一次落ち作品の、アクションシーン

 動きはあくまで最小限に。相手の動きを読み、限定的な未来を編みあげる。なにも異能だけが異能に有効なのではない。鍛錬次第で人は大抵の困難は〝片付けられる〟。

 二度、三度、攻撃を避け、七度目。半獣の右腕が伸びたと同時に踏み込み、相手の懐へ潜り込む。一輝は左手一本で腰のホルスターから武器を抜いた。系統からすれば刺殺用の短剣・スティレットに似ていた。錐のような刃は切るよりも貫くことに特化している。元は鎧の隙間から攻撃するために開発された武器だ。両足を軽く曲げ、その場で軽くステップを刻む。まるで、フェンシグの選手のように。あるいは、ボクサーのように。筋肉の軽い収縮運動から反動を利用して半秒加速、敵が自身の懐に潜り込まれたことにより行動を鈍らせて半秒失速。相対的に、彼は一秒のアドバンテージを得た。値千金の隙を、猟人の剣が見逃すはずがなかった。

 闇夜に煌めいた銀光が一線。踏み込みと同時に伸びた腕が矢となって大気を貫く。短剣が半獣の左胸へ深々と突き刺さった。刃渡りは三十センチ強。心臓を確実に抉った。そして、それだけでは無い。一輝は柄を片手一本で時計回りに捩じり、後方へステップアウト。瞬間、傷付いた半獣の左胸を紅蓮の爆炎が覆った。まるで、何かが爆発したかのように。

 機関が開発した対異能用の短剣エクスプロージョン・スティレット。刃に仕込まれた爆薬により、敵の身体を内部から破壊する。これで、確実に心臓を破壊した。はずだった。一輝は苦悶する敵を観察し、眉を潜める。二秒後、敵が肉薄していた。鉄錆びの臭いを漂わせた半獣が倒れずに攻撃を再開したのだ。




 軽い調子で言いつつも、一輝は足が竦むのをなんとか押さえている状態だった。

四一〇番径から放たれるスラッグ弾は三五七や四四マグナムとほぼ同等の威力を持っている。余程高性能な防弾服といえども、骨折を避けるのさえ難しい。肉体のみで防ぐなどまず不可能。刻印者といえども、瞬時に対応可能な熟練者は少ない。

逆を言えば今、一輝が撃った《フラワー・スピア》を防いだ黒いマントは相当な強敵だ。至近距離、それも、ほぼ抜き撃ち具合から放たれたタングステン被甲の弾丸を弾く。目の前の敵は、弾丸が効かない。首筋に気持ち悪い汗が噴き出すに足りる悪夢だった。

 黒いマントの足元に転がっているスラッグ弾は、何か硬い壁にでも激突したかのようにひしゃげていた。鎌で弾いたのなら、ぶつかった際に甲高い音がするはずだ。肉体強化、空気の壁、それとも物体の推進力に影響する異能か。どちらにせよ、目の前の標的が強敵であるのは疑いようの無い事実だった。




「――――すうぅぅぅぅ」

 呼吸を整える。精神を研ぎ澄ます。肉体に残されたエネルギーの最効率化を図る。筋肉の収縮を考慮、反射神経を考慮、膂力を考慮。関節の可動範囲を効力。――覚悟の考慮。恐怖も焦燥も迷いも、この瞬間だけは全て〝忘れる〟。

 右手に握りっ放しだったレイン・シックスの撃鉄を起こす。それが、合図だった。一輝は自分から黒いマントへ肉薄する。好機とばかりに敵は鎌の柄を短く持ち変えて下から斜め上に刃を弾くように攻撃を放つ。

 黒き魔人の一撃はどれも必殺だ。それでも、近接では鎌の大きさが逆に動きを限定させる。速度が上がった分、重さが無くなり、ナイフで捌きやすい。一センチでも目測を誤れば腕が飛んでいてもおかしくない鋼刃の動きはあまりにも機械的であり、生々しい命の冴えが充満していた。一輝が鍛え上げた体術は対異能用。〝この程度〟で尻込みしていたら、命など百個あっても足らなかっただろう。歯を食い縛る横顔は、恐怖を噛み潰し、怒りにも似た感情の色で歪んでいた。それは、鬼の形相だった。


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