第47話 多数戦
その後一時間ほど、ペアを変えて一対一の戦いをしていた。
おっさんとは何回か連続してやったが、一度も負けなかった。
一度は勝ちたかったらしいが、俺もただで負けるほど弱くないということだ。
おっさんと別れたあとも何人かとやったが、ユリーナさん以上に強いと思う人はいなかった。
ユリーナさんの方をちらっと見たら、男性の首筋に剣を添えているところだった。
やはりユリーナさんは見習いから上がってきてすぐだというのに、普通の騎士の人には負けないほど強いのだろう。
一時間やったが、誰にも負けずに終われたからよかった。
そして次の訓練は、一対多数というものだった。
五人ほどで組んで、その中で一人を囲んで一対四で戦うという訓練だ。
なかなか厳しい訓練だが、これはとても経験になるものだ。
これだけ人数がいれば、こういう訓練ができるからいいものだな。俺が一人で村にいたときは多人数と戦う経験はできなかった。
今度は俺とユリーナさん、それにおっさんも一緒になって訓練することになった。
「最初は俺が囲まれて一人になるぜ。手加減するなよ、エリック」
「するわけないだろ、おっさん」
おっさんを一人真ん中に置いて、俺とユリーナさんを含める四人が囲む。
それから三分ほど、おっさんにとって地獄が始まった。
ユリーナさんや他の二人が順番に四方八方から襲いかかる。
おっさんは何年もこの訓練をやってきているだろうから、少し慣れた様子でそれを避けていたが俺が死角から胴体や脚を攻撃する。
その痛みで動きが遅くなり、避けられていた攻撃が当たるようになる。そのことにより、俺の死角からの攻撃がもっと上手く決まるようになる。
最後の方はもう痛みにただ耐えるような訓練になっていた。
三分経ち、おっさんはその場に倒れこむ。
「いってぇ……お前、手加減しろよ」
「さっきと言ってること真逆だぞおっさん」
あと攻撃は本気でやってないぞ。木剣でも本気でやったら骨折れるからな。
「お前がどこにいるかわからねえよ……影薄すぎるだろ」
「今の俺には褒め言葉だな」
気配を殺す技術は前世の俺にとって必要なものだった。
戦場で生き残るには、矛盾しているようだが、どれだけ戦闘をしないかだ。
戦場にいても誰もと戦わなかったら生き残る確率は高いだろう。
俺は戦場で気配を殺して、ほとんど戦闘をしなかった。先程のおっさんとやった時のように、死角から攻撃する。
戦場では訓練とは違い、真剣だ。そして胴体や脚など攻撃するぐらいなら頭や首を狙った方が確実に殺せる。
今世でも森で魔物を探すときに気配を殺していたからな。
ティナも一緒にいたから気配殺すの上手くなったんだよな……魔法使いにはあまりそうゆう技術は必要ないとは思うが、あったら今後役立つだろうからティナと一緒に練習した。
おっさんがやった後、次はユリーナさんを囲んでやった。
ユリーナさんは俺を警戒して、ずっと俺の方を見ていた。
俺を常に正面にして、多数と戦った。
その作戦は主に成功して、おっさんよりは攻撃を喰らった数は少なかったが、少し実践的ではない。
俺が確実に一番強いということがわかっているからこそできるもので、初めてやる相手ではどの相手が一番強いかはわからない。
まあ一瞬で強者を見抜けるほどの経験を積めばいいが……ユリーナさんは俺と戦う前は俺に勝てると思っていたようだからな。まだその目は持っていないだろう。
そのことをしっかり伝えると、ユリーナさんは納得したように頷いた。
「なるほど……私は『練習の練習』をしていしまったのだな。本当は『実践の練習』をしないといけないというのに」
「今後強者を見抜けれるようになれば、その経験は生きてくると思うので全く意味がないとは言いませんが……」
「まだその域には達していないから、それをやるにはまだ早いということだな。わかった、アドバイスありがとう」
ユリーナさんはこういうアドバイスを素直に聞ける人なんだな。
ちょっと上から目線すぎるものだったが、しっかり納得して聞いてくれた。
こういう人は訓練とかでやったことの吸収速度が速いんだよな……俺も負けないように頑張らないとな。
そして俺の番。
「さっきのお返ししてやるぜ、エリック」
「やってみろ、おっさん」
正面におっさんがいて、後ろにはユリーナさん、左右には一人ずつ敵がいる。
俺は集中して……目を瞑る。
「あ? なんで目瞑ってんだ」
「これが俺のやり方だからな、かかってきていいぞ」
「そうか、後悔しても知らないぞ」
おっさんはそう言ってから黙ったまま行動する。
俺が目を瞑っても油断することなく、正面からではなく少し斜めから攻撃してくる。
――しかし俺には見えている。
頭への攻撃をしゃがんで躱す。
避けられたことによりおっさんは少し息を呑むが、すぐに剣を返して攻撃を連続して行う。
俺は目を瞑ったまま全てを躱し、受け流す。
後ろから攻撃が来る。おそらくユリーナさんだ。
胴体への攻撃を剣で受け流し、そのままの攻撃をし返す。こちらが攻撃してはいけないという理由はない。ただ普通はその余裕がないだけで。
「くっ!」
声を聞いたらやはりユリーナさんの声だ。ユリーナさんは攻撃を受けて少し下がる。
その後も横から、前から後ろから攻撃を受け続けるが、俺は目を瞑ったまま躱し続けた。
俺は目を瞑ったほうが気配を読めるのだ。
完全に自己流で、前世でクリストに言った時は「バカじゃねえの?」と言われたことを覚えている。
目を瞑ると音や風の流れなどがより聞こえやすく、感じやすくなる。
多数と戦うときは俺は目を瞑ったほうがいいのだ。
まあこれは多分、他の人には参考にならないから教えられないと思うが。
だからユリーナさん、戦ってる最中に小さな声で「後で教えてもらおう」とか言わないで。聞こえてるから。
他の人より少し長く五分以上やっているが、少し息が乱れただけでまだいける。
そう思ってまだやろうと思ったその時――風の動きが急に変わった。
「――っ!?」
俺は正面から来た恐ろしく速い攻撃をギリギリで受け止めた。
その衝撃で俺は数メートル後ろに下がるが、なんとか踏み止まった。
なんだ今の!? さっきまでの攻撃の強さじゃなかったぞ!
風の動きから、他の人が急に入ってきて攻撃してきたことには気づいたが、こんなに攻撃が強いとは思わなかった。
目を開けて誰が攻撃をしたか確認してみた。
「ほー、目を瞑ったまま俺の攻撃を受け止めるか。なかなかだな」
目の前にいたのは一人の男。
茶髪で短髪、彫りが深いが親父ほどではない。親父をもう少しチャらくしたような感じかもしれない。
その人が木刀を肩に置いて俺を見て笑っていた。
「いきなりなんですか?」
ここにいるということはこの人も騎士だろう。おそらく先輩や上司だから敬語を使うが、少し言葉が荒くなってしまう。
「まあいいじゃねえか、ちょっとした腕試しだ」
ヘラヘラ笑ってそう言うその人に、イライラが募っていく。
「とりあえず一対一をしようぜ、話はそれからだ」
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