第17話 元凶
俺の剣を纏った炎が魔族の男に当たった瞬間に、魔族の男は大爆発に巻き込まれた。
火属性の中級魔法、『纏炎ブレイブヒート』。
この魔法はある物体に炎を纏わせて攻撃することが出来る。
そしてその炎が当たった瞬間に、相手を巻き込む爆発を起こす。
これは中級魔法だが、特に扱いが難しい魔法である。
少しでも魔力操作を間違えたら、自分が爆発を喰らうという危険なものだ。
しかし、上手く操れた時はその難しさに見合う威力を発揮してくれる。
先程の爆発、いくらあの強い男でも無傷では済まないはずだ。
俺は未だに煙が晴れない目の前から、男の姿を逃さないように注意して観察する。
そして――煙に揺らぎが走り、男が煙の中から出てくる。
俺はそれを見てもう一度自分から動き斬ろうとする――が、俺の足が動かない。
「くっ……!」
今の魔法でだいぶ体力を削られ、今までの傷などもあり足がうまく動かなかったのだ。
その隙を見逃す敵ではなく、俺の腹に蹴りを入れてくる。
俺は初めてこの戦いでまともに正面から攻撃を喰らい、壁の方向へと吹っ飛ぶ。
俺の背中に衝撃が走り、頭が揺れるほどの痛みと共に俺の身体は地に落ちた。
これはやばいな……内蔵の何個かが今の衝撃でイかれた。
前世で何回もこの感覚は味わったことある……。
「くっそが! やってくれたなお前……!」
男は服が焼け焦げているのを見て、手で焦げなどを払っている。
さすがに顔や身体から血が流れているのを見ると、傷は負っているがそこまで深手には至ってない様子だった。
「俺の一張羅をよくも……!」
てかあんな攻撃して怒るところそこかよ……。
もっと他にあるだろ……。
俺はそんなことを考えながら立ち上がろうとしたが、身体に力が入らなくて立ち上がることが出来ない。
「この服が一番気に入ってるから、女に会いに行くのに良いと思ったんだがな……こんな戦いになるとは思ってなかったからな。最悪だぜ……」
男はオールバックの髪も乱れたのか、両手で髪をかき上げて整えている。
てか、お前の女なんてこっちは知らねえんだよ……。
早く立てよ、俺……立たないとこいつに殺される……。
「まあこの村滅ぼしてから帰って着替えればいいが……これ以上に良い服なんてねえぞ。買わねえと」
こいつが無駄口を叩いている今だけなんだ、攻撃されないのは……。
すぐに攻撃されちまう……。
俺は全身に力を入れて、なんとか立とうとするが――。
「あいつに――イレーネに会うために早く帰らないといけねえ」
――はぁ?
俺はこいつの言葉を聞いて、痛みを我慢して全身に力を入れていたはずなのに、その一言で力を込めるのも、痛みも忘れてしまう。
「お前……今なんて言った?」
「あ? なんだ?」
男はまだ座り込んでいる俺を見下しながら、今言った言葉を思い出そうと顎に手を当てて上を見ながら考える。
「早く帰らないといけねえ?」
「その前だ……」
「……女に会うためにってところか?」
「そうだ……その女の名前は?」
俺の身体がボロボロになりすぎて、もしかしたら幻聴を聞いたのかもしれないと思ったが……。
「――イレーネ、という名だ」
そんなこともなく、こいつは俺の前世での恋人――俺の愛する女の名前を口にした。
どういうことだ……?
同じ名前ということか?
「そいつの、フルネームは……?」
「なんだお前、そんな俺の女が気になるのか?」
ふざけるな……その女が俺の想う女と違ったらどうでもいい。
だが、俺が想う女だったら……。
「イレーネ・ハルジオンだ」
男が言った女の名前は――俺が夢にまで見る女性と同じ名前であった。
今世で生きてきて、何度イレーネを想っただろうか。
何度、その名を呼んだだろうか。
何度、その笑顔を見たいと思っただろうか。
「お前が……なぜその女性と……」
「なんでお前にそんなことを教えないといけない……と思ったが、まあいいだろう。本当はこれは内密にしないといけないことだが、お前はどうせ死ぬ。自慢話として言いたかったからな、話してやろう」
そう言うと男は、ニヤニヤしながらイレーネとの関係を話してくる。
「その女、イレーネは今俺がいる国の現国王の一人娘でな」
――知ってる。
「俺が王になるときに、イレーネと結婚するということが決まっているんだ。これはまだ国民には黙ってることだから、本当は言ってはいけないが確実に死ぬお前なら言っても問題ないだろう」
男はもう俺の勝ったつもりで、そして次の王になるつもりで話し続ける。
「イレーネという女がそれはいい女でな」
――知ってる。
「歳はまだ十六で少し若いが、これからもっといい女になると考えば全然問題ない」
――知ってる。イレーネは俺と同い年なんだ。
「王女なのに料理も出来て、戦いも強い。まさに完璧な女だ」
――知ってる。イレーネのハンバーグは世界一だ。
「それにあの身体――」
「――黙れ」
もう、聞いてられなかった。
男は嬉々として喋っていたが、俺の言葉に喋るのを止めた。
こいつの口からイレーネのことを言われるのが気に食わない。
「……そういえば聞いてなかったな。お前の、名前を……」
「あ? 今さらか?」
「あと、お前の国の名前も教えろ」
「……冥土の土産をそれだけ欲するか? まあいい、お前を殺す男の名前くらい教えてやろう」
男はまだ座っている俺を見下ろしながら言う。
「俺はハルジオン王国の次期国王、フェリクス・グラジオだ。死んでもこの名を忘れるなよ……エリック、だったか? 確かあのおっさんがお前の名をそう言っていたな」
親父が俺の名前を呼んでいたので、俺が名乗らなくてもこいつは俺の名を知っていた。
しかし……そうか、グラジオ王国の、フェリクスか……。
魔族は王が変わるとき、国の名前も変わる。
こいつが王になった時には、こいつは自分の名を国の名前にするのだ。
そう、俺は知っている。
なぜなら――こいつが、俺の最愛の人、イレーネを殺したからだ。
昔、前世の頃にイレーネに聞いた覚えがある。
イレーネは無理やり結婚させられそうになったので、国を逃げたと。
そして自分が逃げたことを怒った男に今もなお追われていると。
俺はそれを聞いた時に、絶対にイレーネを護ると誓った。
俺とイレーネは愛し合い、結婚はまだしてなかったが、どこか平和に暮らせる国があったら結婚しようと思っていた。
しかし――俺が目を離した隙に、イレーネは連れ去られてしまった。
そして前世で俺が自殺したあの日。
イレーネはまたその男から逃げようとしたが、その男は軍を動かしてイレーネを追い、そしてあの荒野でイレーネを殺した。
俺は……間に合わなかったのだ。
イレーネが死に、俺も絶望の中自殺した。
その全ての元凶は、今俺の目の前にいる男――フェリクスだ。
俺は今までになく殺気が膨れあがるのを感じる。
こいつが――こいつが、こいつが!
俺の愛した女、イレーネを、殺したんだ!
俺は怒りや殺意で痛みを忘れかけている身体を酷使して、壁に背を預けながら立ち上がる。
壁……? そういえば、俺はこいつに蹴っ飛ばされて壁に激突したんだったな。
親父が吹き飛んだときは、壁はぶっ壊されるほどの威力で激突していたが、俺の時は壁は壊れていない。
そうか……やはりお前もダメージは負ってるんだよな。
俺が動けなくなるほどの魔力を込めた一撃だ。
逆によくそこまで元気でいられるよ。
そのことに気づき、殺意と怒りに蓋をして冷静に思考する。
こいつはそんな感情に振り回されて勝てる相手じゃない。
俺は立ち上がり、目の前で少し驚いている男を睨みつける。
「まだ立てるか……やはりお前はここで殺すのは惜しいな。考え直さないか? お前はもっと強くなれるはずだ」
「うるせえ……もうお前から発する声は断末魔の叫びで十分だ」
「そうか……ならもういい、殺してやろう」
俺とフェリクスは一瞬睨み合い――そして同時に走り出し、刃を交える。
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