第39話 決闘


「ち、違うぞティナ! 俺は何も悪くないんだ!」


 慌てたように両手を振りながら弁解を開始する俺。


 側はたから見たら無様な姿だろうが、そんなこと言ってられる状況ではない。


「うん、エリックが悪くないことは信じてるよ。だから――あの女は誰? エリックに何をしたの?」


 いまだに目から光が失せているティナがどんどんと詰め寄ってくる。

 トーンも低くて感情がないような平坦な声なのに、何故顔だけは笑顔なのかわからない、とても怖い。


「貴様か、私と寝たいと言ったエリック・アウリンは」


 さっき言い放った奴が近づいてくるのがわかる。


「うるせえ! 黙ってろ!」

「っ! な、なんだ!?」


 俺は後ろも振り向かずにそう怒鳴りつけた。

 顔も知らない奴のせいで、俺が今どれだけ命の危機を感じているか……!


「ティナ、この後ろの女の人はその、俺と一緒の部屋になる同居人なんだ」

「……へー、そうなんだ。じゃあエリックは、この女の人と一緒の部屋でずっと寝ることになるんだ」


 何故だ、弁解をしてるはずなのにもっとティナの様子がおかしく、そして怖くなっている……!


「た、ただ一緒の部屋にいるだけだ! なんも変なことはしない!」

「当たり前だよ。そんなこと言うなんて、エリックは変なことを考えてたってこと?」

「ち、違う! そんなわけ!」


 ティナから冷気が出ているような気がする。もしかして、魔法を無意識で使ってるのか?

 すごいと思うが、こんなところで高度な技を使わないで欲しい。


「ティナさん、落ち着いてください」


 横からイェレさんが俺たちの様子を見て割り込んできてくれた。


「彼女は自分より強い人ではないと部屋に一緒になりたくないという方なので、これからエリック君と彼女で戦ってもらうのです。先程の一緒に寝る発言は……気にしないでください、言葉の綾です」


 俺の代わりに説明をしてくれてとても助かるが、その寝る発言のところをもっと弁解して欲しかった。

 あんまりティナの怖さが減っていない気がする。


「なんでその女の部屋とエリックが一緒なんですか? まさか、エリックが希望して……」

「言ってない言ってない! そこしか空いてないらしいんだよ!」


 俺を少し睨みながら言ってきたので、慌てて否定する。

 初めてティナに睨まれた気がする。


「戦いに負けたら俺が寝る部屋がなくなるんだ」

「そうなんだ。ていうか、なんでそんな女の言うことなんて聞いてるんですか? 普通一つの部屋しか空いてないならそんなこと希望聞いてられないんじゃないですか?」

「そ、そんな女だと……?」


 酷い言われ方をされた女が声を震わせて何か言っているが、俺もそこは少し気になっていた。


 王国の騎士団にそんなワガママが通じるのか?


「ユーリア・カシュパルさんはこの国の貴族を親に持つお方で、その親がとても過保護なお方で……自分の娘が男と同じ部屋になるのがどうしても許せないということだったのです。ユーリアさんと私が説得して、なんとか彼女に勝てる強い男だけが一緒の部屋で暮らしていいということになりました」


 そういうことだったのか。

 というか、普通彼女より弱い相手を一緒の部屋にした方が安心じゃないか? 弱い方が襲われても勝てるだろ。

 何か他の理由があるのか?


「そういうことだ。だからここで寝たいなら私と戦って勝つがいい。無理だと思うがな」


 凛として自信を持ってそう言い放った女。


 赤い髪をポニーテールにして、首のところまで垂れている。

 パッチリと開いた目の中にある瞳も髪と同じく赤色である。

 服はすでに戦いの準備をしているからか、動きやすいように軽装である。

 ティナとは違って可愛いというより綺麗目な顔立ちをしているが……イェレさんと同じように無表情なので、どこか近寄り難いところがある。


 美人は無表情だと怖いからな。イレーネもそうだった。


「生まれてこのかた、同年代の男に負けたことはない。兄や弟よりも女の私の方が強かった。男など、己の力を慢心して努力などせず、無様に誇示している生物だ」


 めっちゃ偏見持っているなおい……。


「ましてや貴様など、私の二つ歳が下だ。私はお前より二年は長く訓練をしているのだ。負ける要素などどこにもない。今のうちに外で野宿する準備をしておくのだな」


 そう傲慢なことを言っているが、俺を見下している雰囲気はなく、淡々と事実を述べているような感じだ。

 いや、俺を見下しているのかもしれないが、それは男という生物全員を見下しているのだろう。


「すぐに始めよう。訓練場はこっちだ」


 そう言って俺達に背中を向けて先に行ってしまった。


 あんなに男を見下す理由が、あいつにはあるのか?


 そんなことを思っていたら――またティナの方から冷気が漂ってきた。


「なにあの女……! 私のエリックが負けるわけない!」


 こんなにキレているティナを見るのは初めてだ。

 あと、俺はティナのものではないと思うが。


「すいませんエリック君、ティナさん。彼女は騎士団に入るときから男を嫌っているようで……訓練や任務などはとても真面目に取り組んでいるのですが」

「いえ、大丈夫です。じゃあ自分は訓練場に行きますね」

「私も行きます。勝負には見届け人が必要ですからね」

「私も行く! あの女が無様に負ける姿を見たいから!」


 なんかティナの性格が悪くなってる気がする……。

 これが都会に染まるってことなのか? 違うか。


 彼女が先に行った道を歩いて進むと、すぐに大きな訓練場に出た。

 とても広く、ここでいつも騎士団の人たちが訓練してるらしい。


「ここは寮の訓練場なので、少し狭いですが一対一の戦いでは十分な広さでしょう」


 違った、ここは自主練をするところらしく、いつも訓練するところはもっと大きいらしい。

 これより大きいとか、ほんとどんな大きさだよ……。


 そしてそこのど真ん中に立っているユリーナ・カシュパル。

 手には二本、木剣を持っている。


 イェレさんとティナは少し離れ、俺だけがその子に近づいていく。

 すると、持っていた一本の木剣を投げて渡してきた。


「早速始めるぞ。少しでも私を楽しまさせてくれよ」


 その言葉に後ろでまた冷気が漂ってきた気がした。


「ユリーナさん」

「気安く名前で呼ぶな」


 名前を呼ぶと睨みながらそう言い放った。


「ごめんなさい、カシュパルさん。あなたは何歳から剣を持ちましたか?」

「五歳だ。それから十三年間、私は毎日剣を振り続けた」


 そうか、それはすごい。女の子がそんな歳から剣を始めるのはとても珍しい。


「俺は三歳から剣を持ち、そして同じく十三年間、剣を持たなかった日はないです」

「……そうか、私と同じ月日を剣に捧げてきたか」

「はい、なので――舐めてたら、後悔しますよ?」


 軽く殺意をぶつけると、カシュパルさんはすぐに剣の柄に手をやって構えた。


「……貴様は、他の男とは違うらしいな。しかし、勝つのは私だ」


 俺の殺意にすぐに反応するか。

 調子に乗ってるだけあって少しは強いのだろう。



 そうしていると、少し離れたところからイェレさんが告げる。


「これより、ユリーナ・カシュパル対エリック・アウリンの決闘を開始します――では、始めなさい」

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