第14話 親父

「はっは! ほらもっと来いよてめえら!」

「黙って戦えないのかよ親父……」


 親父が壁を乗り越えてから数十分経った。

 俺と親父は背中合わせで今なお、魔物と戦い続けている。


 俺一人の時とはやはり比べものにならないくらい楽に戦えている。


 地面にいる魔物を倒していると、またもや夜羽鳥ナイトバードが飛んできた。


「親父!」

「おう! 行けエリック!」


 俺は親父に合図してからジャンプしてナイトバードに急接近して斬る。

 三匹ほど一気に斬った後、そのまま重力に従って落ちる。


 一人の時はこの滞空時間が一番危なかったが――。


「――お前らの相手は俺だぁ!」


 親父が俺がジャンプして着地するところまで、しっかりと魔物を引き付けてくれるお陰で、問題なく夜羽鳥達は倒すことが出来る。


 そして着地した後は、すぐに親父の援護に入る。


 親父も流石に万能ではないから、先程から引き付けている間に何回か攻撃を喰らって血を流している。


 親父の後ろにいるゴブリンやコボルトを斬る。


「親父、疲れてきたか? 休んでもいいんだぞ」

「言うじゃないかエリックよ! 俺はまだまだやれるぞ!」

「それは良かったよ」


 背中を合わせてそう会話してから、またすぐに戦闘に移る。


 もう一時間ほどは戦っている。

 魔物の数も目に見えて減ってきている。


 もう油断しなければ、やられることはそうないだろう。


 しかし――少し俺はここまできて違和感を感じている。


 確かに魔物の数は多い。

 二人掛かりで一時間戦ってやっと全滅させるほどだ。


 だが、魔物の強さはそこまでじゃない。


 少しだけ強い魔物も出て来るがほんの少数で、俺の剣で一振りで絶命させられる。

 親父も大剣があれば余裕で殺せるだろう。


 俺は前世で親父がこの群れで死んだから、親父の強さをそこまで強くないと思い込んだ。

 しかし、今の親父の戦ってる姿を見ると、大剣を持っていれば一人で戦っても大丈夫なぐらいだ。

 親父と、それに他の狩人の人達がどれほど実力差があるのかわからないが、親父一人なら油断しなければこの魔物達にやられることはないだろう。


 なのに、前世では親父は死んでいて、村の皆んなも生き残ってるものは俺以外いなかった。


 今思うとそれもおかしい。

 この数の魔物に襲われた時は全員死んでもおかしくないと思ったが、親父が足止めをしたはずなのに全滅するのは逆に難しい。


 何か――俺は見落としているのか?


「――エリック!」

「っ!?」


 俺が考えに沈んでいると、後ろから魔物が襲いかかってきているのに少し反応が遅れてしまった。

 間に合わない――と思ったが、ギリギリのところで親父がその魔物を殴って吹っ飛ばしてくれる。


「大丈夫か!?」

「悪い親父、ありがとう」

「油断するなよエリック! もう少しだぞ!」

「……ああ、もう大丈夫だ」


 危ない危ない……考えすぎると注意不足になってしまう。


 今は目の前の魔物を殺すことだけ考えよう――。


 俺はそう思い、考えることをやめて剣をただただ速く振るうために動いた。



 ――戦い始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか。


 親父も俺も、もう息も絶え絶えで魔物を殺し続けている。


 何百体といた魔物ももう片手で数えるぐらいの数となっている。


 俺は疲れてきた身体に力を入れる――わけではなく、脱力して相手が襲いかかって来るのを待つ。


 カテラモンキーという爪が鋭い猿の魔物が止まっている俺にその爪で引き裂こうと振り下ろしてくる。

 俺は最小限の動きでその攻撃を躱し、躱した際の動きをそのままにして猿を胴体から斬る。

 その後ろにいるカテラモンキーも動きを止めずに流れるように首を断ち斬る。


 俺は親父が来てから少し冷静になり、自分から攻めずに襲ってくるのを待って反撃するような形で倒すことにしていた。

 自分から動くと迎えに動いている分疲れるので、待ったほうが体力的に効率がいいのだ。


 親父はそんな技術持っていないので、自分から動いて殴りに行っているが。


 そして親父が最後の一匹の魔物をぶん殴って吹っ飛ばした。


「よっしゃぁぁ! 見たかてめえらぁ!」


 親父が勝利の雄叫びを上げているのを見て、俺もようやく倒しきったことを実感する。


「親父、お疲れ」

「おう、エリックもな! お前がいなかったら危なかったかもしれん!」

「……俺の方こそ。親父が来てなかったらやばかったかもしれない」


 実際、親父が来てから俺は一回も攻撃を喰らってない。

 それだけ戦いでも精神的にも楽になったのだ。


「そうか! まあこれは親子二人の勝利ということだ!」


 親父は俺に拳を向ける。

 疲れ切った顔だが、その顔はとても良い笑顔だ。


 前世では背中と険しい顔が最後に、その笑顔を見ることができなかった。


 俺は達成感を覚えながら、親父と同じように拳を握った――。



「――まだ勝利の美酒は味わえねえだろ」



 ――親父の拳に合わせようとしたその時、すぐ隣から低い声が響いた。


「――なっ!?」


 その声を発した男から殺気を感じて、俺はすぐに態勢を整えようと後ろに下がる――が、親父は少し反応に遅れた。


「オラァ!」

「――がっ!?」


 親父はそいつに蹴り飛ばされて吹っ飛んだ。

 そして吹っ飛んだその先には俺が作った壁があった。

 親父はその勢いのまま壁に激突して――壁がぶっ壊れて土煙の中に消えていった。


「――オヤジィィ!」


 俺は親父が吹き飛ばされた方を見て叫ぶ。

 あの壁は魔物に破られないように、今俺が出来る最高の魔法で硬くしてあった。


 その壁を吹き飛んだ親父が破るなんて、どれだけの威力で蹴られて、そしてどれだけのスピードでその硬い壁に激突したのだろうか。


「――余所見してていいのか?」


 俺が親父の方を見て叫んでいる間に、オヤジを蹴り飛ばした奴は俺の懐に入ってきていた。


「――舐めるな」


 しかし――その行動を俺は読んでいたので、懐に入ってきた男の首を狙って剣を一閃した。


 ――死ね。


「くっ――危なかったな、今のは。ギリギリだ」


 だが、そいつは俺の懐まで入ってきておきながら、俺の剣を紙一重で躱して俺の間合いから離れていく。


 こいつ……速い。

 俺の方が完全に動き出しが速かったはずなのに、それを見てから反応してギリギリだが避けやがった。

 前世での経験で、不意打ちをしてきた相手を返り討ちにしていたので、今回もそうしたがあいつの方が速かったせいで殺せなかった。


 離れてわかるそいつの姿。

 声からもわかったが男で、身長が俺より少し高い。

 黒髪でオールバックにしている。

 黒いの見た目豪華な服を着ていて、全身真っ黒である。

 悪人顔をさらに悪くしたようにニヤニヤしている。


「強いな、お前。今吹っ飛ばした男より断然だな」


 男に言われてハッとなり、改めて親父が吹き飛ばされた場所を見る。


 土で出来た壁が崩れたことで、まだ砂煙が舞っていて親父の姿が見えない。


 親父のところに駆けつけたいが、そんなことをすればこの男が黙って見てないだろう。


「お前……何者だ」

「俺か? そうだな……こいつを見せればわかるか?」


 そう言うと男は一度眼を閉じて、開ける。

 すると特に特徴も無かった目が――真っ赤に染まった。

 さっきまで黒かった部分が真っ赤に染まって、血を思わせる色と変化した。


「その目――魔族か」

「――ご名答」


 ニヤッと笑って答える男。


 この世界にはいろんな種族が生きている。

 その中で魔族の特徴としては、魔力を操る時や戦闘の時に目が赤くなるという特徴がある。


「よく知ってたな。こんな田舎の村のやつが」

「ああ……お前らのことはよく知ってるさ」


 前世の頃、何度もお前ら魔族とは戦った。

 魔族は一部を除いて好戦的な奴が多い。

 特に魔族の国の王が好戦的だったら、いろんな種族の国に戦争を仕掛ける。


 俺はそんな戦争を何度も見てるから魔族のことは知っている。


 それに俺がお前らに詳しいのはそれだけが理由ではない。



 ――俺の愛する女、イレーネも魔族だからだ。



「その魔族のお前が、こんな田舎の村に何の用だ?」

「これから死ぬお前には関係ない話だが……冥土の土産に話してやろう」

「そうかよ……それはありがたいな」

「この村の近くにあるベゴニア王国。そこを俺の国が今度滅ぼそうと計画している。そこで、この村の場所を本拠地として準備を整え、攻め込もうってことだ」

「なるほどな……」


 つまり、こいつの国は好戦的な魔族の国ってことだな。


 こいつも戦いが好きそうな顔をしてるしな。


「俺はこの村を滅ぼせって命令されてな。めんどくさいから魔物にやらせようとしたが、こんな寂れた村にお前みたいな奴がいるとは思わなかったぞ。少しは楽しめそうだ」

「やっぱり好戦的かよ……」


 思った通りの男だったな。


 つまり前世の時に、親父が死んだのも、村の皆んなの生き残りがいなかったのはこいつのせいってことか。

 こいつが親父を殺して、村の皆んなを殺したんだ。


 しかし――気に喰わない。


「さっきから聞いてれば勝ったつもりでいるらしいが……負けるつもりなんて俺には全くないぞ」


 俺は殺気をぶつけながら剣の切っ先を男に向ける。


「はっ……そんなボロボロの身体でよく言えるな」

「……」

「俺が今になって出てきた理由はそれだ。お前が万全の状態だったら俺の苦戦するかもしれんが、お前はさっきまで魔物と戦ってボロボロだ」


 悔しいが男の言う通り、俺の身体は流した血で汚れている。

 魔物に噛まれた腕はズキズキと痛み、まだ血が止まっていない。


「俺は頭がいいからな。敵は弱らせてから戦うんだ。そして、弱い方から仕留めるというのも狩りの鉄則だ」


「――誰が弱いだと!?」


 俺の後ろから男の言葉に反応して叫ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、親父が頭から血を流しながらこちらに来るところだった。

 その目は死んでおらず、男を鋭く睨んでいた。


「礼を言うぜお前! お前のおかげで俺は――大剣を持って戦うことが出来る!」


 親父は肩に大剣を担ぎながら近づいて来る。

 壁を越える時に置いてきた大剣を、あいつに吹っ飛ばされたおかげで取りに行くことが出来たのか。


「親父……いけるのか?」

「お前一人戦わせるわけにはいかんだろ! 俺はまだまだいけるぞエリックよ!」


 ――頼りになる親父だ、全く。


「――死ぬなよ、親父」

「誰に言っている! 俺は漢おとこの中の漢だ!」


「ふらふらのおっさんが何言ってんだか……いいだろう、二人まとめてかかってこい――二人仲良く冥土に送ってやろう」

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