第3話 今できること


 俺がこの身体に転生? してから一ヶ月ほど経った。


 転生した日は年甲斐もなく泣いてしまった。前世では二〇を超えた、いい大人があんなに泣いていたと思うと恥ずかしくなってくる。

 目の前にいきなり生き別れた母親が現れたら誰でも泣いてしまうと思う。少なくとも俺はそれだけ驚いて泣いてしまった。


 あの日から順調に俺の身体は成長しているが、やはりこの身体は俺のようであった。

 前世――エリックの俺が、今現在自分自身の赤ちゃんになっているのである。


 ……意味が分からない。

 転生したというのは……まあわかる。世界の理ことわりには適っているとは思う。

 しかし、なぜ俺には記憶があって自我もあるのか。


 そして一番謎なのが――なぜ俺は『俺』に転生しているのだ?


 一ヶ月経って確信した。この身体、この赤ちゃんは俺だ。前世のエリックと完璧に一致している。

 今俺がいるこの部屋、落ち着いて観察すると小さい頃に過ごしていた俺の部屋であった。


 これは転生というのか? 完全に時間が巻き戻っているではないのか?

 いや、この身体が俺ということはわかったが、本当に時間が巻き戻っているのか?


 一か月間何度も考えてみたが、答えは全く出てこなかった。


 そんなことを考えていると、この部屋のドアが開かれる。

 そして入ってきたのは俺に母親――セレナであった。


「エリックちゃん、ご飯の時間よ~」


 母さんは持っていた食事をスプーンですくって俺の口元に差し出してくる。

 俺は小さい口をなるべく大きく開けてスプーンを迎え入れる。


「食べにくくてごめんね~、私のお乳が出ればよかったんだけど……」


 俺の母さんはお乳が出ないらしい。普通の赤ちゃんならスプーンで食べさせるのは難しいと思うが、中身は二〇を過ぎた大人なので頑張って口を開けてミルクみたいなものをすする。


「エリックちゃん偉いわね~、ほとんど溢こぼさずに食べられて」


 赤ちゃんらしい小さい口なので、さすがに少しは溢してしまうけどな。


 だけど俺にとっては母さんがお乳が出てなくてよかった。

 二〇を過ぎた大人が、母親からお乳をもらうというのは少々キツイものがある。


 ゆっくりと時間をかけてご飯を食べ終わり、母さんは俺の口やベッドなどを掃除してから出ていく。


 腹もいっぱいになって、母さんも出ていったのでもう少し落ち着いて考えてみよう。


 この一か月間は、自分の状況を理解して整理するのに精いっぱいだったが、これからのことを考えていかないといけない。


 多分、俺は過去に戻っている。理由などを考えても全く分からないが、俺の母さんやこの家が証拠と言っていいだろう。


 ということは――俺はまた人生をやり直せるのか?


 俺は何もかも助けてこれなかった。

 村が滅んで両親や幼馴染が死んだのも、親友が死んだのも……イレーネが死んだのも、全部俺の実力不足であった。


 俺がもっと強かったら――。


 何十回、何百回とそう思っただろうか。


 そして今現在――俺は赤ちゃんに戻り、やり直しが出来る状態である。


 もしかしたら――俺は全てを救うことが出来るのか?

 何度も何度も、幾度なく後悔したことを俺はやり直せるのだろうか?


 この転生……いや、巻き戻りをした運命。

 輪廻転生だと思いその運命を恨んだが……感謝しよう、この運命に。



 ――全てを救おう、絶対に。



 救えなかったらその瞬間にバッドエンド、終わりだ。

 村のこと、両親のこと、幼馴染、親友、そして愛する人。

 何か一つでも欠けては過去に戻った意味がない。


 前世の俺は妥協して、後悔してきた人生であった。

 全てを懸けて護ると誓った人さえ護れずに死なせてしまい、絶望して俺は自殺した。


 戻ってきて、やり直せるのなら――微塵たりとも妥協しない。後悔したことを全てやり直そう。


 ――俺は傲慢ごうまんに生きて、運命を変えてやる。


 そう思った次の瞬間には、お腹いっぱいになって考えすぎた反動からか、一気に眠気が襲ってくる。

 もっと考えないといけないこと、やらないといけないことがあるが、今はこの眠気に逆らうことは出来ずに意識は遠のいていった――。



 ――そして次の日。


 俺は全てを救うために行動を開始する。

 首も座ってないこの身体でも出来ることはある。


 それは――魔法の練習である。


 身体を鍛えることはできないが、魔法は動かなくても練習できるのだ。

 しかし、実際に火や水を出すわけにはいかない。まあすぐに出せるわけではないが、俺は前世では出していたからな。少し練習すれば出せると思うが、それは歩けるようになって外に出た時にしようか。


 今は身体の中の魔力の素もと、魔素まそを操ってその限界量を増やすことをしていかないとならない。

 魔法を発動するにはこの魔素の量、質が大事になってくる。

 魔素の量は魔法の大きさ、打てる数を増やすのに必須である。これが増えないとすぐに魔法が撃てなくなり、戦いにおいて不利になってしまう。

 そして少しの魔素で大きな魔法を撃つには、魔素の質を上げないといけない。魔素の量だけ増やしていっても、質も上げなけらば効率が良くない。


 魔素の量、そして魔素の質。この二つは動かなくても出来る。

 身体の中の魔素を操るだけだからな。


 本当は外で空気中の魔素を身体に取り入れて練習した方が良いが、それは今は出来ないので贅沢は言ってはいけない。


 しかもこの魔素の量は、十八歳くらいまでが伸びが早くなりそれからはあまり限界量は増えないらしい。


 前世の俺は十六歳の頃から始めたので、約二年しか限界量を増やすことは出来なかった。

 しかも最初の内は魔素の扱いが難しくて、限界量を増やすどころではなかった。


 しかし今回は、コツを覚えている状態で赤ちゃんの今から練習できるのだ。

 つまり俺はこの赤ちゃんの頃から練習できるということは、十八年間増やし続けることが出来るのだ。


 これは大きなメリットだ。今後、俺はいろんな戦いに身を置くことになるので、魔素の量を増やすことが出来るのは嬉しい。


 ということで、今からやっていこう。

 身体の中の魔素を操って手の方に集めたり、もっと細かくだと指の先に集めたりする。


 三分ほど練習をしていると、すぐに疲れてしまった。

 魔素は身体の中から無くなっていくと極度に疲労していき、最終的には気絶する。


 俺はギリギリまで魔素を使っていき、もう指一本すら動けなくなったところで、意識が遠のいていった――。



 ゆっくりと目を開ける――。


 あれから一時間ほどだろうか? 時計は見えないので、正確にはわからないが体内時間的にそのくらいだろうか。

 この『魔素切れ』での気絶、今回は初めてだったので一時間ほどで済んだが、魔素の量が増えていくごとに気絶の時間は長くなる。


 気絶している最中に空気中から魔素を体内に吸収しているので、限界量の六割ほどを超えると目が覚める仕組みになっている。

 だからこの気絶は魔力量が増えていくたびに時間が長くなるのだ。


 しかし魔素の質を上げていけば、空気中の魔素から体内に吸収するスピードが上がるので、気絶時間は短くなる。

 ここでも魔素の量と質が大事ということがわかる。


 よし、このままの調子でやっていこう。


 俺はそう思って先程と同じように魔素の操作を開始したのであった――。

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