第7話 才能


 俺がティナに魔法を教えるようになってから二年が経った。

 つまり俺は今五歳で、ティナは七歳である。


 今までは身長が俺の方が極端に低かったので見上げる形だったが、今では一〇センチぐらいの差なのでそこまで見上げるというほどではなくなってきた。

 これは俺の精神的に良い傾向だ。いくら姉のような存在のティナでもそこまで身長の差があるとなかなかショックだったのだ。

 たびたび言っているが、俺は二〇を超えている大人だ。こっちの年齢も加えるとそろそろ三十路を超える。

 そんな精神だけ大人の俺が小さな子供に見下ろされていると思うと……なんだか傷付く。小さい男だな、俺は。


 そんな小さな俺だが……身長以外にもっと精神的に傷ついていることがこの二年の間に出来てしまった。


 今俺はティナと共に走り終わって、家の庭で魔法の練習をしている。


 最近俺は生活魔法は前世の俺と同じくらいまで出来るようになってきた。

 つまり――魔法の質も前世と同じくらいになっているということだ。

 わずか五年でここまで成長するとは自分でも思っていなかった。これは嬉しい誤算だ。


 ティナは俺の横で……同じ魔法を発動している。


「エリックー、水出すことできたよー」

「……うん、ティナは凄いな」

「えへへ……エリックもやってみてよー」


 ティナは手の平から水を地面に垂れ流しにしている。

 俺も横で魔法を発動して水を出すが……人差し指からチョロチョロ出る程度で、ティナの出る水の量とは比べものにならないぐらい少ない。


「エリックのすくなーい!」

「……そうだね」


 ――これが俺がこの二年の間に精神的に傷ついてることだ。


 今のを見てわかる通り――ティナが経った二年で俺の魔法を超えてしまったのだ。


 俺が五年間……いや、前世も合わせれば一〇年以上やっている魔法の練習をティナたった二年で追い越してしまったのだ。

 正確に言えば魔法の質を追い越されていて、魔素の量はさすがに五年増やしてきた俺とまだ二年しか増やす練習をしていないティナでは俺の方が多い。

 しかし……魔素の量も追いつき追い越されるのは時間の問題である。


 ティナに魔法を教えてしまったことを既に後悔している……こんなにもあっさり追い抜かされるなんて思ってもいなかった。

 まさかティナにこれほどの魔法の才能があったなんて……俺のガラスの心はもう砕け散りそうだ。

 七歳の子供にもう既に魔法を追い抜かされてるなんてもうほんと……辛いです。


「見て見てエリック! 葉っぱが舞い上がってくよー!」

「……うん、掃除したばっかの葉っぱをそうやるのは少しいただけないが、凄いね」

「お姉ちゃんすごいでしょー!」


 ティナは褒めて褒めて、というように俺の方に満面の笑みで俺の方に駆け寄ってくる。


「うん、お姉ちゃんは凄いね」


 俺はティナの頭を撫でながら褒めてあげる……心は複雑すぎてちょっと辛いが。

 しかし、俺が撫でると気持ちよさそうに笑うティナが可愛くてついつい撫でてしまう。


 ティナが何の悪意無く、俺より上手いのに俺にいちいち自慢してくるようにしてくるのは可愛いのだが……やはり内心複雑である。

 これが嫌味ったらしく言ってきてたらまだ対処できるのだが……幼いティナがそんなことするはずもなく、ただ俺がやりきれない気持ちになるだけだ。


 俺とティナが一緒に魔法の訓練をしていると、ドンドンとうるさい足音を立てながら親父が庭にやって来る。


「エリック! 鍛錬しているか! ティナの嬢ちゃんもやってるな!! それでこそエリックのお姉ちゃんだ!!」

「うん、やってるよー」

「よし、さすがだぞ!」


 親父はティナの頭を掴むようにして乱暴に撫でる。

 ティナの頭がぐりぐりと動いているのを見ると痛そうに見えるが、ティナは意外とお気に入りらしい。

 嬉しそうに「きゃー!」と言いながら受け入れている。

 しかし親父が頭を撫でるとティナの髪が乱れるので、母さんは親父に止めるように言っているが一向いっこうに止める気配はない。


 俺も軽く頭を撫でられるが、前世の頃から俺はこの頭撫では少し嫌いだからサッと避けるようにすぐに頭から手を離させる。


「エリックよ、今日も剣の鍛錬をするぞ!」

「っ! わかった」


 二年前、親父に剣を教えて欲しいと言ったらすぐに嬉しそうに教えてくれると言ってくれたのだ。


『三歳にしてもう剣を学びたいと申し出るとは! それでこそ俺の息子!! 漢だ!!』


 ……まあほぼ予想通りの反応をしてくれたおかげで剣の訓練にまで辿り着けているから良かった。

 母さんとかは反対していたが、俺から言い始めたことなので無理には止めなかった。多分、親父が無理やり俺に教えようとしたのなら止めていたが。


 そういうわけで、庭に俺の身長と同じくらいの案山子かかしのようなものを親父お手製で作ってもらって、俺はその案山子に木剣を振るうというような感じで剣の練習をしていた。

 木剣も親父お手製である。意外と厳いかつい顔のわりに器用な部分がある親父であった。


 親父は早く俺に真剣を持たせたいらしいが、さすがにそれは母さんに止められていた。

 俺も本当は真剣を持ちたいのだが……この身長でこの体格。まだ筋力も十分についてない状態で重い真剣で練習したら変な癖がつくかもしれないから我慢するしかない。


 子供になってから初めて剣の練習をした時は驚いたものだ。三年間剣の練習をしていないと、ものすごく感が鈍っていると実感した。

 この二年間剣を持たなかった日はなかったが、剣は前世の頃と比べたらまだまだである。

 本当はもっと一日中剣を振りたいぐらいなのだが母さんが止めるし、俺の体力的にもまだ無理だから今は我慢の時間だ。


 前世の感を戻せるようになるのはいったい何年後になることやら……。


「そうだ! そこだ! もっと深く入り込んでからの斬り上げだ!!」


 隣で叫んでいる親父をほとんど無視して俺は俺なりに鍛錬を続ける。

 親父は力でゴリ押ししていくタイプだと思う。持ってる武器も自分の身の丈以上の二メートルはありそうなでっかい大剣だしな。

 しかし俺は全く違う、むしろ逆と言っていい。技術で相手の急所を突いて殺す感じだ。だから剣もそこまで大きくなくて普通の長さか、少し短いぐらいが丁度いい。


 だから俺はコンパクトに、最も早く剣を振るうことを意識して鍛錬しているが……。


「なんだそのちっちゃい振り方は!? もっと振りかぶって力を込めて剣を振るうんだ!!」


 ……親父はそれが気に喰わないらしく、何かと注意してくる。


 さすがにずっと無視しているわけにはいかずに、親父がいる時だけは言うこと従って剣を振るう。


「よし! その調子だ!! 俺はこれから仕事だから、しっかり続けるんだぞ!!」


 親父が庭から出ていくと同時に俺はため息を吐いて、親父の言い分を無視して俺なりの剣の振り方をする。


 これが前世での剣の感を取り戻すのが遅くなってる理由の一つであるのは否定できない。

 まあ親父も良かれと思って言ってることだから、いたずらに無下むげには出来ないのが困ってるところだ。


「エリックかっこいいなー。私も剣やりたい……」


 隣で俺の剣の練習を見ているティナが面白くなさそうにそう呟いている。


 親父はティナにも剣を教えようとしていたが、母さんとティナの母親に止められていた。

 女の子が剣を振るうなんて物騒だと思ったのだろう。それに普通に生きていれば女性が剣を振るうことなんて特に意味を見出さずに終わるだろう。

 逆に無駄に筋肉がついてしまって女性としてはちょっと忌避きひするものだろう。


 だからティナは剣の練習をしたいと言っているが親に止められているので出来ないのだ。


「ティナ……お姉ちゃんは魔法の練習をすればいいと思うよ。魔法も出来ればかっこいいよ」

「そうかな? うん、わかった! お姉ちゃん頑張る!!」


 ティナは魔法の練習を始める。

 俺が剣の練習をしている間にティナが魔法を練習をするので、魔法の差は離れるかもしれないが俺はティナが帰った後も家の中で魔法の練習をしているから大丈夫だ。

 ……俺の方が絶対に魔法の練習をしている時間は長いのになんでこうも差が出るのか。


 やはり才能の差なのか……解せぬ。

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