第34話 村の名前

 翌朝、俺は何か触られてる感覚がして目を覚ました。


「んん……」

「あ、起きたエリック? おはよう」


 目を開けると、ベッドで俺の横に転がっているティナの笑顔が目に入った。


 どうやら俺は頬をツンツンされていたようだ。


「エリックの頬柔らかいねー」

「なんだよ……もうちょっと、寝かせて……」


 まだすごい眠いので寝ようと寝返りを打つが、ティナの言葉に強制的に目が覚めることになる。


「エリックが寝坊って珍しいね。もう九時過ぎだよ?」

「……えっ?」


 九時過ぎ……?


「はっ!?」


 俺は布団を勢いよく退かし、寝惚けた目で部屋に掛けられている時計を見る。

 ティナの言う通り短針は『九』の文字を指していて、長針は『一』の文字を指している。


 なんでだ……!? 俺はいつもなら七時に目を覚ますようにしているのに……!


 原因を探ろうとした時、俺は昨日の出来事を思い出す。


 そうだ、昨日!

 確か……俺は十六歳になってお酒が飲める歳になったから飲んでみろと親父に勧められて、仕方なくそれに付き合った。


 俺も前世の頃はお酒など飲む機会はなかったので、少し気になって飲んだみたのだが……。


 酒を飲んだ後、俺は何をしたんだ?

 その後の記憶が全くない……。


「ティナ、俺は昨日酒を飲んだよな……?」

「そうだね。もしかして、覚えてない?」

「ああ、飲んだってのは覚えてるけど、それ以外覚えてない」


 ティナは俺が記憶を無くしてからの事を話してくれる。


「エリックは酒弱かったみたいで、一杯飲んですぐに顔赤くして酔っ払ったんだよ。それでエリックは酔っ払うとすごく笑顔になって……私に、その、絡んできたの」


 最後の言葉は恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。


 いや、待て、絡んだって何?

 なんでそんなに恥ずかしそうに顔を背けてチラチラ俺の方を見るの?

 俺はティナに何したの?


 どういう絡みをしたのか聞きたいが……いや、やはり聞きたくない。


 もうお酒は飲まないようにしよう。

 記憶がなくなるってのが一番厄介だ。

 こんなに酒に弱いとは思わなかった……。


「あ、そうだ! 出発の準備!」


 昨日イェレさんに聞いた予定は、この村を十時に出発するというものだった。


 もう九時過ぎだから、急いで準備しないと間に合わない!


「あ、私がエリックの分までやったよ」

「えっ? まじで?」

「うん」


 そう言われて部屋を見渡すと、タンスの前に大きいバッグが置いてあった。


「あのバッグか? 服とか色々入れたのか?」

「うん、全部入れておいたよ」

「俺の服の場所わかったか? 下着とかも入れないといけないんだが……」

「大丈夫、エリックがよく着る下着とかも全部入れたよ」


 えっ、俺がよく使う下着って何? なんで知ってんのそんなこと?

 い、いや、よく俺の家で家事の手伝いとかするもんな。洗濯とかもするからだよな?


 だけど下着とか俺が片してるから、どこにあるかわからなくないか?

 まあ片っ端から部屋の中を探せば見つけられるか……?


「エリックはいつもタンスの一番下の奥に下着を入れるよね」


 知ってたみたいだ。

 いや、なんで知ってるの?


「そ、そうか……準備してくれてありがとな」

「うん、どういたしまして!」


 あまり深く考えないようにしよう……これ以上考えてはいけない気がするから。


 そして俺は大きなバッグを持ってティナと一緒に部屋を出る。


 出る際に一度振り返って、隅々まで見渡す。

 ずっとここが俺の部屋だったが、ここにはしばらくは帰ってこれないからな。

 見納めとして少し眺めてから部屋を出た。


 リビングに行くと、親父が座っていて母さんは料理をしていた。


「おはよう、エリックちゃん」

「ようやく起きたかエリック!」

「おはよう母さん、親父」


 俺がテーブルに座ると、すぐに母さんは目の前に朝ごはんを置いてくれた。


 母さんの料理もしばらく食べられなくなるだろう。

 ティナの料理も俺は好きだが、やっぱり俺の中で一番は母さんの料理だった。


「いただきます」

「はい、どうぞ」


 一口一口しっかり噛み締めて食べる。


 ティナは自分の家で食べたようで、隣に座ってじっと俺のことを見てくる。


 少しそれが気になったが――この世で一番美味しい料理を完食する。


「ごちそうさま、美味かったよ」

「良かったわ、お昼ご飯もお弁当を作ったから食べてね」


 母さんはそう言って、少し大きい弁当を渡してくる。


「ティナちゃんの分もあるからね」

「えっ、本当に? ありがとう、セレナおばさん!」


 ティアも母さんの料理が好きだから、嬉しそうにお礼を言う。


 やっぱり俺の母さんは――世界一の母さんだ。



 そしてしばらくしてから、俺とティアは荷物を持って外へ出た。

 母さんと親父、それにティナの両親も一緒にイェレさんたちが待っているところまで行く。


 そして、そこまで行くと村のみんなが集まってるのが見えた。


「あ、来たぞエリックちゃんとティナちゃんが!」

「騎士団に入るために王都に行くんだって!? 頑張れよー!」

「馬鹿ね、ティナちゃんは魔法騎士団って言ってたじゃない」

「どちらにしろ二人とも立派だ! 頑張れよ!」


 村のみんなが俺たちの姿を見てから、口々にそう言う。


 集まっているとは思わなくて、俺もティナもビックリしていた。


「俺が昨日村のみんなに伝えたんだ! そしたらみんなお前達のために来てくれたんだぞ!」

「親父……」


 どうやら昨日、お茶を飲んだ後に出かけた用事とはこのことだったらしい。


 俺とティナは村のみんな一人一人に声をかけてもらいながら、その間を歩く。


 その激励に、俺は涙が出そうになるのを必死に堪える。

 こんなにも村のみんなから愛されているとは思わなかった。


 やめてくれよ……前世の年齢を合わせると、もう結構いい歳なんだ。

 だから涙腺が緩くなってる気がするし……本当に、困ったものだ……。


「ありがとう、みんな」

「頑張ってくるね!


 俺は涙が出ないように必死に笑顔になってお礼を伝え、ティナも笑顔でみんなに応えている。


 そして村のみんなからの囲みが終わると、イェレさんとその部下の二人が見えた。


「お待たせしました」

「いえ、大丈夫です……良い村ですね」

「ええ、本当に」


 イェレさんも少し微笑んでそう言ってくれた。

 この人の笑顔を初めて見たが、優しい笑顔をすることを知った。


「エリック! ティナちゃん!」


 後ろから親父の声が聞こえ、振り返る。


「お前らに大事なことを伝えていなかったな……この村の名前だ」

「村の名前?」


 親父はいきなりそんなことを言ってくるが……この村に名前があるのか?


 俺は前世でも名前を知らずに村が滅んだから、てっきりないのかと思っていたが……。

 ティナも驚いているので、知らなかったらしい。


「この村を出る子供にその名前を伝えるのがこの村の伝統でな」

「そうだったのか……」


 だから俺は前世では知らされてなかったのか。


「この村の名前は――『アウリン』」

「アウリン……」

「そうだ、そしてその名がこれからお前らの名字になる」

「えっ……どういうことだ?」

「この村を出る子供にはその名を伝え、その名が名字にするという伝統だ」


 そんな伝統があるなんて……俺もティナも全く知らなかった。


 じゃあ俺の名は――。


「エリック・アウリン……」

「私は、ティナ・アウリン……」


 俺とティナは自分の名前を口にする。


「エリック・アウリン。そしてティナ・アウリン。この村で立派に育ったお前らなら、王都でも心配することは何一つない」


「――アウリンに住んでいる全員が、お前らの活躍を期待しているぞ」


 その言葉を聞き、親父の後ろにいるみんながまた口々に激励を飛ばす。



 ――ああ、もう……涙、我慢できなかったじゃねえか。


「ああ――行ってくる、親父、母さん、みんな」

「いってきます! 私頑張るから!」


 涙声にならないようにそう言って、みんなに背を向けて王都へと歩き出す。


 そして俺とティナは村のみんなに見送られながら、王都へと出発したのだった――。

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