094. 黒、三つ。


「――近付き過ぎだぜ……!」


 骸の獣と、左手が接触した瞬間、そのてのひらから溢れた群青の光が、衝撃となり爆ぜて散る。


 ラトドさんの十八番、爆破魔法だ。


 火の魔法の上位魔法であり、火の魔法と、裂傷魔法をマスターし、その二つを同時に使う事で、初めて扱う事が出来る。ラトドさんが俺に、火の魔法と裂傷魔法を教えたのは、いずれこの二つをマスターして、爆破魔法も扱えるようにという考えの下だったのである。ぶっつけ本番だったが、初めて骸の牙と遭遇してから今までの戦いの中で、火の魔法も裂傷魔法も、思いのままに操れていて完璧だった。


 ならばと、藁にも縋る思いで放たれた、渾身の力を乗せた爆破魔法は、起死回生の一手となり、頭から骸の獣を吹き飛ばす。耳を劈くような爆発音と、目の前を群青に染め上げた溢れる魔力は、木っ端微塵に骸の獣を焼き飛ばした。吹き荒れる爆風に攫われそうになり、思わず身を屈める。


「ぐ……!?」


 頭を庇おうと、咄嗟に使おうとした両腕に激痛が走った。


 どうにでもなれと、ありったけの魔力を込めて爆破魔法を放った左腕は、ぶすぶすと煙を上げ、焼き切れてしまっていた。右腕は、肩を貫かれているので動かない。両腕が使い物にならなくなっていた俺は、そのまま自ら放った魔法の爆風で、ルートエフのいる方向へ吹き飛ばされてしまう。右手を離れてしまった万喰らいが、爆風の中攫われていく。


「しまった……!」


 離れていった万喰らいを、爆風の中誰かが掴んだ。


 宙を舞いかけた身体が、前から何かに抱き留められ、爆風の中を何とか耐える。


「霊薬はどのポケットにしまってる!?」


 俺の抱えて座り込み、吹き飛ばされまいと両足で踏ん張っている今西が、俺の万喰らいを回収しながら叫んだ。


 俺は、爆破魔法が発動した瞬間に爆ぜた群青色に、まだ目がちかちかしながら何とか答える。


「み、右から数えて、二つ目だ……」


 今西は、足元に自分の万喰らいを突き立てると、俺のウエストポーチに右手を伸ばす。そこからまだ封を切っていない霊薬の瓶を取り出すと、コルクを親指で押し開け、俺の口に運ぶ。


「――くわえて!」


 ルートエフか。


 察した俺は霊薬の瓶を銜え、今西は爆風が収まると同時に立ち上がった。左手から俺の背後に回り、途中に右手で引き抜いた万喰らいを、両腕で右に払う。


「しつこいッ!!」


 苛立ちが露わになった怒声と共に、刀身に走った蒼いいかずちが、放たれた氷の黒矢こくしを焼き飛ばした。だがここで手を止めては、またルートエフに骨の魔法を使われてしまう。


 ――ああ分かってるさ、そんな事は!


 霊薬を飲み干しながら、両腕と右肩がまだ治っている最中の俺は、ルートエフへ上体を捻りながら駆け出した。


 走れるなら問題無い。


 そんな事より、今はこの時を!


「させるかよ――ルートエフ!!」


 空になった、霊薬の瓶を吐き捨てた。


 まだ僅かに尾を引く爆風の中、大きく右足を踏み出すと、野球のバッターのように、両腕で剣を振り抜く。渦を巻くように刀身から噴き出した火は、巨大な三日月状の炎刃えんじんとなり、空を裂いて前へ走った。ルートエフは矢で迎撃するも、炎刃は貪欲な怪物のように、氷の矢を飲み込んで止まらない。


 矢が効かないと判断したルートエフは、立ち上がりながら弓を剣へ戻そうとするが、そこへ後ろから続いて来ている今西が放った、雷の魔法が足元を狙い邪魔をする。ルートエフが慌てて後方に跳び退ると、今西は俺の隣に追い付きながら、追撃の雷を放った。一撃、二撃、三撃と、瞬きの隙も無い閃光が、往なすルートエフの足元を襲う。


 お互いに息が切れているのは、走りながら分かっていた。


 同時に、ルートエフがどれ程消耗しているのかは、分からないという事も。


 冷たく全身を覆う鎧の所為で、表情は全く読み取れない。疲れているのはこちらだけで、まだルートエフからすれば、準備運動にもなっていないのではないだろうか。まだ何か、未知の魔法を隠し持っているのではないだろうか。こんな、勇者が二人がかりでも追い込まれているような相手に病気持ちの俺達なんかが、本当に勝てるのか。


 走馬灯のように駆け始める不安を、一瞥もくれずに振り切る。


 前を。


 前を。


 前を見るんだ。


 もう、後ろに下がる必要は無い。


 この激闘の中、刀身が真っ黒になった万喰らいを握り締め、俺達はルートエフへ飛びかかる。


「これで決めるぞ――今西!」

「うん!」


 ルートエフは左手で鞘を抜くと、右手の弓を剣に戻し、迎撃の構えを取った。


 三つの黒い剣筋と、黒い鞘。その四つの軌跡が、無数に氷上を暴れ出す。


 矢張り象のように、ルートエフの身体はびくともしない。俺達の斬撃を、右手の剣と左手の鞘で受け止た上に、凄まじい反撃を打ち込んで来る。その速さは、瞬きの隙も無い。


 火花が散り、三者が施した付力魔法に、それぞれの剣が輝いて尾を引く。


 本当に二対一での戦いなのかと思う程、ルートエフは強大だった。


 気付けば俺も、今西も、致命傷は紙一重で躱しているが、全身に傷を食らう。


 決定打は未だ打ち込めていないがでもそれでも、ルートエフの鎧にも、多くの刀傷が走り始めた。


 いける。


 勝てる。


 このまま、押し切る事が出来れば……!



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