某大賞、二次落ち

二人が居る場所。此処は、クロッカセールの魔術研究室〝工房(アトリエ)〟だった。それも、屋敷の地下に存在する〝第四〟の工房。合計で七つ。世界中の拠点を合わせれば、七十二個にも及ぶ。用途・目的・規模に合わせて多くを使い分けているのだ。そして、第四の工房はリターナ〝だけ〟を修理、及び改造するための部屋だ。広さは縦横十ヤード程度で、天井は約五ヤードである。たった一人に随分と大袈裟だと、複雑な想いだった。

 床は大理石であり、掃除し易いように水が流れる溝が隅に掘られている。そして、壁を眺めればどんな勇敢な者でも全力で逃げ出すだろう。扉を背にして、右手側にある壁は棚で埋まり、数多の魔術書で埋め尽くされている。それも、古い巻き物や、鉄板だけで構成された本、人皮だけで綴られた本、牛の大腿骨に針で文字が刻まれた物など、本として普通の形をしている方が珍しい有り様だ。執筆者の狂気が爛々と輝いている。左手側には道具が並んでいた。象の首でも容易く削ぎ落せるだろう鋸は血が変色した黒い錆がべっとりと張り付き、頭部に穴を開けるための手動ハンドル製のドリルはサイズだけでダース単位も揃っていた。小刀、大きな針、注射器、用途不明のゴム管。内臓を取り出すための熊手のような道具。赤子でも簡単に炭化できるだろう小型の溶鉱炉など。

 それら全てはリターナの腕を切り刻み、足を砕き、内臓を抉り、眼球を焼き、毒液を体内に注ぐための道具だった。全ては修理と改造のためであり、クロッカセールの欲望を満たすための道具だった。道具を一瞥しただけで生理的嫌悪が全身を見えない蛞蝓となって這い回る。意識が飛び掛け、なんとか歯を食い縛って耐えた。

 正面の壁には――ああ、駄目だ。リターナは直視せずにクロッカセールの言葉を待つ。赤き魔女は部屋の中央にある作業台で粛々と準備を開始していた。その横顔に、僅かな歓喜の色が浮かんでいるのを少女は見過ごさない。この女は、これから研究出来るのが、嬉しくて嬉しくて仕方が無いのだ。

 クロッカセールの代わりに魔術を使って敵対者を倒し、身体が損傷すれば、ここで直される。それが、少女の日常であり、永遠に終わりが見えない呪いだった。もしも、解放される日が訪れるとすれば、それは死ぬ時だけだった。 

「えーっと、これなんてどうかしら。この前作ったんだけど、結構な自信作よ」

 クロッカセールが、棚に置かれていた硝子製の容器を一本、手に取った。大きさは直径五インチ、高さ十四インチ程度の円柱型で、取っ手がついたコルクのような物で密閉されている。そして、内部は薄青色の液体で満たされ、〝腕〟が浮かんでいた。そう、正真正銘、人間の右腕がぷかぷかと浮かんでいるのだ。赤き魔女は下僕が損傷した場合の為に、こういった〝すぐさま直せる用〟のバックアップを用意しているのだ。もっとも、研究で生産する場合が多く、傷付いていなくとも、強制的に切断されて結合させられる場合もある。リターナが見たくなかった壁一面は棚で埋まり、眼球がアーモンドタフィのように詰まっている瓶や、足だけならクリケットチームを二つは作れる数が吊るされていた。背骨がねじくれた木々のように置かれ、あんな物がどうやって自分の身体に収まるのか全く分からないような物まで鎮座していた。

「意思ある大樹の魔物であるトレントを軸骨にして、火炎蜥蜴であるサラマンダーの肉を練った物で形を整えたの。前回の物よりも魔術耐性を向上させたから、戦闘面では高い性能を維持出来たわ。……反面、細かな動作はちょっと〝雑〟になるわね。当分はこれで我慢してくれないかしら。近々、良いパーツが手に入りそうなのよねー」

 と言われるものの、反発する権利などなく、リターナは黙って頷いた。クロッカセールは硝子瓶のコルクを外し、底が浅く大きな真鍮製の容器へと液体ごと中身を取り出した。

人外の魔物をベースとしているのに、その真っ白な腕は正しく人間の肉体だった。断面から骨と肉、神経、血管がはっきりと露出している。すると、赤き魔女は道具が並べられている作業台から小刀を一本右手に持った。少女の肘辺りと、腕を交互に眺め、なにか思案顔である。頼むから何も問題なく終わってくれと少女は願うばかりだった。

 そして、クロッカセールは冷たい輝きを秘めた小刀の刃を腕へと押し当て、肉をこそぎ落したのだ。ゴリゴリと骨まで削る。張りのある肌と内部の肉が弾力の落差で潰れ、赤き魔女の手が血肉で汚れ出す。こうやってサイズを合わせて〝凝着〟させるのだ。こうやって長さを均等にしなければバランスが悪くなるからだ。これから自分の腕となるパーツが切り刻まれていく様子に、リターナは嘔吐感を覚えた。今日が初めてではないが、こんなことに慣れるわけがない。

 暫くして、クロッカセールが小刀を置いた。右腕は一インチばかり縮まっていた。削ぎ落された肉は、三人分のミートパイを焼くには十分な量だった。断面を眺めつつ、魔女は思案顔である。

「まあ、こんなものかしら。……なに、ぼさっとしているの? 早く〝脱ぎなさい〟」

「は、はい。わかりました」

 とうとう、この時がきたと、リターナは顔を羞恥で歪める。それでも、断れずにドレスを脱いだ。産まれ立ての姿になった少女は、一つの芸術だった。張りの良い瑞々しい肌。細い足から伸びる太股、尻の曲線美。嗜虐心を掻きたてられる豊満な乳房、薄ピンク色の突起。左右で種類の違う銀のロングストレートと金の盾ロールは、下僕人形だからこそ許された領域の〝神と悪魔の悪戯〟だった。手で必死に秘部を隠そうとするも、毛の生えていない〝雌の口腔〟ならともかく、小振りのメロン程もある乳房を隠せるはずもない。両手が揃っていても、無駄な行為だっただろう。そもそも、クロッカセールは気にも留めていない。

 溶鉱炉に火が入っているせいで、ストーブで暖められたのと変わらないほど地下室の温度は上昇していた。けれど、そんな問題ではないのだ。

 リターナは言われるよりも先に、大きなベッドの形をした〝実験用台座〟に仰向けになって寝転んだ。乳房は重力に屈せず、先端の突起は天井をはっきりと差していた。呼吸をする度に腹部が上下し、秘部にはじんわりと汗が滲んでいる。

「ほら、腕をこっちへ伸ばしなさい」

 言われた通りにリターナが肘から先の無い右腕を真横へと伸ばす。クロッカセールは手早く少女の身体を四肢も含めて肉厚の革ベルトで実験用台座に固定する。とくに、肩から先を重点的に固定した。まるで、絶対に獲物を逃さないようにしているかのように。胸の内へ込み上げてくるのは恐怖一色だった。今から起こることを想像するだけで、全身の冷や汗が止まらない。なのに、赤き魔女は至極冷静なのだ。まるで、こちらの尊厳など何一つ〝気にも留めていない〟かのように。

「じゃあ、繋げるわね」

 クロッカセールは断面同士が合わさるように右腕をリターナの腕に当て、棚から白い包帯を取り出した。結合予定部を何重にも巻いて固定する。次に、先程から延々と竈の中で熱せられていた蓋の無い箱を、専用の棒を使って外へ出す。箱と棒は側面で繋がることで、柄の長い柄杓のような形になった。赤熱した様子も無い黒き箱の中には、どろりとした液体で満たされている。緋色が混じった濃いオレンジ色が美しい――完全に融解した鉄だった。もしも、こんな物が人間の身体にかかれば蛋白質は凝固するどころかたちまち溶けてしまうだろう。骨さえ焼かれるだろう。だというのに、魔女は柄杓を包帯の上で傾けるのだ。――そして、融解した鉄が少女の腕へと流れた。瞬間、絶叫が室内へと響き渡る。


「ぐぁあああああああああああああああ!! いいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!?!?」


 絹が裂けるなんて〝上等〟な表現など無理だ。喉が裂けんばかりの声は、まさに地獄の苦しみをなによりも表していたのだから。液体に触れても包帯は燃えず、逆に水か何かのように液体金属を〝吸い取っていく〟。結果的に、腕の結合部分のみへと注がれていく。

 魂の芯が焼かれるかのような激痛に、リターナの口から、目から、鼻から体液が溢れ出し、とうとう失禁してしまう。薄いレモン色の液体が秘部を汚し、そのまま床を濡らしていく。四肢が固定されているせいで身動きが取れない。ただ少女の叫びだけが自由で、喉が裂けたせいで血の泡が零れた。それでも、クロッカセールは欠伸を噛み潰しただけで、表情の変化はまるでなかった。彼女にとって、下僕の尊厳など〝関係無い〟のだ。

 枷のように鉄が包帯を通して右肘へと集まる。クロッカセールは木桶に溜めていた水を、適当な容器を使って肘へと注ぐ。一気に水蒸気へと昇華し、朦々と白い湯気が広がった。それもすぐに消え去り、赤熱していた鉄は鈍い灰色へと凝固していた。一方、リターナの顔面は体液でぐちゃぐちゃになり、口からは『ひゅーひゅー』とか細い呼吸音が聞こえるだけだった。瞳孔から人間らしい光は消え、虚ろに濁っている。

 最後の仕上げと、クロッカセールは鋼鉄の槌を右手に握る。人間の頭蓋骨を割るには御手頃なサイズだろう。何度か感触を確かめるように握り直し、鉄の円環へと一気に振り下ろす。骨の芯、神経へ直接激痛が走り、とうとう乳房の突起から真っ白な液体が吹き出した。びゅーびゅーとだらしなく己の肉体に降り注ぐ。甘ったるい匂いが周囲に充満していく。――妊娠しているのではない。そのような〝改造〟を施されたのだ。  

「――ふぎぃい!?」

 火花を盛大に散らして鉄が砕けた。中から現れたのは、真っ白な腕だった。火傷の痕も、傷口も何も無い。綺麗な腕が外気に晒される。これら一連の動作は魔術の延長上であり、余計に傷付く心配は無い。もっとも、リターナは腰を痙攣させるほど脳を沸騰させてしまったのだが。全身がなんらかの体液で濡れていた。乾いている場所など、髪の毛程度なものである。眼窩の紅蓮は、もはや地獄の色を映していた。意識が摩耗し、正常な思考など紡げない。こんな状態で私室へ戻り、ふかふかのベッドで眠るなど叶わない。

 クロッカセールはリターナの状態になど気にも留めずに凝着したばかりの腕を眺め、満足そうに頷いたのだ。拘束用の革ベルトを外すと、扉の方へと足を進めた。そして、

「まあ。こんなものよね。私、もう寝るから、ここの掃除お願い」

 それだけ言うと、クロッカセールは本当に工房を出てしまった。彼女は魔術の研究だけにしか興味が無い。リターナの面倒を診るなど、脳内のどこにもありはしないのだ。もしも、あるとすれば、それは新しい研究を行った場合のみだろう。それも、眼球に熱した鉄棒を突っ込んで、どれだけ耐えられるのか。そんな研究だけだ。

残されたリターナは、なんとか意識を最低限の領域まで再構成する。よろよろと身体を起こそうとするが、そのままずるりと台座から床へと滑り落ちてしまう。氷水が詰まって結露した革袋が叩きつけられるような音が一つ。少女は這うようにして壁際まで進み、背中を預けながら、なんとか身体を支えた。息は乱れるも、なんとか二本の足で歩き出す。

腕に違和感は無い。むしろ、初めからそうであったかのように充足していた。だからこそ、感じる悪寒をリターナは後、何度体験すればいいのだろうか?


終始こんな小説だったけど、「過激だ」などの指摘ナシ。

※ただし、かなり前の公募なので、その当時の価値観は今と違うかもしれない。

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