木剣を振るう。

 この人が攻撃が止む瞬間は、一番大きくフラついてしまった時だ。


 その瞬間の足元に木剣を当てればこの人もさすがに……。


「よっこいしょ」


 と思ったら、ジャンプして避けられた。


 いや、あの体勢でジャンプ出来るか!?


 そしてそのままの勢いで上段から木刀を振るわれるが、なんとかして受け止めて一度離れる。


 この人まじで強い……今のは多分やられるとわかっていたから避けられたんだ。

 俺が足元を狙ってるとわからないと、あのタイミングでジャンプなんてできないだろう。


 酔いながら戦って、こんなにも強いなんて……素面だったらどれだけ強いのか。


「はっはー、今のはお互いに危なかったな」


 ヘラヘラ笑っているが、少し緊張感が見える顔になってきた。


「そうですね……」


 もう一度しっかり呼吸を整えて、木剣を構える。

 素面じゃないとしても、この人は強者だ。油断してたら負ける。


「じゃあもう一回……うっ!?」

「えっ」


 ヘラヘラ笑っていたのが一変、一気に顔を青くして気持ち悪そうにしている。


「やばい、でる……」

「はっ?」


 口を抑えてそう言ったその人は……そのまま――。



「おーい、副団長が吐いたから水と掃除用具持ってきてくれー」


 おっさんが遠くでそう言っているのが聞こえる。


 この人……副団長だったらしいが、俺は今その人の背中をさすっている。


「わ、悪いな……うっ」

「……いえ」


 この調子じゃ勝負の続きはできないだろう。


 はあ……最初から最後まで調子を崩されて終わってしまった。

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