第19話 決着
「ティ、ナ……」
俺を奴の魔法から守ってくれたティナは、俺がボロボロになっているのを見て悲痛な顔になってすぐに駆け寄って来る。
「エリック! 大丈夫!?」
「はぁ……はぁ……大丈夫だ。ありがとう、ティナ」
俺は炎を喰らうと思っていたが、守ってもらえたので緊張が解けて少し安堵する。
ティナの無事な顔を見たから安心したのもあるかもしれない。
「ティナ、親父は?」
「治したよ。だけどまだ危ないのは変わりないから置いてきた」
「そうか、良かった。さすがティナ姉だ」
俺はやはりティナに親父を任せたことを本当に正解だと思った。
ティナも少し笑顔になるが、俺たちの正面にいる男を見てまた緊張している顔になる。
「お前は……さっきの女? 今の魔法、お前がやったのか?」
「……」
ティナは応えない。
ティナは目の前の相手が親父を殺しかけた男だと理解しているので、俺の隣で少し怖がっている。
しかし、フェリクスも応えがなくてもわかっているだろう。
ティナの魔法は強い。
フェリクスが時間をかけて魔力を溜め放った魔法を、俺を守るためにとっさに出した魔法で相殺するほどだ。
俺はこいつに勝つのが奇跡に近いほど無理な状況だったが……ティナがいればその可能性は何倍、何十倍にも膨れ上がる。
あの魔法が出来れば……! ほぼ確実に勝てる!
「ティナ……魔法はまだ出せるか?」
「うん、もちろん!」
ティアはあまり疲れた様子もなく、元気よく応える。
先程こいつに斬られて重傷を負った親父を治す魔法を使い、俺を炎から守るほどの魔法も使ってもまだこの余裕だ。
「お前、そんなに危険な女だったのか……!」
俺とティナの会話も聞いたのであれば、こいつもティナがどれだけ魔法を連続して使っているのかわかるはずだ。
「ティナ、前に俺とやった風魔法。あれが出来るか?」
「えっ……前にエリックとやったときに失敗したやつ?」
「そうだ、あれだ」
随分前に、俺とティナが一緒にやった魔法がある。
あれは扱いが難しく、初めてやったときに失敗して俺が怪我をしてしまったからもうティナがやりたがらなかったので、あれ以来やっていない。
しかし、あの魔法がないとフェリクスに勝つのは難しい。
「確かに難しいと思う。ティナが俺を傷つけたくないというのもわかる。だが、あいつに勝つにはこれしかないんだ」
「エリック……」
「大丈夫だ、前のお前より成長してるから。俺はティナを信じてる――ティナも俺を信じろ」
「……うん、わかった!」
ティナは決意した目をして頷いてくれた。
俺はその頷きを見て、ティナを護るためにフェリクスを睨み行動を観察する。
「どのくらいで魔法を発動できる!?」
「溜めるのに時間かかるから……十秒ほしい!」
おいおい、まじかよティナ――。
「――余裕すぎる! すぐにやってくれ!」
「うん!」
ティナは俺に応えると同時に、目を瞑り魔力を溜め始める。
俺がさっき『纏炎ブレイブヒート』を放った時の魔力量を、ティナは一秒で越える。
フェリクスが俺に放った『炎波フレイムウェイブ』の時の魔力量を、二秒で越える。
「くっ――やめろ、おまええぇぇ!」
ティナの魔力量を感じて焦ったフェリクスは、地面を蹴りティナに向かって迫っていく。
「――やらせるわけねえだろ!」
その間に入り、こいつが振るってきた力任せに振るってきた刀をティナに当たらないように受け流す。
「くっ……!」
ティナがもし一人だったら、こいつに勝つなど出来るわけないだろう。
一秒もかからずにこいつがティナの懐に入り、刀を振るって終わりだ。
しかし、そんなことは俺がさせない。
「もう少し、俺に付き合え……ほんの数秒だ」
「この、死に損なえがぁぁ!」
まるで俺をアンデッドとでもいうような目で見てくるフェリクス。
失敬な奴だ、俺はただの人間――。
――全てを護る為に、過去から戻ってきた人間だ。
こいつがその後も何回か力任せに刀を振るうが、そんな冷静さを失った刀に俺が当たるはずがない。
全てを防ぎ、流していると後ろからティナに声をかけられる。
「エリック! 出来たよ!」
「よし、そのまま俺に寄こせ!」
俺はそう言うと一度フェリクスから距離を取る。
あいつもティナが何をするのかわからないから、下手に俺に手出しができない。
「行くよ、エリック!」
ティナは後ろでそう叫ぶと、俺に両の手の平を向けて魔法名を唱える。
「――『纏嵐ブレイブストーム』」
俺の後ろから少し、静かな風が吹いた――。
――と同時に、俺の身体に嵐が纏まとった。
俺の髪は上へと逆立ち、一瞬の浮遊感を感じると共に身体が異常に軽くなる。
この魔法は風属性の中級魔法。
俺がさっき使った『纏炎ブレイブヒート』の風属性ということだ。
しかし――術者が違うだけで威力も効果も全く違うのだ。
俺が炎は精一杯やって剣だけをギリギリ纏っていた。
対してティナの魔法は、俺の身体全身を嵐が纏う。
ほんと、自信なくなるぜ……だが、今は最高に頼りになる!
「ありがとな、ティナ……」
ティナは魔法を使って少し疲れたのか、息を切らしている。
「うん……! 頑張って、エリック!」
ティナの応援を背に、俺はフェリクスに立ち向かう。
「さて――こっちの準備は終わったぞ、フェリクス」
俺が嵐を纏った姿を冷や汗をかきながら見ていたフェリクスに声をかけてやる。
「くっ……舐めるんじぇねえぞ! クソがぁ!」
フェリクスは後ろ足を踏み込み、俺へと突進しようとした――しかし。
「――遅い」
「なっ!?」
俺はすでにフェリクスの懐にまで近寄っていた。
そして上から下へと振り下ろすように剣を振るうと、先程よりギリギリでフェリクスは俺の剣を躱す。
すると俺の剣は地面にまで刺さってないにも関わらず、剣を振った勢いで地面が真っ二つに裂かれていく。
裂いた地面の長さは約十メートルほどだ。
ティナの風魔法が俺の剣はそこまで射程距離が伸びており、地面をバターのように斬れるほど斬れ味が増しているのだ。
「よく避けたな、フェリクス。いや、俺がミスったか?」
風魔法で速くなり過ぎた俺自身が、自分のスピードを制御しきれていないのかもしれない。
このくらいで剣筋を鈍らすなんて、俺もまだまだだな。
「舐めんじゃねえぞゴミがぁぁ!」
そう叫びながらフェリクスは俺へと迫ってきて横薙ぎに刀を振るってきた。
さっきまでの俺ならそれを流すように受け止めていたが……今度は正面から受け止める。
剣を交えた瞬間、こいつは俺が今までと受け方が違うことに気づいただろう。
今までの俺ならこの受け方をするとパワー負けして吹っ飛ばされていたが――今は違う。
「くっ……!」
「選択を間違えたな。パワーなら勝てると思ったか?」
この風魔法でパワーが特に増すわけではない。
しかし――どんな力も、嵐の前では無に帰きす。
この嵐は、俺の剣に高速回転しながら纏っている。
力が凝縮し、増している俺の剣を真っ正面から受け止めるなど、こいつでも不可能だ。
俺が剣を押し返すと、フェリクスは何も抵抗も出来ずに体勢を崩してしまう。
「しまっ――!」
――それを見逃すほど俺は弱くない。
風魔法で何倍にも速くなったスピードを今度こそ上手く扱い――斬る。
俺が剣を振り抜くと、フェリクスの上半身と下半身が別れ、地面へと落ちた。
「はぁ……はぁ……」
俺は油断なく、斬った後のこいつの上半身と下半身を見下ろす。
「ガフッ……あーあ、負けたか……」
フェリクスは身体が真っ二つになってもまだ生きている。
口から血を吹き出し、心底残念であるかのように声を漏らす。
「まだ生きてるのか……」
「魔族の、生命力は……強えからな」
「ゴキブリみてえだな」
「うるせえ……さすがにこれは、死ぬがな」
苦しそうに途切れ途切れになりながらも、言葉を吐き出すフェリクス。
「あと、もうちょっと、だったんだけどなぁ……他国さえ堕とせば、俺は王に、女も俺のものに、なったのにな……」
フェリクスは未練があるいっぱいあるようにそう言うが、なぜか顔は清々しく笑っている。
「冥土の土産に一つ言っておこう、王になれても女は手に入らなかったぞ、絶対に」
「なんだそりゃ……王になれないなら、確認しようが、ねえだろ」
フェリクスは笑いながらそう応える。
「まあ、俺より強い奴に、殺されるなら本望だ……生まれて初めて、戦いが楽しいと思ったぜ」
「そうか……それは良かったな」
「だが、あの女が現れなかったら、俺は勝てた……負け惜しみではなく、事実だ」
フェリクスの言葉を俺は否定出来ない。
確かに、あの時ティナが来なかったら俺は確実に負けていた。
「結局は、女……いや、仲間の差か……俺は仲間に、恵まれなかった」
男はそれを言う時だけ、本当に未練があるように笑いながらも悔しそうな表情であった。
「あー……さすがにもう、死ぬか……」
フェリクスが話している間にも、こいつの身体からは血が大量に流れ出て、死へと近づいている。
「じゃあな、エリック……最期の戦い、楽しかったぜ――」
そう俺に笑いかけ――フェリクスは目を閉じた。
最期までニヤニヤと笑って、逝った。
「エリック……?」
俺がフェリクスの死を見届けると、後ろにいたティナが俺に話しかけてきた。
「終わった、の? 大丈夫、エリック?」
恐る恐る近づいてくるティナの方を向いて、ティナの顔を見る。
ティナは俺を心配しているのか、不安そうな顔をしている。
俺は少し怖かった。
ティナの目の前で人を殺したのだ。
拒絶されるかもしれないと思った。
そうなっても仕方ない、どんな理由があっても俺は人を殺したのだ。
しかし――目の前にいるティナからそういった感情は見えず、ただただ俺の心配をしてくれる。
そのことに気づき安堵すると同時に、戦いの緊張や疲れが一気に身体を襲ってくる。
俺は前のめりになりながら倒れていく。
「っ! エリック!」
倒れていく俺をティナは抱きかかえるように支えてくれる。
俺のことを心配して何度も名前を呼びかけてくるティナを愛おしく思いながら、今はこの暖かい体温に身を任せたいと思った。
「ティナ――ありがとう」
俺はティナの耳元でそう囁くと、意識を手放した――。
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