第15話 頼む
――ティナside――
私達が壁に逃げ道を阻まれてもう一時間ほど経っている。
最初は皆んな慌ていたけど、セレナおばさんが落ち着かせてからは、皆んな自分の家に戻って少しでも多くの物を持ってこようと帰ったり、壁を背に座っていたりしている。
ディアンおじさんの狩猟仲間の人が、なんとか壁を壊そうとしていたけど、鍬くわで壁を叩いてもビクともしないので、今はもう諦めている。
「なんでこんな大きな壁がいきなり出てきたんだ……?」
「わからないな……俺たちじゃ歯が立たない。ディアンさんなら壊してくれると思うが、ディアンさんは魔物と戦っているからな」
先程、村の皆んなが家に戻っている時に、狩人の人達がディアンおじさんの様子を見に行ったら、壁の外からディアンおじさんの声が聞こえてきたらしい。
「多分、エリック君も一緒に戦っているんだと思うけど……大丈夫だろうか?」
「わからない……信じて待つしかないな」
その人達も加勢しようとしたんだけど、壁をどうしても乗り越えられないのと、ディアンおじさんが加勢はいらないと言ってきたらしい。
それで緊急事態に備えて、ディアンさん以外の狩人の人達はここで武器を持って待機している。
「まあ俺たちはエリック君にも勝てないからな……足手まといになるかもしれない」
「そうだな、エリック君に勝てるのはもうこの村じゃディアンさんぐらいだ」
狩人の人達は前に、ディアンさんに言われてエリックと一対一をしていた。
その時に皆んなボロボロにやられて、エリックの強さを思い知ったみたい。
だけどその後、セレナおばさんにエリックと一対一をしたことがバレて、ディアンおじさんも狩人の人達も、それにエリックも怒られていた。
……やっぱり一番強いのはセレナおばさんだと私は思うな。
「エリックちゃん大丈夫かしら……あの人と一緒に戦っていると思うと、心配だわ……」
セレナおばさんが胸に手をやってさっきから少し音がしてる方向を向いてそう言った。
「大丈夫だよ。いつも鍛えてたから、エリックは強いんだよ」
「そうね……ティナちゃんが言うなら大丈夫ね」
セレナおばさんはそう言って微笑む。
私のためを思って無理して笑っている感じだけど、私は本当に大丈夫だと思っている。
狩人の人達は知らないと思うけど、狩人の人達が負けたあと、エリックとディアンおじさんも一対一をしていた。
それで勝ったのは、エリックだった。
だから、この村でエリックに勝てるのは……セレナおばさんくらいだと思う。
だけどこの前、エリックに私の方が魔法ができるって言われた。
私はとても嬉しかったけど、エリックはなんだか複雑そうな顔をしていた。
多分、私の方が後に始めたのに上手くなって悔しいんだと思う。
そういう子供っぽいところがエリックは可愛い……。
そして私達が慌てることなくまた皆んな、魔物が来ていたところから反対側の壁に集まり始めた時に――。
魔物が来ていた方向から、とても大きな爆発音のような音が聞こえた。
「な、なんだ!?」
「今の音は!? もしかして、壁が破られたのか!?」
さっきの大きな音を聞いてまた村の皆んながパニックに陥りそうになっている。
「皆んな落ち着け! ディアンさんとエリック君が戦っているんだ! 戦っているときの音だと思うぞ!」
「だけど今まであんな音鳴っていなかったぞ!」
「やっぱり何かあったんじゃ……」
皆んな不安がって口々にそう言っている。
「皆んな――」
すると、セレナおばさんが静かに、しかしなぜか皆んなに聞こえる含みのある声で言う。
「――私の旦那と、エリックちゃんを信じられないのかしら?」
おばさんは微笑みを添えてそう言ったが――村の皆んなには脅しのように聞こえたと思う。
やはりこの村で一番強いのはセレナおばさんだと皆んなに思わせるような笑みだった。
「信じてない人は……いないよね?」
「あ、ああ! そりゃ信じてるさ! なあ皆んな!?」
さっきまで不安がっていた人達も首を勢いよく縦に振っている。
「そうよね? じゃあ大丈夫よ」
セレナおばさんは謎の威圧感をそこで失くして、やっと普通の笑顔に戻った。
その笑顔を見て皆んなもホッとする。
だけど……私にはわかる。
おばさん、無理してるよね?
一番二人のこと心配して、不安なのはおばさんだよね?
やっぱり……おばさんは凄いね。
そう思った私だけど、さっきの音を聞いて私だけが気づいていることがある。
それは確実に、壁が壊れたということ。
私が壁に触ると、さっきまでエリックの魔力でしっかりと満ちていた壁が、少しだけど魔力が不安定になっている。
エリックと魔法を練習してきた私にしかわからないけど、エリックとおじさんのところで何かが起こっている……!
私は皆んなに気づかれないようにその場を離れる。
幸い、私はエリックと訓練しているから気配を消すことは少し慣れている。
時々森の行ったりするしね。
私に何ができるかわからないけど……少しでもエリックの、弟の力になりたい……!
待ってて、エリック!
――エリックside――
「――ぬおっ!」
「――あぁっ!」
俺と親父は魔族の男に挟み撃ちをするように左右から剣を振るう。
「――遅え」
男は俺の脚の腱へ振るった剣と、親父の首へ振るった大剣を身体を横にしながらジャンプして上手い具合にその間を通って躱す。
俺は次の攻撃に繋げようと素早く手首を返して、男の腹へ――しかし、それを読んでたのか見て反応したのか、男は危なげなく持っていた刀で俺の攻撃を止める。
そして俺の腹に蹴りを入れてくる。
「くっ!」
俺は威力を殺すために後ろへと飛んだ。
男の後ろから親父が大剣を振るって攻撃をしていたが、軽く躱されて逆に背中を刀で斬られていた。
「ぐおっ!」
親父は斬られた勢いで俺の隣まで転がってきた。
「親父大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ……なんのこれくらい……」
親父は息も絶え絶えで応える。
こいつと戦う前に元気が嘘のように消えている。
「弱いなー、おっさん。俺の攻撃を躱せてないだろ。今まで強い奴と戦ってきてない証拠だ。経験がない」
男は俺達を見下しながらそう告げる。
確かに、親父はこいつの攻撃を躱せていない。
今までこの村で戦ってきた魔物は、親父が大剣を一回振るって殺せるような魔物ばかりだ。
この村で過ごしてきて魔物とばかりと戦ってきた親父じゃ、この男の攻撃を回避できないのも無理はない。
それだけこの男は戦闘に関して慣れている。
「しかし、不思議なものだ。こんな村でそっちの男みたいに戦闘慣れしているやつがいるとは思わなかった。天性の才能ってやつか?」
男はそう推測しているが、俺は前世から戦いなんて数えきれないほどやってきたんだ。
戦闘慣れしているのは当然だろ。
しかし、俺一時間も魔物と戦ってきて疲れてが出て、動きが鈍ってきている。
特に親父は俺より動いていたので、もうギリギリの状態で戦っている。
「あれだけ魔物と戦ってそれだけまだ余力があるのは素直に賞賛に値するぜ……だが、もうしまいだ」
男がそう言うと、離れている俺たちに向かって手の平を向けてきた。
――まずいっ!
「『風刃シャイドソード』」
男がそう唱えると、俺たちに向かって見えない風の刃が飛んでくる。
「親父横に飛べ!」
俺はそう叫び、親父も俺の声に反応して咄嗟に反応して俺と親父はそれぞれ左右に飛んだ。
俺は早く反応したが、足首のところまで魔法が当たって激痛が走る。
しかし、俺より後に反応した親父は太腿辺りから魔法に当たり、斬り傷が出来て親父も顔を歪ませる。
俺の魔法と同じだが、あいつが方が規模が大きかった。
これが魔力の違いで生まれる魔法の違いだった。
「がぁ!? こなクソ……!」
「――親父避けろぉ!」
「もう遅い――死ね」
倒れている親父に急接近していた男が刀を振るい――親父の右肩から左脇腹にかけて、大量の血が噴出した。
「おやじいぃぃ! くそ、そこを退どけえ!」
「おっと……」
俺は痛みが走る足を無視して、地面を蹴り親父の側にいる男に剣を振るったが、避けられて距離をとられる。
「親父! しっかりしろ!」
俺は倒れている親父を抱え上げて傷口を見る。
結構な深い傷を負っているが、まだ死んではいない。
しかし、早く手当てをしないとまずい。
だが――今俺の目の前にいる男が、そんな隙を与えてくれないだろう。
くそ! どうすれば……!
俺はまた……何も出来ずに失ってしまうのか……!?
その時――。
「――エリック!」
聞き慣れた声を耳にして顔を上げると、破られた壁のところにティナが立っていた。
「なっ! なんでここにいるんだ!?」
俺がそう問いかけてもティナは何も答えずに近寄ってくる。
「あ? なんだその女?」
男は顔を歪めてそう言ったが、襲ってくる様子はまだない。
「ディアンおじさん! こんな傷……!」
ティナは親父の傷を見て顔を青ざめて驚く。
「待ってておじさん! 今――」
「待てティナ!」
俺はティナの口を抑えてその先を言わせないようにする。
ティナは俺より魔法が上手く、しかも俺が訓練とかで森に行って怪我してきたときに魔法で治してくれたことがある。
だから、ティナならこの傷を治せるかもしれない。
しかし、そのことをあの男に知られたら、確実にティナに狙いを定めるだろう。
「親父を連れて逃げてくれ! あいつは俺が倒すから!」
俺はあいつに聞こえるように大声でそう言ってから、小さな声にしてティナに話す。
「魔法を使わないで親父を引きずって、あいつに見えないところまで行ってから魔法で治してくれ」
俺の指示が聞こえたらしいが、少し不安げに俺を見る。
「だけど私、こんな大きい傷治したことないよ……」
「大丈夫だ、ティナ姉ならできる。頼む!」
俺が小さな声で、しかしはっきりとティナに聞こえるようにそう言うと、ティナは小さく頷く。
「……わかった。だけどエリックも死なないでね」
その言葉に俺は立ち上がって、ティナと親父に背を向けて男と対峙する。
「大丈夫だ! 親父を連れて逃げろティナ!」
俺がそう言うと、ティナは親父の腕を持って引きずりながらこの場を離れていく。
親父はデカくて重いと思うが、ティナは俺の訓練を時々一緒にやっていたので、普通の女の子よりかは力があるだろう。
「おい女……そいつを置いてけ、苦しまずに殺せねえだろ!」
男がティナを殺そうと、地面を蹴って物凄いスピードで迫ってくる。
「――行かせねえよ!」
俺はティナと男の間に入り、男が振るってきた刀を止める。
「お前の相手は俺だ」
俺は止めていた刀を受け流し、相手の体勢が崩れたところにまた剣を振るう。
しかし、体勢が崩れたにも関わらず男はギリギリで躱してくる。
そして相手が一度体勢を立て直そうと離れたときには、親父とティナの姿はここから見えなくなっていた。
「ふん……まあいい。あのおっさんはもう手遅れだ。あのままじゃどうせトドメを刺さなくても死ぬだろうな」
男はニヤニヤと笑いながらそう言う。
こいつはティナが魔法を使えるとは思っていないだろう。
魔法を使えばあの深手な傷でもなんとか治せるかもしれない。
「そうか……もう俺は被害を出さないために、お前をここで殺す」
「はっ、やれるものならやってみろ。お前を殺せばあとは簡単にこの村なんか滅ぼせるんだ」
「やらせねえよ――護るために俺は生まれてきたんだから」
――親父のこと、頼んだぞティナ姉。
俺はそう心の中で呟き、地面を蹴って男に攻撃を仕掛けた――。
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