第40話 決闘決着
「これより、ユリーナ・カシュパル対エリック・アウリンの決闘を開始します――では、始めなさい」
イェレさんがそう告げたが、俺とカシュパルさんは動かない。
お互いに剣を構え、相手を伺っている。
彼女は中段に剣を構えて、俺に切っ先を向けている。とてもその姿は様になっていて、綺麗だ。誰かにそう習ったのだろう。
俺は下段に構え、切っ先は彼女に向けずに地面へ向かっている。
「どうした、来ないのか?」
「女性には優しくしろって母さんに言われてましてね、お先にどうぞ」
俺がそう伝えると、彼女は眉をひそめる。
「そうか、殊勝なことだ。だが――その心意気、後悔することになる」
そう言うやいなや、一気に迫ってくる。
――速い!
俺は少し後ろに下がりながらもその剣を受け止める。
迫るのも速かったが、剣を振るう速度も女性とは思えないほど速い。
さすがに俺と同じ年数剣を振るってるだけある。
「ほう、受け止めるか。フェイントも入れたのだがな」
「そうなんですか? すいません、手が勝手に反応してしまいました」
「ほざけっ――!」
剣が交わった状態から回転するようにしてまた剣を振るってくる。
先程より回転が加わっているからか、その剣は重い。
さっきのもスピードがついていて勢いがあったはずなのに、こっちの方が重いってことはスピードより強い力を訓練して強くなっているってことだ。
しかし、俺はその重い剣を真正面から受ける義理はない。
俺に当たらないように剣を逸らすと、カウンターとしてそのままの勢いで彼女に振るう。
「くっ――!」
今の彼女の攻撃は、隙が大きい。
一瞬だが背中を向けてしまうので、俺の姿が見えなくなるのだ。
腕に木剣を当てると、彼女は一度距離を取るために後ろへ下がる。
そこまで力を入れていないが、それでも腕が痛むはずだ。
彼女は少し顔をしかめながら右腕を抑えている。
「大丈夫ですか?」
「決闘中に相手の心配とは、余裕だな。これぐらいで勝ったと思うなよっ!」
そう言ってまた一気に迫ってくる。
上から振り下ろし、横から薙ぎ払い、下から斬り上げてくる。
彼女の剣は全て速く、そして重い。
騎士団でしか剣を習ってないような男が勝てないのもわかる。
ユリーナさんは子供の頃から剣を振っているからこその強さがある。
しかもセンスもある。
俺と同じ年数、剣を振っていたと言っていたが、本当に同じ年数だったら俺は勝ててなかったかもしれない。
しかし――俺は今世だけでなく、前世でも何年も剣を振ってきた。
「くそっ! 当たれ! 当たれっ!」
彼女は俺に剣が届かないのがわずらわしくて、剣が大振りになってきてしまっている。
ここまでの力があって、こんなに当たらないことなんて初めてなのだろう。
力は込められているが――俺にその力は通じない。
逆に剣の軌道が読みやすくなり、簡単に受け流せる。
上から振ってきた剣を横に流し、彼女の横を通り過ぎるようにして腹に剣を入れる。
「うっ……!」
彼女は腹に衝撃を受け、そのまま腹を抑えてうずくまる。
俺はすぐに振り返って彼女の様子を窺う。
うずくまったままこちらを睨んでいて、その目は死んでないが立ち上がって、俺と戦う力はもう残ってなそうだった。
しかし、剣を杖代わりにして立ち上がり、また真っ直ぐとこちらに切っ先を向けて構える。
肩で息をしていて、今にも倒れそうなぐらいフラフラだ。
「まだ私は……負けてない!」
そう強く言い放つ――しかし。
「いえ、あなたの負けですよ、ユリーナさん」
「っ! だ、団長……!」
いつの間にかカシュパルさんの後ろにはイェレさんがいた。
そして彼女の肩に手を置いて、勝負の決着を宣言した。
「この決闘、エリック・アウリンの勝ちです」
「っ! ……そう、ですか」
団長のイェレさんからそう告げられたら、さすがにカシュパルさんも何も言えないみたいだ。
力なくうなだれてしまっている。
「お疲れ様ですエリック君、カシュパルさん」
「はい、ありがとうございます」
イェレさんからの言葉に俺は返事をするが、彼女は反応しない。
今まで同年代の男には負けたことがないって言ってたからな、ショックだったんだろう。
しかも俺は一応彼女の二個下だから、余計にそのショックは大きくなるだろう。
まあ俺は前世の年も数えると、彼女の倍ぐらい生きてるんだけどな……。
それは置いといて、項垂れている彼女に近づいていく。
「お疲れ様でした、カシュパルさん」
そう言って手を出して握手を求める。
彼女は顔を上げて俺の方を見て、握手に応じる。
その手は弱々しかった。
「完敗だ、一撃も当てられなかった」
「いえ、カシュパルさんもとても強かったです」
「嫌味なことを……私は君より弱い。それと、敬語じゃなくていい。私の方が弱いんだ、名前も呼んでくれて構わない」
「いえ、敬語で話しますよ。ユリーナさんとは呼ばせてもらいますが」
「そうか、まあ君の自由にするがいい。敗者の私には何も言うことはできない」
一回負けたぐらいで、すごいネガティブな言い方をする人だな……。
まだ俺とは力の差が離れてるとは思うが、普通の人には余裕で勝てると思うが。
「ではカリーナさん、エリック君と同じ部屋で構いませんか?」
「はい、もちろんです。そういう約束でしたから」
イェレさんがそう言うと、ユリーナさんは力なく頷く。
うーん、何か俺が悪いことをしているような気がしてならない。
「よかったね、エリック! あの女に勝てて!」
そばで見ていたティナが俺に近づいてきて、彼女に聞こえる声でそう言ってくる。
いや、ティナ……お前、そんな性格悪かったの?
「……すまない、ティナ殿。君の大事な人を馬鹿にするような態度を取ってしまったな。心より謝罪する」
「えっ……あ、いや、大丈夫です。こちらこそ、なんかすいません……」
お互いに謝りだすというよくわからない状況になってしまっている。
多分ティナはユリーナさんがそこまで落ち込んでいるとは、気づいてなかったのだろう。
あれほど落ち込んでいると、逆にこっちが悪者になるから困るよな。
さすがにティナがあの落ち込み様を見て、さらに追い打ちをかけるほどではなくて良かった。
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