第5話 身体も魔法も鍛える
俺がこの身体で目覚めてから、一年と少しが経った。
もうこのくらいになると普通に歩けるようになっていた。普通の赤ちゃんならもうちょっと後らしいが……。
「さすが俺の息子だ! それでこそ漢おとこだ! お前ならもっといける!!」
……と、親父がうるさく言っているので、俺は特に何もなく立ち上がって歩いている。
もうちょっと歩くのは後の方がいいかな、と思っていたが親父のおかげでもう歩いても大丈夫だが……とにかくうるさい。
今も俺の横でうるさく叫んでいて、「もっと熱くなれよぉ!!」とか言っている。
熱くなれって……意味わからん。熱出せってことか? 子供に言うセリフではないだろ。
親父のことは無視しながら俺は外を歩いていた。
外と言っても家の庭みたいなところだったが、それでもずっと部屋の中にいた俺にとっては嬉しい外出だ。
しばらく庭を軽く走るようにして鍛えていたが、家のドアが叩かれて、その後にすぐさま飛んできたような速さでティアが家の庭に入ってくる。
「エリック!」
ティナは俺に走って近づくと、飛びつくように抱きついてくる。
俺はそれを甘んじて受け止めるが、今のところ毎回耐えられなくて尻餅をついてしまう。
勢いよく地面に撃ったお尻を擦さすりながら、ティナのいつも通りの力強い抱擁をそのままにしておく。
初めて会った約一年前から、ほとんど毎日お隣さんのティナはこっちの家に来て俺に抱きついてくる。
最初はまだ立ち上がっていなかったので普通に抱きついてきていたのだが、俺が立ち上がるようになってからというものの、今のように飛びついてくることが多くなった。
一応俺まだ赤ちゃんって言えるぐらいの年齢だから、そんな勢いで抱きついてきたら普通の子は泣くぞ。
そう思っているとティナのお父さんが来て、いつものようにティナが俺に抱きついているのを見て顔を青く染めて必死に親父に謝っていた。
「す、すいません! いつもティナには危ないからやめろと言い聞かせているのですが……」
親父は大袈裟に笑いながら言う。
「はっはっは! 気にすることはない! 元気でいいことじゃないか! それに俺の息子なら俺が直々に鍛えているから大丈夫だ!」
まあ鍛えてはいるが、親父に鍛えられた覚えはないぞ。俺が自ら鍛えているのだ。
親父たちが話しているその間もティナは俺に抱きついていた。
俺も結構言葉をしゃべれるようになったから、それとなくティナに注意してみようと思ったことはあるのだが……。
「えへへ……エリック……ん~!」
……三歳児の超純粋な笑顔をもってして抱きつかれて、それを濁すのはちょっと俺には無理だった。
だって超可愛いぜ? 俺も前世は二〇を超えていたから、子供がいたとしたら今のティナぐらいの年齢になっていたかと思うと、なおさら可愛く思えてしまう。
なぜこんなに懐かれているのかは全くもってわからないが、まあ可愛いから許そう。……何様なんだ俺は。
身体も鍛えているが、もちろん魔素を操る力も鍛えているぞ。
こっちの方が一年ほど続けているので伸びが著いちじるしい。
初めてやった時は三分ほどしか魔素を操るのは出来ずに気絶していたが、一年で一時間は気絶せずに魔素を全力で操れるようになった。
一時間だけであまり伸びてないように思われるが、これでも前世の俺とほぼ同じぐらいに魔素を操れるぐらいになっているのだった。
まあ、魔素の量は前世と同じぐらいに増えてきているが、魔素を操るほどの技量がまだ備わっていない。
魔素を操る技量は魔法を使用しながら鍛えるのが普通なのでまだ焦らないでも大丈夫だろう。
俺は前世では魔法は本当に全然できなくて、付け焼刃程度であった。
どっちかっていうと剣技の方が自信がある。前世では純粋な剣の勝負なら一対一で一度も負けたことはなかった。
だが魔法という不確定要素が入ると、話は変わってくる。
魔法はその時の状態、感情によって全く威力や規模が違ってくる。
例えば料理に使う時に火の魔法を使う時と、憎んでいる誰かを殺そうとした時の火の魔法は、同じ奴が同じ魔素の量を使って魔法を放ってたら後者の方が規模や威力は断然にでかいのだ。
だから魔素を操るのが下手なやつでも、強い感情をもって魔法を放てば自分より上位の魔法を放った相手でも撃ち破ることが極稀ごくまれにある。
それでも魔素を操るのが上手い方が良いに決まっているので、俺は今から練習して鍛えているのだ。
昼は適当に庭で遊んでるふりをしながら体力や筋力を鍛えて、夜は寝てるふりをしながら魔素を操っているのが今の俺の状態である。
夜は寝てるふりというか、一時間ほど魔素を操ったら朝まで寝てしまうといった感じだが。
魔素を操る技量、質が悪いので気絶してから目覚めるのが長いのである。
早く魔法を撃てるようになって質を上げていきたい。
今は昼なので庭で鍛えているところにいつも通りティナが来たので少し休憩に入っている。
「ティナはエリック君が好きなんだな」
庭に生えている木の陰でティナに抱きつかれながら休んでいると、ティナのお父さんがやってきて俺ら……というかティナに話しかける。
「うん! おおきくなったらティナ、エリックと結婚するの!」
――ま、まあ子供の夢というか……そういうのだよな。子供の無責任な将来の約束みたいなものだよな。
「そ、そうか……くっ! もう娘が父離れしてしまった……」
いや、違うだろお父さん。子供のそういうのは本気にしちゃいけないだろ。
「お父さんと結婚するとは一度も言ってくれなかった……くそっ!」
そこかよ!?
ティナのお父さんはふてくされたように項垂れながら家の中に行ってしまった。
「ティナ……ちょっと苦しい」
ティナの抱擁が首を絞め始めたので、俺は声をかける。
「あっ……ごめんね……」
泣きそうな顔で離れるティナにものすごい罪悪感を抱きながら、俺は立ち上がってまた庭を駆け回って鍛える。
ティナは木の下に座って、ジーっとこちらを見ていた。うずうずしていてこちらを見て何か訴えようとしている。
「……一緒に遊ぶ?」
俺がそう聞くと、ティナは花が咲くように笑顔になって。
「うん!」
と、大きく頷いて立ち上がって俺に駆け寄ってきて抱きついてくる。何とか受け止めて倒れないようにする。
いつも思うことだが、勢いよく飛びつかれるとさすがにきつい……力は俺の方があると思うが身長差があるからな。
俺がそう思っているとはつゆ知らず、ティナは俺から少し離れてワクワクが止まらない顔で言う。
「なにするの!?」
「そうだな……鬼ごっこしようか」
「おにごっこ?」
「うん、俺が逃げるからティナは俺を捕まえて」
「エリックに抱きつけばいいの? わかった!」
……間違っていないからいいだろう。
大きく頷くと共に、ティナは俺に向かって飛び込んでくる。
慌てて俺はそれを躱かわして、ティナの後ろに回り込む。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
俺がティナの後ろで手を叩いて煽あおる。煽られたとは思ってもいないだろうティナは笑顔で俺を追いかけてくる。
「待てー! あははー!」
楽しそうに俺を追いかけてくるティナ。
身長差があり、一歳児の男の子と三歳の女の子が本気で追いかけっこなどしたらすぐに一歳児の男の子が捕まってしまうと思うが、俺は鍛えているからそう簡単には捕まらない。
俺の方が本気で走ったら遅いかもしれないが、これは鬼ごっこ。ティナに捕まらなければいいのだ。
子供らしく一直線に向かってくるティナを、最小限の動きで避けて後ろに回り込む。
これが思ったより訓練になっている。前世での感覚を少しずつ思い出してる感覚だ。
しばらくすると、俺は目を閉じてティナの動きを感じて躱すことが出来るようになっていた。
もうしばらく続けて前世での感覚を思い出したかったが、急にティナの動きが止まった。
不思議に思って目を開けてティナを見てみると――目元に涙を溜めて今にも零れ落ちそうになっているティナが立っていた。
「うぅ……エリックが逃げるよぉ……やだよぉ……」
――まずい! やりすぎた!?
俺は動きを止めてティナが突っ込んでくるのを待つ。
ティナは先程よりゆっくりと俺に突っ込んでくるが、逃げるつもりがない俺はティナを迎え入れるように待っている。
そしてティナが俺の身体に触れて抱きつくと、ティナは泣きそうになっていたのが噓だったかのように満面の笑みで俺に縋り付くように抱きつく。
「エリック……えへへ……!」
そう言いながら強く抱きつくティナ。
……首に抱きつかれているが、俺が悪かったからここは甘んじて受け入れよう。
そう思って俺はティナの抱擁をそのままにして、苦しい状態でも魔素を操ることが出来るか試していた。
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