第4話 幼馴染

 俺がこの身体で目覚めてから、五ヶ月ほど経った。


 ようやく首が座って、ハイハイが出来るようになった。

 二〇年以上生きてきた俺にとって、五ヶ月もベッドの上で動けない状態なのは少々キツイものがあった。


 俺はベッドから抜けだして、この部屋のみであるがハイハイを練習する。

 ハイハイは腕の筋肉と、足腰の筋肉がないと出来ないものだから、ずっとやっているとそこの筋肉が痛くなって辛くなる。

 しかしこの幼い身体は明日までに筋肉痛などは残さないので、どれだけやっても今日辛いだけで終わるからどれだけやっても大丈夫である。


 そして俺の目の前にはハイハイしている俺に向かって、手を叩いて褒めたり応援している人物がいる。


「エリック! そうだ! その調子だ! お前ならもっと行ける! もっと熱くなれよぉ!!」


 ……うるさい、鬱陶うっとうしい、うざい。


 この三拍子が揃った男こそ、前世……そして今現在の俺の父親――ディアンである。


 黒髪は短く切り揃えており、無精髭が生えておりそれがかっこいい……と思っているらしく、無造作に生やして放置しているので見る人が見たら不潔だと思うだろう。

 彫りが深くてはっきりしている顔立ちで、『漢おとこ』という言葉を体現しているかのような厳いかつい体つきである。


 父さん……と小さい頃は呼んでいたが、今この姿を見ると親父と言った方が合っている気がするので、親父とこれからは呼ぼう。

 親父はこの厳つい身体を活かして、村から少し出たところにある森で狩人かりうどとして、いろんな魔物や動物を狩猟している。


 この村には何人か狩人の人がいるが、その中でも親父は一番強いらしく村の皆に信頼されている。

 結構強い魔物も倒したことあるらしく、小さい頃は俺に何度もその自慢をしていた。


 しかし――その強い親父も前世では村が滅ぶときに、一番前に出て戦って、そして死んだのだ。


 だから俺は前に親父が一人でこの部屋に来て、俺の顔を覗き込んだ時は母さんと同じように感極まって泣いてしまいそうなったが……。


『我が息子エリックよ! お前は俺を超えていけぇ!! 村の軟弱者なんじゃくもの達みたいにはなるなよ!!』


 と、まだ赤ちゃんである俺に向かって意味わからないことを言っていたので、涙は奥へと引っ込んだ。

 てか、俺が普通の赤ちゃんだったらそのうるさい大声で泣くからな。


「お前も俺みたいな『漢』になるのだ! そして狩人として親子やっていくぞ!!」


 ……と、親父は言っているが俺はそのつもりは全くない。

 俺は村が壊滅した原因を取り除いたらこの村を出るつもりである。


 前世でも俺は親父の後を継ぐつもりはなかった。

 だって……狩人ってかっこいいと思わなかったし、めんどくさそうだったから。

 ていうか、親父が狩人している姿を何回か見たが、俺には合わないと思ったのが一番の理由だな。


 まあ今は親父が応援してくれてるので、頑張ってハイハイをしようか。

 普通の赤ちゃんならこんな長い時間ハイハイなどできないので、普通の親なら不審に思うが……あいにく、いや、幸いか? 俺の親父は普通ではないので大丈夫だ。


 親父に見守れながらハイハイをしていると、ドアが開く。

 そちらを親父と一緒に振り返ると、母さんが立っていた。


「もう! あなた! やっぱりまたエリックちゃんに長時間ハイハイさせて!」

「セ、セレナ……ち、違うぞ! 俺がここに来た時にはもうエリックはハイハイしていて……」

「それを止めさせるのが親でしょ!」


 母さんは普通の親なので、俺が長時間ハイハイをしていたらベッドに戻して休むように子守歌などを歌ってくれるのだ。


 俺のことを想ってやってくれるのは嬉しいが、早く立ち上がりたい俺にとっては少し歯がゆく思うところだ。


 そして村の皆に信頼されて尊敬の眼で見てくる人が多い親父だが、母さんには頭が上がれないらしく、さっきの威勢がどこに行ったのかわからないほどに大きな背中を丸ませて、母さんに怒られていた。


「あ、そうよ。あなたに構ってる場合じゃなかったわ。今大事なお客様が来ているのよ」

「セレナ? その言い方はひどくないか?」


 親父の言い分を無視して母さんは部屋から出て右に曲がる。右に行ったってことは……リビングだな。


 少しすると母さんがこの部屋に帰ってくるが、人を連れてきていた。多分さっき言っていたお客様だろう。


「お邪魔してますディアンさん。今日隣に引っ越させてもらったので挨拶をと思いまして……」

「おお! そうですか! これからお隣同士仲良くしようではありませんか!」


 男の人が入ってきて、親父に手を差し出して挨拶していた。親父もその手を取って握手して話しているが、そろそろ離してやったらどうだ? そのお隣さんの右手から変な音が鳴ってる気がするぞ。


 ようやく親父がその人の手を放して、その男の人は右手を隠しながら左手で摩さすって痺れを治そうとしている。


「わ、私の一人娘も連れてきているのです。ティナ、ほら、隠れてないで出ておいで」


 その男の人は自分の後ろで隠れていた小さな子を、背中を押すように前に出させて挨拶させる。


「……ティナ……」


 その子は強面こわもてな親父の顔を見てビビッて声が小さくなっていたが、しっかり挨拶をしていた。


「よろしくなお嬢ちゃん!!」


 親父はその子の頭を撫でようと手を伸ばすが、その子はお父さんの後ろに隠れてしまった。


「す、すいませんね……」

「あなた、そんな怖い顔で頭を撫でようとするから」

「笑って接したけどな……」

「あなたの笑った顔は子供から見ると化け物よ。トラウマになるレベルだわ」

「そんなに俺の笑顔ってエグいのか!?」


 母さんの言葉にショックを受けて動けなくなった親父をほったらかしにしたまま、母さんはその女の子に目線を合わせるようにしゃがんで話しかける。


「よろしくね、ティナちゃん。おばちゃんとは仲良くしてくれるかな?」

「……うん」

「ありがとね」


 母さんはその子に優しく話しかけて、頭を撫でる。その子も気持ちよさそうに受け入れている。

 てか母さんは全然おばちゃんって見た目でも年齢でもないだろう。親父は……ジジィって感じだが。


「ティナちゃん、おばちゃんにも息子がいるんだけどね……仲良くしてくれるかな?」

「うん……」

「良かった。ほら、あなたどいて。エリックちゃんを紹介しないと」

「あ、ああ……」


 固まってた親父はまだショックから抜け出していないようだったが、俺の目の前からいなくなってその女の子が俺にも見えるようになった。


「エリックって言うのよ」

「えりっく……エリック……」

「そう、覚えるの上手ね」

「そうなんですよ! ティナはまだ二歳なんですけど、凄い頭が良くて!」


 母さんの言葉に過剰に反応したあちらのお父さん。親バカのようで、可愛い娘の自慢をしている。母さんは笑顔で相槌を打っている。

 そんな親たちを無視してその女の子――ティナは俺に近づいてくる。


 幼い顔立ちながら整っている顔の造形は、二歳児ながら将来は可愛くなるであろうと確信させる。赤い瞳に、赤みがかった茶色の髪。

 ぱっちりとした二重の大きな目を俺に向けているティナ。


 そう、この子が俺の幼馴染――前世で助けられなかった、俺にとって姉のような存在であった。


 俺は地面にお尻をつけて座っている状態で、ティナは俺に近づいてきて俺の隣に座る。

 俺の顔を穴が開くんではないかというくらいに凝視してくるティナに、俺はドキドキしながらその赤い瞳を見つめ返す。


「……かわいい……」


 ティナは小さくそう呟いて俺を抱きしめてくる。


 そ、そうだろ? 俺は母さんに似ているからな。

 スカイブルーの瞳も、顔も母さんとそっくりだからな! 親父から受け継がれてるのは黒髪だけであとはほとんどない! 親父はそのことを気にしていることを俺は知っているが、まあそれは置いておこう。


 いや、親父に似ていなくて本当に良かったと思ってるけどな。親父は不細工ではないとは思うが……ちょっと男らしすぎる顔つきをしているから……。母さんにとってはそこが良いらしいが。


 そんなことを思っていたが、さっきからティナの抱きつきの力が少し強い……。

 いや、普通なら耐えられる強さなのだが、ちょっと首締まってる……。


 今まで鍛えていた筋肉を使ってどうにかその強い抱擁から抜け出すと、ティナはめちゃくちゃ悲しい顔をして、今にも泣きだしそうであった。

 もの凄い罪悪感に襲われた俺は、今度は俺からティナに縋すがりつくように抱きしめる。


「あっ……ふふふ……」


 ティナは嬉しそうに笑うと、先程よりも力強く抱きしめてくる。

 うっ……いや、今回は首は締まってないから耐えられる……。


 そうして親たちが気付くまで俺は強い力でティナに抱きしめられていたのであった。

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