第2話 転生?

 闇の中から――意識が浮上してくる。


 俺――エリックは頭の中がぼんやりしながらも今の状況について考える。


 なぜ……俺は生きているんだ?

 俺は死んだはずだ、確実に。イレーネの隣で首を短剣で斬って命を落としたはずだ。


 それなのになぜ俺は今起きようとしているのか?


 目を開けて状況を確認しようと思ったが、どういうことか起き上がれない。

 周りを見渡そうとしてみるが、頭が重いのかなかなか顔を横に向けられない。


 何とか力を振り絞って首を横に倒すように傾けると、見えるのは木で出来た柵。そして柵から見える景色は外ではなく、壁。どこかの家の中のようであった。


 ん? 柵? 壁? 待て、状況が全く分からない。

 背中に当たる地面の感触も硬い土の地面ではなさそうだ。どっちかていうと柔らかくて羽毛のようだ。


 そして横を向いたことにより自分の手――恐らく感覚的に自分の手だと思うが、めちゃくちゃ小さい手である。


 はぁ? これが俺の手? 赤子の手じゃないかっ!


 その後、頑張って足を上げたり自分の身体を小さい手でペタペタと触って自分が赤子同然の身体になっていることに気付いた。


「あうー、あぁあうーー」


 声を上げようとしても、今のこの身体は声帯がそこまで発達していないらしく、言葉にならない声が出る。


 ようやく自分の状況というか、自分の身体の異変に気付いた俺はなんとかこの変化をに理解しようと試みる。


 俺は……どうやら輪廻転生りんねてんせいというものをしたらしい。


 輪廻転生は死んだ魂が、この世に今一度生まれ変わるというのをどこかで聞いた。


 だが……俺前世のこと全部覚えてるんだけど? こうゆうのって記憶は無くなって新しい人生を歩むってことじゃないのか?

 なんで俺は前世……エリックとしての人生をすべて覚えてるんだ?


 ……ダメだ。どれだけ考えても答えは出ない。



 しかし――俺はこの輪廻転生を仕組んだ運命を恨んだ。


 ふざけんなよ……俺はもう死にたかったんだ……。

 もうこの世には俺の生きる意味が何もない……。


 今の俺がこの世界を生きていく活力は全くなかった。


 生まれ変わるなら、前世の記憶を消してくれよ……。


 今、俺の手に剃刀かみそりでもあれば自分の首を躊躇なく掻っ切たかもしれない。

 それ以外に何か死ねる方法があればすぐにでも死んだかもしれない。


 しかし、この赤子の身体では自分で死ねない。

 息を止めようとすれば頑張れば死ねるかも……だが、新しい命である。


 この赤ん坊を生んだ両親は、特に母親はお腹を引き裂かれるような痛みを我慢してこの子――俺を産んだのだ。

 それを俺の前世の都合で死ぬのは申し訳ない。


 しかし――俺は何を生きがいにこの世界を生きられるんだろうか?


 この身体で今後生きていき、どれだけの人と出会っても新たな何かを手にしても――イレーネを失った俺はもう全てを失ったと同然である。


 それだけ、俺にはイレーネが全てだったのだ。



 だが……この命を今すぐに無に帰すのはこの子の両親にも悪いし、もったいない。


 出来るだけ前向きに生きていこうとは思うが――果たして俺は何か手に入れることは出来るのだろうか?



 そう思っていると、何か股間の辺りが暖かくなってくる……。

 あ、そうか。お漏らしか。


 まだ赤ちゃんだからそこらへんは全く意識せずに漏らしてしまった。

 ……本当だよ? 気づかずに漏らしたんだからな? 意図して漏らしたら変態だから、俺は違うぞ。


 しかし、出してるときは暖かくて気持ちよかったが、今はちょっと気持ち悪くなってきた。


「うぅ……うぇぇぇーー」


 とりあえず泣き声を上げてみる。

 これは意図して出しているので、泣き声だが涙は出ていない。


 赤ちゃんは泣くのが仕事というからな。俺は今ちゃんと仕事をしているのだ。


 俺の泣き声に反応してなのか、部屋の外から足音が聞こえてくる。

 そしてこの部屋のドアが開かれる。


 さて、生まれ変わった俺の親はどんな顔なのか――。


 そう思って俺を覗き込んでいる人の顔を見る。


 ――え? ……ま、待ってくれ……。


「エリックちゃん、どうしたの? おしっこ出ちゃった? 今おパンツ変えてあげるからね~」


 俺の目の前にいる人物は――金髪の長い髪を頭の後ろで束ねており、目鼻立ちが整っていて、スカイブルーの眼。ゆったりとしたその喋り方は人を癒してくれる、何回も聞いたことある癒しの声であった。


 そう――俺はこの女性を前世で見たことある。


 俺の前世での母さん――セレナだ。


 なんで……? 見間違えるはずがない、夢にまで見た母さんが……俺の目の前にいる……。


 だが……俺の母親は俺が小さい頃に死んだはず……。


 そう考えている間に、目の前にいる母さんは俺のお漏らししたパンツを変えてくれて、下の気持ち悪い感覚が無くなりスッキリした。


 母さん……本当に母さんなのか……?


 俺は今目の前にいる女性が本当に自分の母親なのか知りたくて、彼女に向かって未発達な両手を伸ばす。


「んー? どうしたのかなエリックちゃん? 抱っこして欲しいのかな」


 その女性は俺の身体を両手で優しく抱き上げて、豊満な胸で抱きしめてくれる。


 柔らかい彼女の身体に自分の身体が沈むように埋まっていく。

 女性の母性の塊と言ってもいいその胸で受け止められて、俺の身体中に彼女の温かさ、匂いが感じられる。


 前世で小さい頃に感じた――あの温もり、匂いであった。


 母さんだ……死んだはずの母さんが、俺の目の前にいて、俺を抱きしめている……。


 俺は小さい頃に失くしたその温もりを身体中に感じて、それをもう失わないように母さんに縋りつく。

 母さんの胸の中で俺は涙を流して、今度はしっかりと泣き声を上げる。


「あらあら、エリックちゃん。本当にどうしたのかしら?」


 母さんは俺の様子を不思議がりながら、身体を小刻みに揺らして泣き止まそうとしてくる。

 しかし、俺はそういった赤ちゃんらしい理由で泣いているわけではないので、いつまでも母さんの胸の中で泣いていたのだった――。

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