一度も説明臭いと言われなかったヒロイン達の描写

「あっ」

 今日、この時、恵介は翼持たずして空を舞う天使を見た。あまりにも鮮烈過ぎる光景に目を奪われ、声を失い、ただただ見惚れる。

(女の子だよな。けど、怖いぐらいに美人だ)

 百七十五センチを超える恵介自身の身体と比較するなら、頭上を跳んだ少女の身長は百六十センチ後半で、歳は十六、七か。大人びた雰囲気で――いや、彼女の纏う空気は冷たくも鋭い、歴戦を生きた強者の〝それ〟だ。髪は艶やかな鴉の濡れ羽で、腰まで届くほど長く、頭の後ろで二本に纏めているツーテール。肌は白く、瑞々しくも張りがある。人形のような〝生が無いからこその完璧〟と、人間としての〝生が有るからこその力強さ〟という矛盾を射抜く、絶妙な極点を築いていた。瞳はやや切れ長で、黒曜石を戦神の槌を持って砕いたかのよう。

 そして、なによりも美しかった。すらりと伸びた足に肉付きの良い太股、腰の曲線美に、胸元の張り、手の指は開いただけで清廉たる花のごとく。身体を構築する一つ一つのパーツが見事な黄金比で調和していた。惜しむらくは、その美貌の集約点となる顔に表情らしい表情が無かった点か。どうやら月に寄り添って夜を謳う女神は、笑顔の素晴らしさを知らないらしい。もっとも、戦場を駆ける戦乙女としての美麗なら、まさに満点だった。

 深い蒼を湛えたサマードレスはシンプルなデザインで、少女の美を損なうことなく、逆に際立たせていた。時間にして、三秒も無かっただろう。だというのに、恵介は永久に感じる。脳裏に焼け付いた光景を一生忘れないだろう。むしろ、どうやれば忘れられる?





「あ、あの、白滝君。よ、よかったら、これ」

 掠れ声。それも、体中が小さく震えている。宗谷が怖いのではない。彼女はいつも怯えた様子なのだ。クラスメイトである清水時子(しみず・ときこ)は極度の緊張体質らしい。細い指が握るのは、スプレータイプの消毒液だった。

 時子は身長が百五十センチと女子の中でも低く、見た目はもっと幼い。腰の半ばまで届く髪を一本に編み込んでいる。後ろから見ると、巨大なカブトガニが頭部に噛みついているように見える髪型だ。眼鏡は黒縁で、全体的に小動物のような雰囲気である。綺麗よりも可愛いが似合う容姿で、男子の中で密かな人気をはくしている。保健委員とよく間違えられるが、図書委員だ。クラスメイトの全員が〝宗谷の為〟に彼女が鞄に簡単な治療道具を常備していると知っている。つまり〝そういうこと〟なのだ。





 今年の誕生を迎えても、まだ十八歳なのが信じられないような血生臭い台詞を吐き捨てる幸子だった。

 身長は百六十センチ。髪は腰まで伸び、後ろ髪を残しながらも頭の左右で纏めている。色は、砂漠の国の朝を照らす暁をより濃く煮詰めた深い金色。嘲弄と殺意しか込められていない双眸は切れ長で、鮮やかな碧に落ち着いた蒼が混ざっている。やや童顔で、端整な作りだ。笑えば天使のように愛くるしいはずなのに、幸子が笑うと地獄の悪鬼さえ逃げ出す怖気が炸裂する。

 そして、それら全てを〝オマケ〟扱いさせてしまうのが、彼女の体型だった。一言で表現するならば、あまりにも豊満だった。乳房は大胆不遜に膨らみ、窮屈そうな腰回りの曲線美を加速させるのが尻の美肉だ。

醜く弛むのではなく、重力に真っ向から喧嘩を売り、引き締まった破壊力を謳っていた。肉付きが派手としか言いようのない太股は、威風堂々と全体重を支えている。黄金比の臨界点。色欲なのか肉欲なのか境界を曖昧にする芳醇な色気だった。

 纏うのは黒を基調とするドレス。その上から、灰色のコートを纏っている。靴はヒールが低く、鋼板で補強された特別製だ。



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