第9話 誕生日

「エリックちゃん、誕生日おめでとうー!」

「エリック、おめでとう!」

「――ありがとう母さん、ティナ姉」


 今日、俺はとうとう十六歳になった。

 前世で一度も忘れはしなかった――この年。


 今俺は家で母さんや親父、ティナにティナの両親にサプライズのような形でお祝いされている。


「エリックよ! お前のために俺が森で獲物を狩ってきたからな! 今日はたらふく肉を食っていいぞ!!」

「エリックちゃん、お肉も良いけど私とティナちゃんが一緒になって作ったケーキも食べてね~」

「美味しく作れたと思うから、よかったら食べてね」

「うん、親父もありがとう。ティナ姉の作ったものなら喜んで食べるよ」


  親父もいつも以上にうるさく騒いでいて、母さんはそれを笑って呆れながら見ているが今日は止める様子はない。

 ティナの両親も俺のことを自分達の息子のように祝ってくれる。

 ティナも自分のことのように俺の十六歳の誕生日を喜んでくれる。


 俺はそれが何より嬉しく思いながら――頭の中では明日のことを冷静に考えていた。



 明日――俺が前世で最も力を欲して悔やんだ日であると言っても過言ではない。

 全てを失った日。それが俺の十六歳の誕生日の次の日だったのは文字通り、『死んでも忘れていない』。


 俺は生まれてから明日のために力をつけてきたのだ。

 全てを救うと決めた時に、まずこの十六歳の時に起きた事件を救わないことには始まらない。


 大丈夫だ……。明日のために準備もばっちりしている。

 前世の時は誕生部の次の日に地獄に落とされた気分だったが……次の日だったからしっかりと覚えていたと思うと何もない日よりかは覚えやすくてよかったのかもしれない。


「エリック? どうしたの?」

「……ん? あ、いや、なんでもない」


 俺が明日のことを考えていてるとティナが俺の様子を不思議がって話しかけてきた。

 気をつけなけないといけないな……ティナや母さん達には心配かけたくない。


 俺が明日のことをここの誰かに言っても、信じるのは難しい。それにこの人数が信じても村の皆が信じて行動してくれるわけではない。

 だから俺は明日のことは誰にも言わずに、出来れば秘密裏にことを終わらせたいと思っていたが……さすがにそれは出来ないと思って違う方法を取って村を守ることにした。


「皆、ありがとう」


 俺は誕生日を祝ってくれる皆に心配かけないように笑顔でこの幸せな時間を過ごした――。



 その夜――。

 俺は一人で森に来ていた。


 明日――この村は魔物の大群に襲われる。

 明日の昼頃に、村を囲んでいるボロい柵を踏み倒しながら何百匹という魔物が村に押し寄せてくるのだ。


 俺はそれを生まれる前から知っているのだ。だからこうして訓練をして力をつけてきたのだが……。


「おかしい……」


 明日のため、俺は出来る限り魔物を減らすために今日の夜のうちにこの森まで来ていた。


 しかし――もう数十分もの間魔物を探しているのだが、一匹も魔物が見当たらないのである。


 いつもならここまで森の奥に来ていれば数匹とは遭遇していいはずだ。

 それに魔物は夜行性の方が多い。昼でもそれなりに動くが、夜の方が活発的になることが多いのだ。


 特に夜羽鳥ナイトバードなどは夜目が効く黒い鳥で、動きが素早く夜の闇に紛れて厄介な魔物などがこの森にいるのだが……一匹も見当たらないのはおかしい。


「これは……明日の襲撃の前兆か?」


 冷静に考えるとおかしいのだ。

 俺がこの村に生まれてから、前世でも今世こんせでも明日起こるような大規模な魔物の襲撃などは今まで一度も起こらなかった。

 今まであったとしても、せいぜい数匹の魔物が畑を荒らしに村へと降りてくるぐらいなのだ。


 ここまで魔物がいないと……さすがにおかしすぎる。確実に、明日の魔物の襲撃に関係していることだろう。


「この森で……何が起こっているんだ?」


 俺はそんなことを考えながら森の中をもう少しだけ歩いて捜索してみたが……やはり一匹も魔物を見つけることが出来なかった。


 仕方なく俺は来た道を戻り始めたが――瞬間、俺は視線を感じた。


 勢いよく後ろを振り返って腰に差してる剣の柄つかに手を添えて周りを見渡したが……何も気配は感じない。


 確かに視線を感じたが……気のせいか?

 いや、今の視線は魔物に見られるというよりかは……人に見られた感覚に近かった。


 しばらくその場で臨戦態勢で気を抜かずに待機していたが……どこからも何も感じないので剣の柄から手を放す。


 やはり気のせいだったのか? 明日のことを考えすぎて疑心暗鬼になっていたのかもしれない。


 もう戻って寝よう。

 明日は――今世に生まれ変わって最初の大きな出来事が起こるのだ。寝不足で力が出ないとなったら本末転倒だ。


 俺は疑問に思いながらも森を後にした――。


 ――――


「ほう、あの程度の気配を察知したとなると……くくくっ、なかなか楽しめるかもな」


 ――――



 俺は家に戻って母さんと親父が起きないように両親の部屋の前を足音を立てずに静かに通り過ぎて、自分の部屋に向かう。

 自分の部屋に入ってベッドを見ると……ティナが既に俺のベッドで寝ていた。


 俺が三歳の頃からティナとは一緒のベッドで寝ることがあったが……まさか俺が十六歳、ティナが十八歳になってもまだ一緒のベッドで寝るとは思っていなかった。

 前世では……覚えてないな。一緒に寝た覚えはあるが、ここまで仲良くずっと寝ていたかはわからない。


 俺はティナを起こさないように注意しながら布団に入り込んでティナの隣に寝っ転がる。


「ん……えりっく……」


 布団に入り込むとティナがそう呟いたのが聞こえた。

 起こしたのかと思ったが、ただの寝言のようだ。


「えへへ……かわいい……」


 ……俺のことを言っているのだろうか?

 わからないが、夢を見て幸せそうに眠っているティナの方が可愛いことは確かだ。


 俺は幸せそうに微笑むティナの顔を眺めながら、起こさないように頭を撫でる。

 寝ているときは髪を縛ってないので、子供の頃より長くなった髪を指が絡むことなく透き通るように撫でることが出来る。


 俺が撫でると眠っていてもわかるのか、くすぐったいように身じろぎしながらも「ん~」と言って身体を俺の方へ摺すり寄せてくる。


 俺はこんなに可愛らしいティナの様子を見ながら物思いにふける。



 明日……魔物の襲撃を防げなかったら――俺はこの笑顔を失うのだ。


 いや、俺は一度失ったのだ。

 前世の頃、俺は何も力が無かった。村を襲う魔物をただただ恐れて、逃げ惑った。


 親父や他の狩人の皆がなんとか魔物を倒して村の皆を逃がそうとしたが、すぐに魔物の多さに限界が来て一人ずつ死んでいった。

 親父が最後まで倒れずに戦っていたのを俺は覚えている。


『セレナ!! エリック達を連れて逃げろ!!』


 親父の戦う最期の背中を見届けて、俺は母さんとティナに連れられて村を抜けて森の中を走った。

 しかし、いつのの間にか魔物に追い付かれていて……母さんは囮になって俺達と別れて走った。


『エリックちゃん、ティナちゃん……愛しているわ』


 ティナと一緒に走っているときに後ろから聞こえてきた母さんの悲鳴と……それが急に途絶えて静まった森を俺は今でも忘れられない。


 そしてその後も必死に二人で逃げたが、すぐに追いつかれたのだった。

 崖まで追い詰められた状態でティナは――俺を抱えて崖へと落ちた。


『エリックは、死なせない……生きて……!』


 ティナは俺を強く抱きしめて崖へと落ちていき、俺は強い衝撃が来るとともに気絶した。


 その後、俺は傷だらけになりながらも生きてはいた。俺を見つけた人が言うにはすぐに治療しないと死んでいたらしいが。

 そして俺が生きていた最大の理由は――死んでもなお、俺の身体を抱きしめていたティナのおかげであった。


 俺は助けられたのだ。親父に、母さんに、そしてティナに。

 何も力がなかった俺は、ただ助けられただけだった。

 親父のように魔物を倒す力もなく、母さんのように大事な人を護るために犠牲になる覚悟もなく、ティナのように自分が死んでも人を護るような勇気もなかった。



 そんな俺が今……やり直せるチャンスが来たのだ。

 もうあんな思いをするもんか。



 必ず……助けるんだ。街の皆を、父さんを、母さんを。

 そして――目の前で寝ているティナの笑顔を、失いたくないから。



 そう誓った俺は、ティナがいつも通り俺に抱きついてきて眠り始めたので、ティナの体温を感じながらゆっくりと目を閉じた――。

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