某大賞二次落ち。アクション。
「別にー? 出来の悪い弟を調教しようとしただけでしょ。あんたこそ、どうしてコイツを庇うわけ。こいつはあんたを騙していたのよ。それはどうだっていいのかしら?」
その事実は変わらない。だが、優奈は隼人の隣に座り、ポーチから取り出した包帯と塗り薬で肩の応急処置をしていく。ジェシカは、その財力と権限を存分に発揮して、まだ出回っていない最新の医療器具をそろえたのだ。これで審判連合のところまで行けば、専門の治療だってできる。命を拾えるだろう。
琴音は眺めているだけだった。それは、弟が死ぬと面倒だと考えとことだったのかもしれない。しかし、真の理由は。優奈から発せられる殺気にあった。少しでも動けば殺すぞ、と言外に語られ、動けないでいた。
「これ、鎮痛剤だ。噛まずに飲み込め」
「……どうして、僕は君を裏切ったのに」
弱々しい声音に、優奈だって泣きたかった。一度だけ歯を食いしばり、ゆっくりと口を開く。
「……隼人」
思い出す。きっと、初めて会った日にからまれていたのは芝居だったのだろう。
「う、うん」
思い出す。きっと、こっちから誘わなくてもまた会おうとしたのだろう。
「後で一発だけ殴らせろ」
思い出す。もう少しで殺されるところだったのを。
「……うん」
思い出す。それは、彼と交わした約束。
「――夏に、時間はつくれるか?」
恨み事を言われるとばかり思っていた隼人がふっと顔を上げた。優奈の顔に怒りはなく、かわりに寂しそうに微笑んでいた。
「お前は、俺の友達だよな?」
思い出すのは、隼人と遊んだ日のこと。けっして多い時間ではない。それでも、あの笑顔だけは本物だった。きっと、楽しいと言ってくれたのは嘘じゃなかった。それを証明するように、隼人の目に大粒の涙が溜まり、落ちていく。
「うん。うん! 僕は優奈君と友達でいたい。まだ僕は君の友達なの?」
「当たり前だ」
友達なら助けるのは当たり前だ。
そして、いまだにわかっていない馬鹿をぶっ飛ばすのも自分の役目だった。
「あれれー? なーに、私だけ悪者なの? それって差別だよねー。まあ、いいや。とりあえず死んでちょうだい。それで全部済むから」
「勘違いするな。俺は負けを認めた奴を殴るなんてことはしない。それにな、人間生きてりゃ間違いだってするさ。それに隼人は気付いて、最後の最後に間違わないですんだ。お前はどうなんだ? 弟の気持ちまで踏みにじって心は痛くならねえのかよ」
「ごめん。なに言ってんのかわかんないや。だから死んで。今頃、あんたの仲間は私の駒に殺されているし、仲良くあの世に逝った方がいいんじゃない?」
心が定まる。誰が殺されるって? 優奈は拳を固く握りしめ、大きく息を吸った。腹の底に溜まっていた怒りと覚悟を全てぶつけるように。
「俺達は負けない!」
ナイフを地面に投げ捨てた琴音は半身の体勢になり、背筋を真っ直ぐに伸ばした。手は開いたままで、だらんと下げている。それは、どんな国の武術にも該当しない、優奈にもわからない構えだった。
三歩の踏み込みをもって距離を食い尽した優奈は、右の拳を琴音の顔面へと走らせる。琴音はそれを、左手の平で流し、体を回転、遠心力を利かした膝を逆に撃ちこむ。
負けられないのは相手も同じなのだと優奈は悟った。ならば、ますます負けられない。
ハンマーとなった膝を半身になって避け、貫手を放つ。途中で止め、相手の目を惑わして大きく踏み込む。足裏から膝へ、膝から腰、肩へ力が伝わって肘で爆発する。当たれば必殺。肋骨を砕き、肺を破壊する。
ポンッ。あまりに軽い音。当たった感触がまるでしない。琴音が両手を重ねて衝撃を吸収したのだ。どれもこれも、動きの全てが、人の限界へ到達した者だけが使える武術の極致。過去に存在した『本物』の達人が見たのなら、感涙し頭を垂れるだろう。
リコリスの優雅さも、香苗子の残忍さもここにはない。あるのは、原始的な人の戦いだった。
こんな場所じゃなければ、こんなしがらみがなければ、優奈はきっと楽しくて仕方なかったに違いない。
七度の連撃から、足払いし、両手を地面に当てて独楽のように足を回す。優奈の二度目の必殺を、琴音は上半身を反らすだけで回避した。
琴音の動きはまさにノンリミット。緩急と偽の動作を繰り返して相手の隙をつくり本命の一撃を撃つ。優奈は休むことを知らない猛打の嵐。戦い方は違えど、二人とも達人だ。体力の許す限り戦い続ける。
絶対に退けない戦いがここにある。
「よくかわすネ。なら、これでどうヨ!」
レェイが放った神速の刺突を、リコリスは一歩のみで回避した。頬に殺意の風を感じながら、下段からナイフを跳ね上げた。
「はああっ!」
髪が数本散っただけだった。レェイも同じく、最小限の動きで回避したのだ。それはまるで二人がお互いの動きを知り尽くしているよう。
リコリスは無駄な言葉を紡がないかわりに、鋼の軌跡で語る。
お前が負けろと。
武器を振るうスピードはナイフの方が勝るものの、棒の射程距離は広い。レェイの踏み込みも合わされば、まさに鉄壁だった。これでは近付きようがない。
(どうすれば、どうすればいい、どうすれば。……私って役立たず)
離れた位置でさつきはなにもすることができない。むしろ、逆にリコリスの邪魔になっているだけだ。
レェイが狙っているのはさつきだった。それをリコリスが庇う。
「この卑怯者! 私と正々堂々戦いなさい!」
両手にナイフを構え、リコリスはレェイへと怒りをぶつける。大振りはせず、速さと数で相手の攻撃を防ぐ。腕が、手首が痛い。木製の棒がまるで鉛のようだ。油かなにかを染み込ませているのだろうか。
相性が悪い、あまりに悪い。このままでは長くはもたない。
「嫌ネ。それに、この戦いに卑怯もなにもないヨ!」
さらに棒の重さと速さは増していく。さつきにはもう、視認不可能だった。もし、リコリスがいなければ一分間で七度は死んでいる。なにか手助けができないかと装備を検索するが、この距離で使えばリコリスにまで危険が及んでしまう。
そして、ついに終わりがきた。それは一瞬の隙だった。リコリスが左手に握っていたナイフをレェイのハイキックが弾いたのだ。激痛に、リコリスの動きがとまる。
最悪を想像してしまい、さつきは戦いの最中だというのに目を閉じてしまった。
(リコリスっ!)
違った。リコリスは動けた。しかし、動けばさつきにレェイの攻撃が当たる。自分の身と赤の他人を天秤にかけ、ナイフ使いは動かなかったのだ。
ゴン! という重い一撃、横なぎに払ったレェイの棒が、リコリスの左腕を打つ。
「っああああああああああああ!!!」
リコリスの悲鳴を、さつきは今日まで一度も聞いたことがなかった。苦悶に歪む友の顔が痛々しすぎて直視できない。骨まで衝撃が達したのだろう。だらん、と左腕が肩からぶら下がり、力がまったく込めれていない。
「……くっ。さつき、貴女だけでも逃げなさい。ここは私が食い止めます」
折れた左腕は使えないというのに、リコリスは毅然と右手のナイフ一本をレェイに突きつける。
さつきを、レェイから逃がすためにだ。例え、命を賭けても構わない。
何度呼吸を繰り返しても、リコリスの息は一向に楽にはならない。今の状態では全力の五割、いや三割も出せるだろうか。だからどうした? 私が戦わないで、誰がさつきを助ける? 恋敵だろうが、なんだろうが、彼女は大切な仲間なのだ。ここで、自分だけ逃げるなんて選択肢、はじめから存在しないのだ。
距離をはかっているリコリスを、レェイは滑稽だとは思わなかった。
「仲間想いネ。涙が出てきそうだヨ。けど、これで終わりネ!」
中段から神速で打ち出すレェイの突きにリコリスが反応できたのは、長年の経験か。それとも、ただの奇蹟だったのか。だが、棒の先端をわずかにナイフの刃でずらしただけだった。わずか、数センチ。それが彼女の命を救う。
「ぐっっ!!」
リコリスの腹部を貫く予定だった棒が、服を破くだけに終わった。死が先延ばしにされただけだった。ナイフは弾かれ、手首には激痛が走る。よろめき、最悪な隙をうんでしまう。
「ふふふふフ。ようやく終わりネ。さあ、大人しくするヨ。スイカみたいに叩き割ってやるよおおおおおオ!!」
レェイは、本当にスイカでも割るかのように棒を両手で握り、リコリスの頭へと振り落とした。どう考えても、避けられなかった。
いつのまにか、さつきの姿が見えなくなっていた。きっと逃げたのだろう。見捨てられたとは思わない。それがベストな選択試だ。自分だって、きっとそうする。
(これで、終わりですか。まったく、最低な人生です)
ロクなことがなかった。母の病気を治すために母国を離れた。大好きだった家族とも離れ離れ、友達とも別れた。見知らぬ土地で果てしなく繰り返すのは本物の殺し合い。『ゲーム』に参加して数年、何十人の夢を奪ってきたのだろう。
人に誇れる生き方じゃなかった。
ああ、それでも。
(得たモノがあった)
最高の仲間達。香苗子にさつきに、そして優奈。理解してくれた。一緒に戦おうと誓ってくれた。だから、そう、きっと最低の人生じゃなかった。幸せだった。
(もう十分です。これ以上望んだら、ばちが当たってしまいますわ)
死ぬ瞬間はきっと怖いから、そっと目を閉じようとする。さつきは無事に逃げられただろうか。残されたリコリスに、恨みなんて何一つない。彼女は仲間の誰かと合流できたのだろうか。それだけが心配だった。
かなり昔、文章表現の評価が最低だった憶えがある、コメントなしの5段階で。
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