第13話 背中


「はぁ……はぁ……!」


 俺は今――魔物の大群のど真ん中で、殺し合いをしている。


 飛び散る血、宙を舞う首、四肢がどこか欠損したり上と下で別れたり身体から真っ二つにされたりしている魔物の身体。

 どこもかしこも死体だらけ。

 地面には血だまりが溢れかえり、死体が足の踏み場をなくしている。


 その惨状を繰り広げている俺だが、俺も結構傷を負っている。

 流石に何百体を相手して無傷ではいられない。


「くっ! 『刃風シャイドソード』!」


 戦いながら魔力を貯めておいて、魔法を魔物へと放つ。

 当たった魔物は真っ二つになり、さらにその後ろにいる魔物も五匹ほど身体の一部が宙に舞う。


 八歳の頃、森でレッドボアにやった魔法と同じだが、あれから魔法の練習を約二倍の時間費やしたのだ。

 あの頃よりかは随分と魔力の威力も強くなっている。


 しかし、これほどの数の魔物を殺してもまだまだ森の奥から魔物が出てくる。


 今俺は一週間ほど前から準備していた、村を囲むほどの壁を背に魔物と戦っている。

 村を囲む壁を作ったのは魔物が一匹も村の中に入らないようにするため。

 それと、村人も誰も逃げられないようにするためだ。

 この魔物の群れが来た方向とは逆の方向に逃げても、森にはまだ魔物がいるかもしれない。

 だから村の外に逃げられると、全員助かるとは考えにくい。


 そしてこの壁があるおかげで、目の前からしか攻撃は来ないというのはとても戦いやすい。

 前世では全方位から飛んでくる矢やら魔法やらを避けまくって戦っていたからな。


 しかし――有利な形で戦っているが、とても厄介な魔物がいて困っている。


「くっそ、また来たか!」


 俺はその魔物に攻撃するために跳ぶ――そして、三体ほどの夜羽鳥ナイトバードを斬り殺す。


 厄介な魔物とはこの夜羽鳥である。

 高さを約三メートルにした壁だが、この魔物は飛ぶので余裕で壁を超えてしまう。

 一匹でも逃したくないので、いちいちこいつらのために跳んで攻撃しないといけない。


 こいつら自体はそこまで問題ではない。

 簡単に斬り殺せるが、その後が問題なのだ。

 空中では自由が効かなくなるので、空中にいる時や降りた瞬間に魔物に攻撃される。

 先ほどから攻撃を喰らうのはその瞬間だけである。


「――いっ!?」


 俺が空中で降りている最中に左腕に鋭い痛みが走る――。

 見てみると狼の魔物が俺の左腕に噛み付いているのだ。

 俺が見えないところでジャンプして噛み付いてきたようだ。


 左腕に噛みついている狼の脳天に、剣を突き刺す。

 そのまま横に薙ぎ払い狼の魔物を斬り飛ばす。


 結構深く噛まれてしまったらしく、左腕の噛まれたところから血が止まらない。


「はぁ……はぁ……!」


 着地するとすぐに俺は壁を背にして魔物と対峙する――が、一瞬だけだが初めて俺は壁にもたれかかってしまった。


 ――なにへばってんだ俺は!


 全てを助けるって誓っただろ!

 これくらいでへばってたら出来るわけないだろ!


「――俺は負けるわけにはいかないんだ!」


 そう思って壁から離れて魔物の群れに突撃――しようと思ったその時。


「エリィィィィク! どこだぁぁぁぁ!」


 壁の向こう側、すなわち村の中から耳慣れた声――親父の声が聞こえた。


 恐らく、いなくなった俺を探しに来たのだろう。


 しかし、俺は返事をしない。

 ここで返事をしたら親父はなんとかしてこっちに来ようとしてしまう。


 親父は強いが、ここ数年で俺の方が強くなった。

 万が一親父が死んでしまったら、俺が前世からこっちに来た時に誰も死なせないという誓いが破れることになる。


 だから俺はここで一人、黙って魔物を倒し続けよう。


 そう思って俺は近づいてくる魔物に剣を振るい、両断する。


「むっ、剣が大気を裂くこの音……そこかエリック!」


 ――マジか!? それで気づくか!?


 俺は驚いて固まってしまったところに、狼の魔物が地を這うような低い体勢で襲ってくる。

 そいつの胴体を斬るとそいつは断末魔のような悲鳴をあげてしまう。


「やはりそこか! エリック! いるのだろう!」


 魔物の悲鳴が決め手となり、俺がここにいることがバレてしまった。

 くっそ……固まってしまったから首を斬って断末魔を上げることなく殺すことが出来なかった。


 親父は壁をドンドンと殴って俺に話しかけてくる。


「はぁ……いるよ、親父」


 仕方なく、俺は親父に返事をする。


「エリック! なぜ壁の外にいるんだ!?」

「……俺がこの壁を作ったからだよ」


 俺と親父は壁越しに話す。

 壁を作ったのが俺だとはあまりバレたくはなかったが、多分ティナ姉にはバレるから親父にも言ってもいいだろう。


「何? お前が作った? いや、そんなことよりエリック、今お前一人で戦っているのか!?」

「ああ、そうだよ!」


 襲いかかってくる魔物を倒しながら俺は答える。

 親父は壁のことは置いて俺の心配をしてくれている。


「俺も戦うぞ! この壁をぶっ壊すから待ってろ!」

「待て親父! この壁を壊したら魔物が村の中に入る! それだけはダメだ!」


 ここだけ壊してしまったら、今まで魔物から守っていた壁が今度は逃げることを阻む壁になってしまう。

 それだけは避けなければならない。


「ぬっ、じゃあどうすればいい!?」

「俺一人で大丈夫だ……親父は母さん達が無事か見に行ってくれ」


 多分母さんのことだから、戸惑う村人達を落ち着かせているだろう。


 親父はまだそこにいると思われるが、黙っているので何を考えているのかわからない。


 するとまた夜羽鳥が空を飛んで壁を越えようとしていたので、ジャンプして斬る。

 俺のようにジャンプが出来れば壁を超えられると思うが、親父はそんな身軽ではない。


 俺が着地する時に、また魔物に襲われる。

 今度はキラーアントという大きな蟻アリのような魔物に背中を鋭い爪で抉られる。


「くっ!」


 痛みを我慢して腕を振るい、そのキラーアントを両断する。


 そしてまた壁を背にして息を整える。


 すると、壁の方で親父の足音が遠ざかっていくのが聞こえる。


 それでいい、親父……。

 俺のことは心配しないでいい。

 母さんや、ティナのことをしっかりと守ってくれ。


 そして俺はまた覚悟を決めて魔物と戦おうとしたが――。


 遠ざかっていた足音がまた近づいてきていた。

 しかもとても速く、確実に壁に突撃するような勢いで。


「うおおおぉぉぉぉ!」


 親父の雄叫びが聞こえる。

 まさか――壁を破るつもりか!?


「親父、やめろ!」


 俺はそう叫んだが、親父が止まる様子はなく――。


「――そいやっ!」


 親父の気合いの声が聞こえたが、俺の背中にある壁が破られる気配はない。


 親父は何をしたかったんだ?


 と思ったのも束の間――。


 地面に大きな影が出来たので、何かと思い上を見上げると――親父のケツがあった。


「はっ? うおっ!?」


 呆然として当たりそうになるが、反射で俺は躱すことに成功した。


「いつつ……よし、成功したな!」


 親父はケツから地面に着地して派手な音と砂埃を立てて、ケツを摩りながら立ち上がる。


「な、何やってんだ親父!」

「お前の加勢に来たに決まってるだろ!」

「いらないって言っただろ! それに剣はどうした!?」


 親父はこっちに来たのはいいが、丸腰でいつもの大剣をを持っていなかった。


「お前が壁を壊さないでこっちに来いって言ったから、大剣を地面に刺してそれを踏場にして壁を超えて来たんだ」

「はっ? な、何やってんだよ……」


 親父はこっちに来るために唯一の武器を置いてきてしまったらしい。


 そんなんじゃこっちに来ても意味ねえじゃねえか!


「っ!? 親父!」

「むっ?」


 親父が俺の方を向いて喋って気が逸れてる時に、親父の後ろから狼の魔物が襲って来た。


 まずい、出遅れた――!

 親父が殺やられる――!


「――ふんっ!」


 俺がそう思うも、親父は振り向きざまに拳を振るい、狼の顔面を捉えて吹っ飛ばした。


「……まじか」


 俺は予想以上の親父の強さに言葉が出ない。


「はっ! 俺の武器はこの身体だ! 大剣が無くても俺は戦えるぞエリック!」


 親父は己の身体を自慢するようにポーズを取る。


 ……それが無ければ素直に尊敬出来たんだがな。


「親父ふざけてないで。次も来るぞ」

「はっ、ヌルいヌルい! 俺と肉弾戦でタイマン張るならレッドボア五体は連れて来い!」

「それタイマンじゃないからな」


 次々と襲って来る魔物を俺は剣で斬って殺して、親父は殴り飛ばす。

 死なない魔物も多いが、大体の魔物は一撃で殺すか気絶させている。


 親父は前世ではこの魔物群れを相手に死んだから、ここまでの実力はないと思っていたが……俺も見る目がないな。


「――頼りになるな、親父」

「ん!? 何か言ったか!?」

「何も言ってねえよ!」


 俺は親父にそう叫びながら剣を振るう。


 そしてまた魔物を斬って下がろうとすると、親父も同じタイミングで下がってきた。


 俺の背中と親父の背中がくっついて、また俺は先程壁にもたれかかってしまったように少し体重を掛けてしまう。


「どうしたエリック! 疲れたんだったら休んでいいんだぞ!」

「はっ……抜かせ親父。まだまだ余裕だよ」


 壁にもたれかかってしまった時とは違う、親父の背中には安心感があった。


 ――前世で最後に見た親父の姿は、俺たちを護るために魔物の群れに立ち向かう背中だったな。


 今、親父はそのでかい背中を預けてくれている。

 そう思うと俺は無意識に口角が上がってしまう。


「親父――背中は任せた」

「おう息子よ――俺の背中も任せたぞ」


 ――もちろんだ。

 あの時は見送るしかなかったその背中を――今度は俺が絶対護るからな、親父。

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