第33話 前日の夜

 そして俺は家に帰り、母さんにティナが俺についてくる気でいると伝えた。


「あら、そうなの? ティナちゃんも行動力あるわね」

「ああ、俺もビックリしたわ」


 まさか俺と離れたくないから、家族と離れるとは……いや、俺も家族と同じようなものだから、少し違うのか?


「ふふふ、ティナちゃんも女の子ね」

「ん? ティナはずっと女の子だろう?」


 俺がそう言うと、母さんは分かりやすくため息を吐く。


「ティナちゃんも苦労しそうね……」


 頭に手を当ててそう言ったが……何に苦労するんだ? 俺にはよくわからん。


「今帰ったぞー!」


 そうしていると親父が玄関で大声をあげて帰ってきた。

 親父は先程お茶を飲み忘れて出て行ったが、俺が出かけたあとすぐに帰ってきたらしい。


 なんでも、俺が出ていくのを裏庭で見てから家に入ったらしい。

 多分、俺に良いことを言った後にすぐに帰ってくるのが恥ずかしかったのだろう。


 それでお茶を飲んだ後、少し用事で出かけていて、今帰ってきたのだ。


「あれ? 親父、一人じゃない?」


 足音が一人だけのものではなく、確実に複数の人数分聞こえる。


「ティナちゃん一家を連れてきたぞ!」

「お邪魔しまーす!」


 親父の後ろにティナがいて、元気に声を出してリビングに入ってきた。

 後からティナの両親が少し申し訳なさそうに入ってくる。


「すいません、お邪魔してしまって」

「ティナのことで話したいことがあって……」


 そう言って真面目な雰囲気で話し始める。


「ティナが魔法騎士団に入るって言ってるのですが、私達はティナがそこに行きたいならいいんですが」


 ティナのお母さんがそう言うが、お父さんの方は何か言いたそうにしている。

 多分まだ納得はしてないんだろう。


 やっぱり夫婦は女の方が権力は強いよな……俺の家もそうだしな、親父。


「ん? 何か言ったかエリック」

「いや、何も」


 目線で憐れんでいたら気づかれてしまった。


「エリック君も行くらしいですが、あっちに行った時の暮らしはどうなるんでしょう? 二人だけじゃ住める場所はないのではと思って……」


 心配そうに顔に手を当てて考えこむティナのお母さん。


「それなら大丈夫だと思いますよ」


 母さんの代わりに俺が答える。


 そういえば前世の頃の俺は多分、ティナの両親にはタメ語で話していたと思う。だが前世で一度大人になってしまったので、敬語で話さないと少し落ち着かないのだ。

 ティナは俺の両親には普通にタメ語なんだけどな……まあそこはいいとして。


「遠くから騎士団に入りにきた人のために、寮みたいなところがあるらしいです。だから俺とティナはそこに住めるので、服などを持っていけば衣食住は確保できると思いますよ」

「あら、そうなの? それなら安心だわ。エリック君ありがとね」


 お母さんの方はお礼を言ってくるが、お父さんの方はやはり少し落ち込んでいる。

 衣食住が確保できていなかったら、ティナを引き留られると思っていただろう。


 ごめんなさいお父さん、俺もティナとは一緒にいたいんで……少し必死になってしまいます。


「私達はティナがエリック君について行くのは賛成してるから、これで安心したわ。これからもティナのことをよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう返事をすると、何故かティナの顔が赤くなる。

 そして隣にいるお父さんは涙を流している。


「あ、あの……どうしました?」

「うぅ……い、いや、エリック君なら、安心してティナを任せられるよ。ティナのこと、頼んだよ!」


 そう言って握手してきた。その握力が俺の親父並みに強くて痛いんだが……。


「それで、ティナとエリック君が明日から王都に行くから、家族みんなでお夕飯を食べようと思ってきたんです」

「あ、そうだったんですか〜。なら今日は豪勢に作りましょうね」

「はい、もちろん!」

「あ、お母さん! セレナおばさん! 私も作るよ!」



 そうして俺の家族、ティナの家族が久しぶりに集まって夕飯を食べた。


 ティナは包丁がなかったから料理を作れなかったので、今日久しぶりに作れて嬉しそうだった。

 俺が美味しいと伝えるとより一層に笑顔になる。


「えへへ、王都でも毎食作ってあげるからね!」

「いや、さすがにそれは無理だろ。訓練もあるだろうし、普通に食事は支給されるぞ」


 イェレさんからはそう聞いている。


「むぅ……だったら、朝だけでも作るよ」

「まあそれならいいが、無理しなくて大丈夫だぞ?」

「私が作りたいから大丈夫!」

「そうか?」

「うん!」


 そう言って良い笑顔をするティナ。


 そうか、ティナってそんなに料理好きだったのか。

 まあ結構俺に作ってくれたから、好きだとは思っていたがそこまでだったとは。



「エリック君のあの顔……なんでティナがこんなに料理を作りたいかわかってないみたいよ」

「ごめんなさいね、ティナちゃんがあんなにもアピールしてるのに。夫譲りの鈍感さなのよ」

「大丈夫よ、ティナは私似だから。私みたいにガンガンいって落としにいくと思うわ」


「……ディアンさん、妻達がヒソヒソ話をしているのですが、何を話しているのでしょうかね?」

「むっ? そんなの気にしてどうする? おおっ、そちらの奥さんの料理も美味い!」

「ははは、私もそれだけ鈍感なら楽だったんですがね……」 



 こうして俺とティナが王都に行く前日は過ぎていった――。

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