二次落ちのガンアクション

「くそ、十三人って一人足りないじゃないか。逃げたりしてねえだろうな?」

 彼の右手に握られてあったのは、全身が美しいメタリック・ブラックなカラーリングの自動式拳銃だった。堅牢剛健の名銃、SIG/ザウアー・P226である。

弾倉内でジグザグになるように弾薬を込める方法、ダブルカアラムを採用しているお陰で装弾数が十五発と多い。耐久性、命中率共にアメリカ軍の正式採用となったベレッタM九二FSと比べても遜色なく、採用テストで負けたのはコストの面で劣ったのではないかと噂されている。

 限りなく一番に近い二番と不遇な命運を辿ったコイツを彼は気に入っていた。

中途半端さ加減に親近感が湧いたのだ。

 全長は百八十九ミリ、重量は八百四十五グラムあり、携帯性にも優れている。

一樹の右手に、ダブルカアラムのグリップがジャストフィットしていた。弾薬が弾倉内で一直線になっているシングルカアラムだと、ちょっと持ちにくい。

 使用する弾薬は九ミリ・パラベラムのクイックショック。弾丸が三つの鉛ブロックから構成されていて、その上から被甲されてある。

 死体は全部男で、お世辞にも品の良い輩には見えない。それもその筈で、ここにいたのは全員やくざだった。やーさんとも言う。総一郎からの仕事内容は、ここのやくざ海棠組の討伐だ。依頼元はメモには書かれていない。一樹はきっと県役員の誰かだろうと適当に予想をたてた。

「煙草でも吸いてー。けど、ここじゃ血の臭いが混ざるからな。くそ、めんどくせーな」

 悪態をつきながら、一樹はP226の左側面、グリップの近くにある丸いボタン、マガジンキャッチを押した。すると、グリップの底部(マガジン・ウェル)から弾倉が排出された。左手で掴み取ってスーツの内側に戻し、新しい弾倉を押し込む。撃鉄は既に起き、薬室にも一発入っているから、これで十六発撃てる。まだ半分残っていたが、念のために交換したのだ。

 その行動は、半分正解で半分外れだった。

「て、テメエなにもんだ!」

「……はい?」

 気の抜けた返事をしながら一樹が振り返ると、階段へと続く扉の向こうから男が一人現れた。歳は五十代後半で、頭部が寂しかった。早くも夏気分なのか、アロハシャツ姿だ。しかし、ここにあるのはトロピカンには程遠いオーバーキルだ。一樹は内心ホッとしていた。そうか、あれが最後の獲物かと。

 幸いにも男は逃げようとしなかった。

 P226の銃口を向けて、一樹はおどけた調子で言った。

「自分から来てくれるなんて助かったよ。あんた、海棠組だよな? そうだよな? 実はピザの宅配人とかってオチなしに海棠組だよな。じゃないと困るんだよ。自由業だから残業手当出ないし。大人しく降参してくれると俺は大いに助かるんだけど、どうする?」

「なんなんだよテメエは! なんなんだよテメエ! くそくそくそくそ! 生きて帰れると思うんじゃねえぞおおおおおお!」

 やーさん(仮にA)が腰から抜いたのは、サタデーナイトスペシャルだった。その小型回転式拳銃を見た一樹は、やる気がみるみる消えていった。なんであんなものを持っていたのか、もっとましな銃はなかったのだろうか。

一樹の自動式拳銃がメーカー品なのに対して、あれはいわゆる大量生産された粗悪品だ。厚みのない銃身に、握りにくそうなグリップ、変に重い引き金と悪い所をあげるときりがない。土曜の夜にチンピラがこれで犯罪をするからこんな名前がついたそうな。

「……お前、銃撃った経験ねえだろ」

 十分前に一樹を殺そうとした連中だって、もっとましな銃を使っていた。五四式やら散弾銃、隅っこに転がっているのはサブマシンガンのトンプソンだ。

 もしかして新人さんなのだろうか。よく見たら足音にコンビニのレジ袋が落ちていた。中身はカップ面にお惣菜、アイス、スナック菓子と、多人数分。どう見ても使いっぱしりの仕事だった。こんな歳でなにがあったのだろうと、涙腺が刺激される、

「それ、手動安全装置外れてないぞ」

「……え、あ、ま、待て。ど、どこに」

 一樹が慌てずに銃口をAに向ける。新人の男は粗悪品の拳銃の安全装置を外そうとあたふたしていた。こんなちんけなハッタリに引っ掛かるとは。なんだが本当に泣けてくる。

「そんなリボルバーに、手動の安全装置があるわけないだろ」

 答えを聞かされても、その男は困惑したままだった。待つ必要はないから、一樹は仕事を続行する。

 真っ直ぐだった右手の人差指がP226の引き金をゆっくりと絞る。起きていた撃鉄が倒され、撃針を押し出し、雷管を叩いた。火花が咲き、発射薬を燃焼させる。急速に膨張したガスは弾丸に音速を与え、銃身内のライフリング(螺旋に似た溝)により綺麗な回転を描く。反動でスライドが後退し、空薬莢を排出、薬室に次弾を装填した。また、撃鉄が起きる。

 オレンジ色のマズルフラッシュと、乾いた発砲音。小さな死神が音速の軌跡を描く。

一つ分の空薬莢が床に落ちた。

手から腕へと伝わる感触に、確かな手ごたえを感じる。

 胸を撃たれた男が、顔を苦悶で歪めてゆっくりと前のめりに倒れた。その背中にもう一発放つ。びくん、と電流を通されたカエルのように痙攣した。

それだけだった。体内で計六つの鉛の破片が飛散し、血管や神経、重要な動脈などを片っ端に傷付けたのだ。

 十数秒後、息はもうしていない。先に倒れていた男達と同じ死体となった。一樹は死んだ男の脇を通って階段に向かいながら、P226のマガジンキャッチの上部分にあるデコッキングレバーを押下げた。すると、起きていた撃鉄が安全に下ろさせる。役目を終えた相棒をスーツの裏側、左の腋下から吊るしてあるホルスターに戻した。

 P226には、撃鉄が起きたまま引き金を固定するような手動安全装置はない。

こうでもしないと安心してホルスターに戻せないのだ。そういう意味では、スライドを引いて薬室の弾薬も排出した方がより安全だ。しかし、すぐに撃てるようにしておいた方が、長生きしやすい。






「はっ。俺を殺したいのなら、アンチ・マテリアルライフルでも持ってこい!」

 この戦場で殺したのは二十八人。戦闘不能にしたのは十四人。好戦的な言葉とは裏腹に、一樹は緊張感で気が狂いそうだった。次の瞬間には死んでいるかもしれない。そう幻視してしまうだけで、背中に汗がふきだす。

 FBIが調査した拳銃の平均的交戦距離は七メートルとされている。一樹はその倍の距離でも敵の左胸へ当てられる。それが、凡才の男が鍛練の果てに掴んだ一つの力だった。

 お世辞にもスマートな戦い方とは言えない。敵を挑発して判断力を鈍らせ、物陰からこそこそと撃つのが、この男の戦い方だった。こんどは額に浮かんだ汗を乱暴に拭い、スーツの裏から取り出した閃光手榴弾を一つ、野球の投手のようにアンダースローで投擲した。通路の角のさらに奥へ逃げ、瞼を腕でガードする。

 銃声も男達の叫びも纏めて、一の光に包まれた。それは太陽の直視を何十倍にもした暴力的な光だった。空間という空間を埋め尽くし、網膜を犯しつくす。しっかりと光を遮断した一樹ならともかく、虎爪会の男達は等しく眼球をやられ、視覚を奪われた。身をかがめた程度で防げるレベルじゃない。視界が戻るまでの十数秒は、一樹のオンリーステージとなった。走りつつ、P226をデコッキングしてヒップホルスターに戻し、左腋のショルダーホルスターから新たに抜いたのは大型の回転式拳銃。

 夜明け前の色を切り取った硬質の暴力がついに顕現する。

「M28Kスペシャル。……おやっさん。使わせてもらいます」

 右手でグリップを握り、左手で包む。手動で撃鉄を起こし、シングルアクションでまずは一発、腹の底へと轟音が響いた。P226とは比べ物にならない特大のマズルフラッシュがオレンジ色の飛沫をあげ、銃身が上に大きくぶれた。手首から腕、肩へと重い衝撃が伝わる。久しぶりに体感したマグナム弾に、撃った本人である一樹が一番驚いていた。弾丸重量が一〇・二グラム、初速は秒速三百八十五メートルの三五七マグナムをP226と同じような感覚で撃ったのが失敗だった。腹部を狙ったつもりだったのに、喉元を破裂させて風通しをよくしてしまう。まあ結果オーライ、とまた撃鉄を起こす。

 腰を低く落とし、体全体を使って反動を受け止めるイメージで引き金に指をかける。

 弾薬は、レミントン社のゴールデンセイバー。薬莢にも使用される金色の硬い金属、真鍮で弾丸をコーティングしている。さらには弾丸の先端に窪みがあり、外周には螺旋状に六本の切れ目がいれられ、撃たれると花のように開く。そうすることによって、弾丸が着弾と同時に急停止して、持っていたエネルギーを余さずに身体へと与えるのだ。

 それは、九パラ・クイックショック以上の凶悪な破壊の化身。

さらに、被甲は銃身内が融けた鉛の滓で汚れる現象、ファウリングも防いでくれる。真鍮は鉛よりも融点が高いのだ。

一樹は次の敵を狙って引き金を絞り、そのかたい衝撃を受け止める。

 こんどは胸へ命中する。P226とは比べ物にならない衝撃がヤクザの心臓で爆発し、血が炎となって弾ける。生命を強制排除完了。連続で撃っても、Nフレームの重量がしっかりとマグナム弾の反動を吸収するお陰で、手首への負担が少ない。さらには装弾数も増えている。



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