魅力がイマイチと判断されたヒロイン

「クールだぜ相棒。最高にクールだ」

 御舟の後ろに立っていたのは、十五か六歳程度の小柄な少女だった。身長は百五十センチあるかないかだろうか。鍛えてあるだろうが、やはり細い。とてもではないが、戦場に立つような人間には思えないだろう。青色のジャンパースカートの上から、彼と同じくトレンチコートを着ているものの、あまり似合っていない。むしろ、酷くアンバランスだった。彼女には、人の死体が積み上がった戦場よりも、晴れた日の草原で本を読んでいる方が様になっているだろう。

 右は肩に届き、左は腰の半ばまで伸びているアン・シンメトリーのツーテールは艶のある漆黒。黒曜石の如く鋭き瞳は薄い赤を帯びた玄の色。白き肌には健康的な張りがあり、口元には陽気な笑みが湛えられていた。まるで、これからピクニックでもするかのように。猫のようなイメージと、子犬のようなイメージが重なる。綺麗よりも可愛いと表現した方が正しいだろう。胸元はまだ幼く、御舟の好みには達していない。言ったらきっと、肉付きの良い太股から繰り出される蹴りを貰うから、絶対に口にはしないが。

 この少女こそ、影打金禊(かげうちがね・みそぎ)。御舟のパートナーである。

「全部食ってこい。……満腹になるまでな」

 御舟の言葉が、始まりの合図となる。禊が一気にコンテナの裏から跳び出した。一瞬見えた彼女の横顔には、獲物を見付けたことを喜ぶ狩人の笑みが浮かんでいた。

「オーケー! いーーーーーーやっはー!!」

 地面を滑るように走る禊は胸の前で両腕を交差させ、袖口から魔法のように伸びた〝それ〟を掴み取った。刃渡りが二十五センチもある大型のナイフを。鍛造造りの刃は冷たい輝きを秘めており、狂気に酔う少女の顔を下から映した。やっと体勢を立て直した敵が射撃体勢に入るも、もう遅かった。

 バリケードに突進し、激突する三メートル手前で禊は上に〝飛んだ〟。くるくると回りながら放物線を描き、着地点はちょうど敵の真後ろ。まさか、戦場で空を〝飛ぶ〟少女に出会うとは思いもしなかったのだろう。残っていたのは増援を含めて五、六人か。皆が等しく、唖然と口を半開きにしていた。そして、着地。革のブーツが不気味な程に音を立てなかった。まるで、少女の体重が羽毛に変化でもしたかのように。あるいは、背中に翼が生えたかのように。こと身体能力に関しては御舟よりも上なのだ彼女は。

 くるっと振り返り、すぐ目の前に敵がいるというのに、禊の目は大きく開かれ、口元の笑みは狂気を増すばかり。ついに、少女の暴力が始まる。

「せめて、三十秒は楽しませてくれよ」



「よし、飲もうぜ」

 グラスにいきなりブランデーを注ごうとする禊を、御舟は手で制し、グラスを奪う。

「駄目だ。お前が飲む量は俺が決める」

 グラスの深さは御舟の指なら親指を抜かした四本分だ。まずはレモンジュースを三本分の深さまで注ぎ、ブランデーは数口入れるだけ。スプーンで混ぜ、気泡の無い綺麗な氷を三つ浮かべて即席のカクテルが完成する。禊がとてつもなく不満そうな顔をしているが、自分がまだ酒に慣れていないことを自覚しているのだろう。渋々ながらも受け取ってくれた。ちなみに、自分の分にはブランデーのみを注ぐ。

「酒飲めるからって大人じゃねえの。分かるだろ、相棒?」

「……オーケー。今日は我慢してやるよ」

 禊が肩を竦めて、グラスを持った手をこちらに伸ばす。御舟も習って右手を伸ばした。表面を水滴で濡らしたグラス同士がぶつかり、小さく硬質的な音を鳴らす。胸の中だけで、『乾杯』とだけ相棒に伝えた。

 一気に半分以上飲むと、ブランデー特有の濃く鮮烈な香りが鼻孔を抜け、舌を刺すような苦みが広がる。氷で冷えた酒が喉を駆け抜け、胃に落ちる感触のなんと心地良いことだろうか。彼はさっそく干し肉を犬歯で千切り、奥歯で齧る、齧る、齧る。じんわりと肉の旨味と塩味、胡椒の辛さが舌に広がり、軽い痺れを生み出す。そこへブランデーを流し入れると、一気に風味と美味さが倍増し、さらに酒が飲みたくなってきた。

舌に残った酒の苦みと、肉の塩気が良い具合にアンサンブルを奏でている。

「やっぱり、仕事終わりは格別だな」

 相棒に同意を求めようとすると、禊はギューっと固く目蓋を閉じている最中だった。混ぜるのが足りなかったのか、それともブランデーが多かったのか。

「しまらねえな」



 そして、翌日の夕方頃に二人はケイに言われた娼館を訪れた。店内に入ると、小洒落た洋風のホテルにも似た広いロビーがあり、カウンターには受付だろう初老の男が立っていた。こちらに視線をやり、怪訝そうな顔をする。

 娼館。つまりは金を払って女を抱く場所にトレンチコートを着た二人組が登場したのだから、無理はないかもしれない。それも、明らかに堅気ではなさそうな二人組だ。顔を強張らせたのは、御舟の気のせいというわけでもないだろう。

「鋼狼会のケイ頭目からの依頼で娼婦を護衛することになったんですけど、聞いていませんか?」

 すると、初老の男がぽんと手を鳴らした。

「同じ柄のコートに、大柄な男と小柄な女の子の二人組。ああ、なるほど、あなた達がハンターのお二人ですね。ようこそ、お待ちしていました」

「なんか、怖がらせて悪かったな」

 禊が謝ると、初老の男は困ったように微苦笑して頬を掻いた。

「いや、お恥ずかしい。なにぶん、最近は小さな衝突が盛んでして、ろくに休憩もとれない始末です。娼婦の方を護衛してくれるのなら、とても心強い」

 店主の所に案内して貰おうと御舟が言葉を探していると、吹き抜けになって二階に続いている正面階段から誰かがゆっくりした足取りで下りてきた。綺麗な服を着た女性の集団、娼婦の方々だった。何やら楽しそうに談笑している。

 そのうちの一人がこちらと目が合い、『あらら』と声を漏らした。

「良い男。ねえ、誰か指名しちゃった? 私と寝ない?」

 連鎖的に視線が集まり、ちょっとした騒ぎになる。

「やめなって。ほら、隣にもう居るでしょ。……けど、見ない顔ね。あんな子いたっけ?」

「十代組のことはちょっと分かんないなー。ペアルックってプレイあったっけ?」

 見世物小屋の商品にでもなった気分である。御舟が困り果てていると、初老の男がわざとらしく咳払いした。娼婦達が一斉に彼の方を見て、何か言い訳しつつ外へと出て行った。どうやら、これから仕事がある一連だったらしい。

 それにしても色気のある娼婦だったと彼は背中の辺りがむず痒くなる思いだった。彼も男で、当然、性欲はある。禊と暮らすようになってからは風俗を利用したことはないが、昔はそれなりに利用していた時期がある。色々と思い出し、ちょっとだけ落ち着きがなくなってしまう。

 その時、脇腹に鋭い痛みが走った。禊が苛立ち顔で肘打ちを放ったのだ。

「ったく、男っていうのはどうして胸で女を判断するかねー」

 嫌味臭い禊の台詞も、ある意味で真理なので御舟は黙っておく。そもそも、娼館に来たのだから女性の胸元に視線がいっても何も悪いことでは無いような気がする。きっと、反論すれば尻を蹴られるだろうから黙っておくことにした。


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