三次落ち。完成度高いけど、オリジナリティ低いねと言われた作品

 宗谷が上着の内ポケットから引き抜いたのは一見すれば誰もが〝ゴミ〟と判断するだろう五百円玉サイズの木片と赤錆びが浮く金属片だ。それを、右手で固く握り締める。右腕の手首には、純金に複雑精緻な紋様が刻まれた腕輪が嵌められていた。詠唱が開始される。

「此処に道を示せ。記憶辿る道を示せ。追憶の欠片を拾う道を示せ。汝は黒と緑の僕なり。我に従う忠実な家臣なり。敵を尽く葬り去る魔弾なり。――起きろ《回帰結ぶ火葬街(リペア・フレイム)》!」

 右腕の腕輪が豊潤な蒼い炎を纏う。熱はなく、宗谷の拳を優しく包むのだ。少年が拳を解いても炎は解けず、変貌が始まった。木片と金属片は燃えて体積を減少させる、のではなく、逆。爆発的に体積を増加させていく。《回帰結ぶ火葬街(リペア・フレイム)》は一時的ながらも、遺物に〝元の姿〟を思い出させるのだ。炎が儚く燃え散った時、彼の右手が掴んでいたのは、一丁の缶打式拳銃(パーカッション・リボルバー)。名は、レ・マット・リボルバー。アメリカ南北戦争を駆け抜けた名器の一つ。百五十年以上の長い眠りから目覚め、今、戦場に舞い戻る。

 騎士の槍が宗谷へと迫る。銃を撃つ暇などない。だが、敵は確かに驚嘆したのだ。少年は右足を軸にして〝ぐん!〟と腰を回しながら、左手を槍に〝当てる〟。進むか、止まるか。直線しか許されないはずの穂先が僅かに進行方向を曲げる。一秒後、彼は敵の背後を取っていた。まるで、騎士の身体をすり抜けるように。その一瞬だけ幽霊になったかのように。今宵一番の魔術は〝そこ〟にあった。運動する物体はベクトル同士の反発に強くとも、真横からの干渉には弱い。しかし、だからといって、必殺の威力を秘める槍に触れられるものか? 彼の行為は真正面から猛スピードで迫る大型バイクを片手で制した行動と同意である。それはつまり、この魔術師にとって、騎士の突進など初めから〝なんとかなった〟という事実に他ならない。無論、このタイミングを狙ったわけではない。むしろ、その逆。このタイミングでとれる選択肢が〝コレ〟しかなかったのだ。魔術とは発動時に詠唱――術式を口頭し、精神的な魔術の具現が必須となる。つまり、時間が短ければ短い程、魔術とは成り立たない。ならば、それ以外の何かに頼るしかないのだ。

「なんと流麗豪快な体術の冴えよ。――見事」

 相手に背中を見せてしまった騎士は攻撃や防御、逃走よりも先に賞賛の言葉を送った。

 騎士の鎧は穴だらけで、弾丸が通りそうな穴がいくつもあった。そういうことだった。

 宗谷は眉根を寄せ、苦い笑みを浮かべた。そう、悪くない気分だった。

「褒めるなよ、馬鹿。――けど、ありがとう」

 騎士の背中を撃つ。騎士道の時代なら卑怯者だとなじられた行為。それでも宗谷はレ・マット・リボルバーの撃鉄を起こした。彼は騎士ではなく、魔術師だからだ。その一瞬、騎士は身を反転させる。少年は、引き金を絞った。撃鉄が落ち、雷管を叩く。銃口から溢れるのは群青色の魔炎。夜の闇を薄めた青紫を花弁とする大輪の〝情熱的な薔薇(パッション・ローズ)〟。

 四十二口径の鉛弾は同色の炎を纏いて飛翔する。右腕が腰に当てられて銃を完全固定し、飛燕と化した左手が撃鉄へと叩きつけられる。シングルアクション式の拳銃は撃鉄が起きる度に回転式弾倉が〝回転〟する。そして、引き金を絞ったままなら、撃鉄は何度でも雷管を叩き、発射薬を燃焼させるのだ。宗谷に、左手の動きを止めるつもりは、ない。

 群青の空――夜明けを待つ瑠璃色とは対極。夕焼けを忘れた頃に訪れる闇への誘い、その入り口。飲み込まれれば、待っているのは死人が眠る夜の世界。《回帰結ぶ火葬街(リペア・フレイム)》は甦らせた武器を簡易的な呪装具に変質させる効力を持つ。そこに、宗谷の射撃スキルが加わった。ファニング・ショットと呼ばれる、シングルアクション式リボルバー〝のみ〟に与えられた発砲術。九発の弾丸が吸い込まれるように、砕けた鎧の隙間を狙って騎士の肉体を穿つ。血飛沫が九度、砕けたコンクリの地面を汚した。

 今度は宗谷が驚嘆する番だった。いかなる戦意か。騎士が構わずに一歩、一歩、前に進み出した。その動きは先程までの速度が嘘であるかのように緩慢だった。呪装具である鎧が損傷し、満足に身体強化を維持出来なくなったのか。或いは、銃創によるダメージで身体が言うことを聞かないのか。それでも、男はただ真っ直ぐに前へ、前へと進むのだ。身体の軋みが聞こえるかのよう。荒い息遣いが聞こえるかのよう。雄々しき魂の咆哮が聞こえるかのよう。騎士の意地と誇りを前にして、少年はル・マット・リボルバーの撃鉄、その先端を〝折った〟。フランス人医師ジーン・F・ルマットが開発した拳銃には、コンビネーションガン最初期の傑作と呼ばれるメカニズムが搭載されている。

 騎士の槍が届くよりも先に、宗谷は前に踏み込んだ。地面を蹴るのは右足。足裏で小規模の爆発でも起きたかのように身体が加速する。地面に噛みつき、体勢を瞬時に停止させるのは左足。相対的に、彼我の距離はゼロとなる。槍のリーチは確かに長い。逆を言えば、懐に入ってしまえば小回りが利かずに不利なのだ。少年の右腕がレ・マット・リボルバーの銃口を鎧の左胸部分へと押し付ける。

「悪い。俺の勝ちだ。――〝光よ〟!!」

 群青の炎が、騎士の左胸を貫き、背中から噴出する。まるで、間欠泉のように。鮮血までが霧と化して後方へと広がった。左胸部分の鎧が完全に砕け散り、心臓の八割が消失していた。拳大に開いた穴の向こうでグリーン・タワーの灯が静かに光を振り撒いている。

「この拳銃は、シリンダーの中心を通るパーツ自体も銃身なんだ。二銃身によるコンビネーション・ショットこそがコイツの真価だよ。六十五口径の散弾をゼロ距離で食らえば、いくら手前でも致命傷は避けられない。どうやら、正解だったようだな?」

 心臓を失って生きられる人間など、魔術師の中でも例外中の例外しか存在しない。だというのに、宗谷は耳を疑う。騎士の口から鮮血と、こちらを称賛する言葉が漏れたのだ。

「素晴ら、しい。……これぞ、命の取り合いよ。某が求めていた血が沸騰するような戦いの熱があった。ならば、満足よ。この戦い。確かに命を賭けるに値した」

「だから、褒めるなよ。俺は結局、こういう〝小細工〟をしないとろくに勝てないような二流魔術師なんだ。お陰で、魔力はスッカラカン。明日からの生活にも困っている」  

 宗谷が肩を竦めて微苦笑すると、騎士は満足そうに長い長い息を吐いた。まるで、身体の内に残っていた魂までを天に返すように。全ての苦しみから解放されたように。

 そうして、騎士は地面に引っ張られるようにして頭から倒れた。死してなお、背中に土をつけるのを拒んだ男の意地だった。遅れて、槍が主と最期を共にするように倒れた。宗谷は、それが敵だと分かっていても、目蓋を閉じ、軽い黙祷を捧げた。そして、目蓋を開けると、右手に握っていたル・マット・リボルバーが完全に消失していた。《回帰結ぶ火葬街》で再現された武器は短時間しか現世に存在できない。『また、良い武器を失った』と少年は名残惜しそうに指先に残った感触を想った。

「さあ、帰ろう。くそ、やっぱり夏は暑くて嫌いだ。……もう、ここに用はない」

 服を着たままサウナでも体験したかのように全身が汗だくになっていた。宗谷はゴシゴシと目頭に溜まった痛みを拭う。涙ではない。これは、本当に汗だった。いちいち、敵のために泣いてやれるほど、彼は暇な人生を歩んではいない。

「じゃあな、名前も知らない騎士様よ。来世は、イングランド王が生きているような場所に生まれるんだな」

 そうして、彼は最初に屋上を訪れた時よりも随分と軽くなってしまった身体を引き摺るようにして帰路に着いたのだった。






 真紅のローブが袖から腕を伸ばし、その人差し指で沙耶の頬を撫でた。少女の身体がびくりと震える。そのまま、まるで悪寒に震える病人のように全身を小刻みに痙攣させた。彼女の脚元で何かが光る。地面に黒い染みとなって浮かび上がるのは、古い時代に、かの家が組み上げた禁断の術式だった。水溜りのように広がり出し、少女の爪先から足首、脛、太股、尻、腹部、背中、だんだんだんだん身体中を侵食していく。

 ちょうど、耳なし方一のように、沙耶の身体を術式が包み込む。少女の瞳の奥で、何かが致命的に壊れてしまう。

「沙耶ちゃんは、随分と宗谷君に酷いことをしてしまったのね。悪いけど、記憶を少しだけ見せてもらったわ。『虫唾が走るから話しかけるな』ですって? くすくす。あれだけ宗谷君にべったりだったのは、貴女なのにね。それに、その髪だって。彼はどんな気持ちで『綺麗な髪だね』って言ったのかしら? それを、ここまで短くしちゃうなんてね。彼はずっとずっと、貴女だけを想っていたの。まあ、とうの御本人さんは忘れてしまったわけだけど。思い出した時にはもう遅い。――彼には、もう他に好きな人がいるわ」

 沙耶の大きく見開かれた瞳に映るのは、絶望以外に何かあるのだろうか。年頃の少女がしてはいけない表情で顔を歪めてしまう。

「黄海狛徒ちゃんって言うの。すっごく良い子よ。貴女と違って、宗谷君も隠し事をしないで済むしね。ああ、お似合いのカップルって感じだわ。今日もね、二人で楽しそうにデートしたのよ。だって、貴女はもう宗谷君の特別になれないんだから、仕方ないわよね?」

「そんな。だって、私はそー君と約束して」

 全身を極寒に蝕まれる少女は震えるばかり。まるで、子羊のように。

「残念ね。だって、良く考えてごらんなさい。ずっと嫌い続けて、あまつさえ首を絞めて殺そうとした女を、もう好きでいられるわけないじゃない」

「あ、

                            あああああああああ!!!」

 絹が裂けるような少女の叫び。その口元にずるりと黒い術式が潜り込む。まるで、数匹の毒蛇が蠢くように。喉奥まで真紅のローブが紡いだ魔術が侵食し、悲痛な沙耶の叫びと共に〝それ〟が溢れ出した。

「ああ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 喉奥から溢れ出すのは黒い光だった。質量を持たない黒いオーラが膿のように沙耶の口から吐き出される。

 そして、真紅のローブもまた、笑ったのだ。楽しそうに、実に楽しそうに笑うのだ。

「うふふふふふふ。あはははっはははははははっは! あはははっははははははっははははっははははははっははははっははははっはははははっははははは! すごいすごい。ここまで溜まっていたのね? ここまで溜まっていたのね! いいわ。全て吐き出してしまいなさい。全部、全部、ここで曝け出すの。さあさあさあ、みっともなく、絶望をここに全て! 吐き出してしまいなさい!! うふふふ、あははっははははっはははっはは!!」

 真紅のローブに呼応するように術式がより一層、沙耶へと絡みつく。遠目から見れば、少女が黒いスライムのような物に、飲み込まれているようにも見えるだろう。辺りに間欠泉から溢れ出したような黒い光が広がり、波涛となり、轟々に揺れ出す。まるで、ここだけ嵐の一角に飲み込まれた海面と化したかのように。――だが、闇夜を切り裂く光も、また合ったのだ。間に合ったのだ。

「此処に道を示せ。記憶辿る道を示せ。追憶の欠片を拾う道を示せ。汝は黒と緑の僕なり。我に従う忠実な家臣なり。敵を尽く葬り去る魔弾なり。――起きろ《回帰結ぶ火葬街(リペア・フレイム)》!」

群青色の魔炎が十二条の弾丸と化し、真紅のローブへと飛来する。魔女は真下から弾かれたように上げた右拳に魔力を集約し、一瞬で障壁を紡いだ。六角形の巨大な黒曜石が虚空へ浮かび、魔弾を尽く弾き落とす。魔女は感嘆に胸を震わせる。堅牢で知られる防御用魔術魔人エナタスの涙が半分以上も、ごっそりと持っていかれたからだ。

「この一瞬でここまで強力な攻撃が撃てるなんて。くすくす。やっぱり、宗谷君は凄いわね」

 真紅のローブへと応えたのは、灼熱の迅雷だった。

「じゃあ、こんなのはDO―DAI?」

 今度は声さえなかった。真紅のローブが瞬きした瞬間に、目の前に〝彼女〟が立っていたのだから。――一流の職人が磨き上げた赤銅。夕日の光を濃く煮詰めて飴細工のように梳いた髪は肩を完全に覆い隠すセミロングのウルフヘア。瞳はぱっちりと開き、やや紺色を帯びている。そして、両手に握るのは軽機関銃あるいは分隊支援火器にカテゴライズするベルギーのFN社が開発したMINIMIプラス銃剣。

「どっせえええええええええええええええええええええいい!!」 

 真紅のローブを胴から両断する軌道を描く銃剣を、魔女は後方に跳んで回避する。だが、そこは銃口が見えてしまう格好の距離だった。狛徒が爛々と目を輝かせて引き金を絞る。若草色の炎がフルオートで吐き出される。辺り一面に激突し、小爆発を誘発。朦々した粉塵でローブの姿はすぐに見えなくなってしまった。

「おい! 止めるんだ狛徒! 沙耶に当たったらどうするんだ!!」




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